18 彼に遺された遺伝子が知っている
アラシに続き、タカラもいなくなった『ツナ缶』は寂しいものだった。
ミナトに事の顛末を話すわけにもいかず、トオノは事情を知っているだろうが、何も言ってこない。
二人に合わせる顔がなく、彼も最近は『ツナ缶』に行くのをやめ、沈黙を守っていた。
アラシにも、後ろめたさからこの件についてはだんまりを決め込んだまま、会いに行っていない。
彼には分からなかった。
タカラはなぜ、テソロであることを知られたくなかったのか。
——あんたと同じように、私は私をただの"タカラ"として扱ってくれるあんたが好きだったのに。
タカラはそう言っていたが、彼にとって、タカラの正体がテソロだったからと言って、そんなことはどうでもよかった。けれど、アラシにはタカラが何故そう思うのか分かるらしい。
「タカラ、居るんだろう。話をさせてくれないか」
今日も彼は、なんとか探し当てたテソロの部屋をノックする。
けれど、そのノックの返事が返ってきたことはただの一度もない。
「あれ、看守さん、こんなところでどうしたんですか?」
「!、お前……」
聞き慣れた声に振り返れば、そこには翠の眼の青年。そしてその後ろには彼の上官の上官のずっと上の上官、海洋研究所トップを統べるユラ・トンノロッソの姿があった。
茶色い髪に明るい茶色の瞳は、『ツナ缶』の店長・トオノと同じカラーリングだ。
「た、大変失礼しました」
彼はユラ・トンロッソを認識するとすぐに頭を下げだ。
「構わない。貴官には息子と仲良くしてくれて感謝をしてる。貴官はテソロに興味があるのか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「だが、彼女に用があったと見える」
「それは、その……」
「まあまあ、看守さんからはボクが後で詳しく話を聞いておきますから。それよりテソロさんと大事な話があるんでしょう? 早く話を始めましょう。僕はこの後も面接官としての仕事が詰まっているんですから」
そう言うと翠の眼の青年は彼にウインクし、そのままユラ・トンノロッソと共にテソロの部屋へと消えていった。
(大事な話って、なんだ?)
テソロの部屋の扉が一瞬開く。
白い部屋は、どこまでも白かった。
* * *
「看守さんの片想いの女性ってテソロだったんですか!?」
「ああ、まさかと思って引っ張ったら、水色の髪が出てきた。そうしたらタカラすげー怒ってよ、もう二度と来るなって言われたし、店も辞めちまったんだ」
「あちゃー……。やっちゃいましたね」
「でも、分からねえんだよ。そりゃあ驚きはしたけど、別にタカラの正体がテソロでもなんでもオレは構わない。何をそんなに気にしてるのか、ほんっと分からねぇんだよ。タカラの意図しない秘密を無理矢理暴くようなことをして、それは悪かったと思ってるけど、でもそんな、店をやめるほどのことか?」
「看守さん、そういうところですよ。貴方は本当に浅慮ですね……」
翠の眼の青年はこれみよがしに大きなため息をつく。
口にこそ出さないが、青年は完全に呆れている。彼は、さてどうしたものかと腕を組む青年を見つめることしかできなかった。
「……わかりました、看守さん、二日後にテソロの実験があるんです。ボクが口利きしておきますから、看守さんはその警護に当たってください。そうしたら、どうしてテソロが正体を隠したかったのかわかりますよ」
「実験に?」
「はい。ボク、こう見えて結構権力者なんです。まあ、テソロにとっては一番嫌なやり方だから怒られそうですけど、そうでもしないと看守さんは気づかないだろうし」
「す、すまん……」
彼は小さくなった背中をさらに小さく丸める。
「テソロはね、ボクの幼馴染なんですよ。彼女は一見クールに見えるけど、心を許すと表情豊かになりますよね。でも、その心の奥底はぴたりと海底に埋もれたまま、見ることも、動かすこともできない。彼女はセカイに辟易しているんです。だから、誰に対しても、自分に対しても、神のような視点でモノを見ているんです。ゆえに貴方のことを憐れむことができる。それは彼女の逃避の一つです」
セカイに辟易している。
神のような視点で物事を見るのは、逃避。
彼は青年の言葉を頭の中で復唱する。
なぜ辟易する? なぜ逃避する?
それはタカラが知る現実が凄惨だからか?
彼は浅慮だ。考えることが苦手で、途中で思考を放棄する。
だから何も成し遂げられない。——この地に住まう人間にはよくある傾向だ。
深く考えれば考えるほどこの国は闇深く、なんの希望もないことを悟ってしまう。気付かない方が幸せであると、彼に遺された遺伝子が知っているのだから。
「でも、こと貴方に対しては、自分の視点であなたを見ていたんでしょう。テソロはね、自分の正体を貴方にだけは知られたくなかったんですよ。だからこそ、彼女は唯一の居場所を投げ打ったんです。貴方のために」
「オレのため?」
「はい。その理由が、明後日わかりますよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます