12 夜空と交差する 1/3
海洋国グラス・ラフトに夏が訪れた。
カウンターにはタカラが立ち、その前にアラシとハヤトが座っている。
「それでね、お父さんの手伝いでみーちゃんと一緒にアザラシを追い詰めていたら喉が渇いちゃって」
「あれ、みーちゃんって誰? 妹?」
「うちの狩猟犬! あ、うちアザラシの狩猟と漁業で生計を立ててるの。よくあるやつ」
「あ、なるほどね」
「で! ちょうど船が氷山のところに停泊していたから、氷山の氷をコップに溶かして飲もうと思ったら、パチッパチって! 何かなーって思ったら、どうやら氷の中の空気の泡が弾けてたみたいでさ。この南極って確か四万年前に出来たでしょう? 四万年前の空気だー! って、テンション上がっちゃって! で、勢いよく飲んだの!!」
「えっ……、四万年って……、大丈夫なの?」
「全然ダメだった! 超お腹壊した!! タカラさんも氷山の氷は飲まない方がいいよ!」
「あはは、うん、わかった、覚えておく」
アラシの天真爛漫さに毒気を抜かれたタカラは心を許し、二人はすっかり打ち解けあっていた。おしゃべりなアラシはいつだってリスペクトに溢れていて、タカラに色々な話をして楽しませる。
アラシの天真爛漫さに、アラシの見る世界の美しさに、彼女は何度も救われた。
今この瞬間だって、アラシが居なかったら実現しなかっただろう。
そうしてアラシも、タカラに非常によく懐いている。
タカラは聞き上手だし、一度話した内容を覚えていてくれるので、話をしているととても楽しい。タカラにとってアラシがそうであるように、アラシにとってもタカラのモノの考え方や芯の通った姿勢にとても憧れていた。
ふたりは、とてもいい関係だった。
時刻は午後三時十五分。『ツナ缶』にてその喉を潤していると、カランと玄関のベルが鳴る。
視線を向ければ、そこには暑そうに汗を
「ごめん、遅れた」
「オッせーぞミナト、真夏の
「いいね、頂こうかな」
「はーい。アラシもなんか飲む?」
「あたしは冷たい海水のおかわりお願いします!」
「かき氷はどう? サービスするよ」
「サービス!? やったー!」
タカラはまず、冷たい海水を二杯作り、一杯の
その頃には、ミナトは
アラシがかき氷を完食する頃になってようやく、ベルは最後の一人の来訪を告げた。
真夏でも、最高気温は七度だ。
人間にとってはそれでもかなり寒い気候だが、人魚達の適温は氷点下三度~
「ごめん、約束の時間過ぎちゃった。行こうか!!」
本日、『ツナ缶』は出張営業だ。
アラシは白いワンピース、トオノは愉快な花柄のシャツに、ミナトはラフな黒シャツ。バケーション・スタイルである。
今回のイベントの言い出しっぺはアラシだが、提案者はタカラらしい。
昼はバーベキュー、夜は星空観測、そして朝まで夜通しボードゲームで遊ぶ、というタカラの要望をアラシが代弁したらしい。
――というのを、いつぞやの帰り道に、彼とミナトはアラシから聞いていたが、にわかには信じられなかった。
しかし、今ならその言葉を信じられる。タカラはたいそう機嫌がいい。
先頭にはミナトとアラシ、彼の隣にはカートを押すトオノが居て、落ちた荷物を拾う
トオノは目聡く、耳聡い。タカラがハヤトと同じ歩幅、リズムで後を追っていることに気が付いてしまった。
彼の歩幅は、タカラより大きい。それを教えてもらった彼は、後ろからぴょこぴょこついてくるタカラを想像して、思わずにやけてしまう。
彼が後ろを振り返ると、タカラはきょとんと不思議そうな顔をしていた。
「何?」
「……もう少し小さく歩こうか?」
「え?」
「オレの歩幅に合わせるのは大変だろ」
彼がそう言うと、タカラは「意味不明」とだけ呟き帽子のつばを下げた。
そんなタカラを見て彼とトオノは笑い、前方を歩くミナトとアラシも話に加わる。
五人で過ごす、最初で最後の夏。
彼の人生で最も幸せな一日が始まった。
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