13 夜空と交差する 2/3

 酒を飲み、肉を食べ、一同は空を見上げるべく横になる。もちろん、"人間"は寝袋にくるまって。

 名前の知らない星が、彼らの瞳に反射していた。


 彼らはまだ目的の一つであるボードゲームを始めてもいないが、アルコールを摂取した後にこの星空の下で横になっていれば、眠らない方が無理だという話である。

 彼は眠るのが惜しかったが、自らの意志だけではどうにも出来ないほどに眠い。ガッチリと着込んだ上着のもこもこは、彼をベッドの上で寝ていると錯覚させる。頭を空っぽにして、ただただ楽しい一日を過ごしたのは随分と久しぶりだった。ひょっとすると初めてかもしれない。

 彼の人生で暫定一位。おそらく彼の一生をもってしても一位になるのではないか、そう思える程に楽しい一日だった。

 この五人でいるときは、彼らを取り巻く何もかもを忘れることが出来た。それがどれだけ幸福なことか、彼はとてもよくわかっている。


(はっ! 一瞬寝てた……)


 目を開けば、そこには満天の星。パノラマの星空が彼を覆う。極寒の地であるゆえ、オーロラだって珍しくはない。海洋国グラス・ラフトは直径二十二キロメートルの小さな国で、どこから見ても星空の景色はさほど変わらないが、月の入のおかげかいつもより星が明るく見えた。

 見える星空は同じでも、こうして灯りがない開けた場所で横たわって星を眺めることなどそうはない。


 彼が何をするでも、何を考えるでもなくその星空を眺めていると、視界の左端に星が流れた。「あっ」と声を上げる。その日は流星日和だったらしく、五人は何度も流れ星を見つけはそれを報告していた。流れ星というのは何度見つけても嬉しいものだと、彼はその日初めて知った。


 トオノいわく、ニホンでは「流れ星に三度願いごとを唱えるとその願い事が叶う」という言い伝えがあるらしいが、星が流れるのは一秒にも満たず、彼らはついぞ三度願い事を唱えることは出来なかった。


「また願い損ねちゃった」

「タカラ、起きてたのか」

「うん。ハヤトは今起きたとこ?」

「ああ」


 ミナトもアラシもトオノも、すやすやと気持ち良さそうに眠っている。とてつもない睡魔が彼を襲っているが、タカラと二人で取り留めもない話をするという目的の前では、睡魔の撃退くらい容易いものだった。


(あ……、メガネかけてない)


 しかも、彼女は今、眼鏡を掛けていない。

 裸眼では星など見えないだろうが、特に問題なく星を眺めているところから鑑みるに、どうやら伊達眼鏡だったらしい。

 珍しい彼女の姿についまじまじとその横顔を見てしまう。


(あんなところにホクロあったんだ)


 彼女の右目の真下に小さな黒子があることを発見。ちょうど眼鏡の下に隠れる位置である。

 彼女のことが好きだからそう見えるのか、星明かりに照らされる彼女はとてもきれいに見えた。


「なあ、コテージのデッキで星見酒しないか?」

「いいね」


 二人はそっと立ち上がると、そのままデッキへと戻った。

 タカラはキッチンからコップを四つといくつかのリキュールや割材を取り出しす。


「カクテル作るのか?」

「こういう星空にはぴったりのね」

「こっちの二つはチェイサーだろ、水入れとく」

「うん。あ、私のは海水でいいや」


 一つ目は、いつもの蜂蜜酒ミードに、ウイスキーと炭酸水。


「これで、『ハイ・ビー・ビー』ってカクテル」

「おお、なんだか楽しそうな名前だな」


 二つ目は、いつもの蜂蜜酒ミードに、カシスに、トニックウォーター。


「これが『カシスエリクサー』ってカクテル」

「おおお!! エリクサーってアレか、すげー回復薬の名前」

「そうそう、まあ名前はあやかっただけだけど、美味しいよ」


 彼が氷の入ったグラスを二つ、彼女がカクテル二つをそれぞれ持ち、各々の右にカクテル、左に水が並ぶように置いた。


「乾杯」

「うん」


 カチンと小さく音を鳴らし、カクテルを一口。


「うまい!」

「よかった」


 自らが作ったものを褒められたのが嬉しいのか、彼女はにっこりと笑う。彼も思わずその笑顔につられた。

 恋というのは、その原理を追うのは難しいが、罹ってしまえば単純なもので、ただその笑顔を見るだけでなんだか自分も嬉しくなってしまう。心がぽかぽかと温かくなってくる。彼女のその顔をずっと見ていたいと思った。

 憐れむような彼女の微笑みではない、この心底楽しそうな彼女の笑顔が見られて、彼はたまらなく嬉しい。


「今日は本当に楽しかった。ハヤトは楽しかった?」

「ああ。寝るのが惜しい程に」

「でもみんなすぐ寝ちゃったね、薄情だ」

「そんなこと言うなよ、またやればいいだろ」


 彼女は、思いも寄らぬ彼の提案に面食らったように目を丸くすると、「そっか、またやればいい」と言って、頬を緩ませる。


(ああ、きっとこれが『いとしい』って感情なんだろうな)


 いとしい。その単語を思い浮かべると、自然とタカラの姿が目に浮かぶ。

 この笑顔のためなら、この世界の秩序のために、自らの心を殺しても良いと彼は思えた。

 もう、とっくに死んでいるのかもしれないが。

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