私が魔女になれない世界

山口みかん

第1話

 私は魔女見習い。

 もう長いことここで見習いをやっている。


 にゃー


 そして私の足下にすり寄るこの黒い毛玉。

 黒猫のサディ。


 魔女と言ったら黒猫。

 私も魔女に弟子入りにする際に黒猫を勧められた。

 でも私には子供の頃から一緒に育っている、この黒猫のサディがいた。

 だから私は最初からこの子をパートナーに魔女への第一歩を踏み出した。


 この子は私がまだずっと小さかった頃、小さな箱の中で雨にうたれて鳴いていたのを見つけた子だ。

 お母さんには随分反対されたけれど私はがんばった。

 餌代は私のお小遣いから、病気になったら私が面倒を見る。

 トイレの世話だってする。


 そんな風にいっぱいいっぱい約束してやっと認めて貰えたこの子は私の宝物だ。


 がんばってお世話する私にこの子だって応えてくれる。

 私が家に帰る時間が近づくと玄関でずっと待ってくれる。

 出掛けるときはいつも心が痛む。

 お風呂に入ると、水が嫌いなくせにずっと湯船の側に座っている。

 私がトイレに入って出てくるまで扉の外で待っているのはちょっと困る。

 ベッドに入れば一緒に眠る。

 ちょっとスペース取り過ぎだよ、私の方が窮屈だ。

 もうちょっと端によって欲しい。


 良い事も困る事もあるけれど、それでもこの子は私の宝物。


 そんな私達は魔女見習いとして、最初から息ぴったりだ。

 他の子達が黒猫の機嫌を取るのに精一杯なところで私はその必要が無い。

 魔女様の与えてくる試練をどんどんとこなす。


 そんな私は周りの友達にも頼られた。

 だから私は猫のお世話の仕方を一生懸命教えてあげる。

 この子と暮らす幸せを彼女たちにも知って欲しいから。

 みんなみんな幸せになれるといいね。


 そして魔女の修行に入って五年の月日が経った。


 今年の中秋の名月の日、私達、魔女の弟子は卒業試験を受ける。


「あんた達、よ~く頑張ったねぇ。私の弟子の中でも一番の子だよ」


 そして今、私は魔女様の前に立つ。

 サディも一緒だ。


「ありがとうございます」「にゃー」

「さあ、これから試練だ。準備はいいかい?」

「はい。すぐにでもできます」


 魔女様には予め杖を持ってくるように言われている。

 もちろん忘れたりしていない。


「よろしい。頼もしいねぇ」


 魔女様はニコニコと笑っている。


「それじゃあ私の言うとおりにするんだ」

「はいっ」


 いよいよだ。

 この試験をクリアしたら私は魔女としての資格を得る。

 さすがにドキドキしながら魔女様の言葉を待つ。


「それじゃあ、どんな方法でもいい。その黒猫の命を絶ちな」

「…………え?」


 今、なんて?


「意味がわからなかったのかい? どんな方法でもいいからその黒猫の命を刈り取るんだよ」

「……魔女様……それ、どうして……ですか?」

「私達魔女ってのはね、これから多くの命を生け贄にして各種の儀式を行うんだ。最初に大事な命を殺せてこそ魔女としての道を踏み出せるんだよ」


 そんな……


 私は横にいるサディの顔を見た。


「にゃん」


 いいよとサディが言っている気がした。




 それから一カ月後……

 今日は戴帽式。

 みんな、魔女様にとんがり帽子をかぶせられている。

 あの時の涙と違い、今日の涙は魔女として社会に第一歩を踏み出す喜びの涙。

 みんな涙を零しつつ表情は明るく笑顔だ。


 そして私はそんなみんなを一人、見送りの席で眺めていた。

 もちろん隣にはサディが居る。


「これで良かったんだよね」

「にゃー」


 おめでとうみんな。

 彼女たちはこれから社会に貢献する魔女としてきっと活躍することだろう。


 そして私も今日、魔女見習いを卒業する。

 私はこの世界で魔女にはなれない。


 なるつもりもない。


 魔女の作る薬は社会にとって必要なもの。

 それが無ければ多くの人の命が病に奪われる。

 彼女たちはその大事な使命の為に大切に育てた黒猫の命を絶った。

 だから私は彼女たちを責める気持ちは微塵も無い。


 だとしても


 それでも私は魔女にはならない。

 だから私は生け贄を必要としない魔法使いを目指す。

 私が手助けした友達もみんな協力を約束してくれた。


 君たちの命だって無駄にしないからね。

 私の脳裏にあるのは、あの時一緒に遊んだ子達の顔。


 それが私の原動力。


 そして私は、みんなと違う道へと歩み始める。



 これが後に生け贄を必要としない”魔術師”の開祖として知られる、一人の女性が歩んだ始まりの物語。

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私が魔女になれない世界 山口みかん @YmgMikan

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