第5話 わたしはうまくなれましたか?

 だけど、そう思えた理由が判りました。



 つまりあなたは――とうとうわたしから全てを聞き出そうとするのですね?

 わたしもとうとう生け贄になったのですか? それが試練ですか。判りました。



 わたしはこの日を待っていました。

 わたしはずっと前から、いつか誰かの生贄になるような気がしていたのです。

 それが幼い頃から恐ろしくて、居た堪れなかったのですけど、だけど本当は待ち望んでいたのかもしれません。



 だからもっともっと、わたしを強く攻撃してください。痛めつけてください。

 わたしは本当にみっともないことに覚悟してしまいました。

 たった今、わたしはあなたに犯されることを受け入れたのです。それがわたしに課せられた使命であるかのように、今、わたしはあなたに自分のくだらない身体を投げ出しています。



 確かにわたしは泣いています。抵抗もしました。あなたへの余りの恐怖から、わたしの心は怯えて気が狂いそうなのです。それでも本当はあなたに身体を捧げている心算です。だから犯す以上はわたしの心に何かを刻んでください。



 わたしはあなたに身体を汚されることで、周りから同情を惹きたいのではありません。

 わたしは生きる資格が欲しいのです。そして同時に死ぬ資格も獲得したいのです。



 もし生存資格、死亡資格というものがあるならば、わたしは無免許でこの世にいるような気がするのです。ただ、両方は要りません。どちらか一つだけでいいんです。その為の試練があるならば是非受けてみたいと思っていた訳ですが、あなたの虐待が、わたしにとってその試練なのかもしれないという希望を胸に抱いているのです。



 勿論、わたしは死んだことがないのですが、恐らく生きたこともありません。そして、死んでいるという実感もありません。



 だからはっきりさせたいのです。わたしはただ心臓が動いていることが生きていることであるとは思えません。それに心臓がもし止まったって、それは死んだことにはならないと思います。

 そんなのはきっと、わたしという存在がなかったことになるだけの話かと思います。



 ただ、生きることだけはまだその意味が掴めそうなのです。わたしには自殺でさえ、生存の為に行うもののように思えるのです。

 自殺が完了した時、その人が初めてこの世に生まれることになるような気さえするのです。



 だけど自殺が誕生だとすると、死ぬってどういうことなんでしょうか? 無というものなんでしょうか? だけどわたしにはどうも違うような気がするのです。

 だって今のわたしはきっと無なんです。何にもない空っぽの人間なんです。もうそこにわたしはいるんです。だからそれ以外の何かのような気がしてなりません。どうか教えてください。



 もし強姦されたという事実がわたしを死に追いやる病となるなら、わたしはその理由に包まれながら死んでしまいたい……。

 

 生きることを選択したら死ぬことは理解できなくなるのでしょう、死ぬことを選択したら生きることを理解できなくなる筈です。

 それでいいのです。何かを理解すれば何かを見失うのは判っていますから。ただわたしに相応しいのはどちらなのでしょう? それが判りません……。



 わたしは自分の力ではどちらも選べない情けない人間なのです。だから本当にわたしを苦しめて欲しいのです。

 お願いします。泣かないで下さい。怯えないでください。どうかわたしに手を下してください。わたしの身体を虐げる代わりにわたしの悩みを取り去ってください。

 今、不思議とわたしは素直なんです。生まれてこのかた、ここまで純粋な気持ちのままで人と向き合ったことはなかったのです。

 そこからようやく生きている実感が生まれそうな気もします。



 もしわたしの犯したことが罪として誰かに認定されて、今のこの状況があるのなら、そう仰ってください。その証をわたしの顔に叩き付けてください。

 


 わたしは自分の罪状をこの眼で確認し、ぎゅっと抱きしめていたい……。



 だけどわたしにはよく判らないのです。まだ不幸なのかどうか判らない。

 わたしにはまだ、あなたに受けた暴力を冷静に噛み締めるだけの時間は与えられていないんです。



 だってあなたの拷問はまだ始まったばかり……。


  

 わたしはきっと、不幸な筈なんでしょうね。

 だって犯されることは不幸の代名詞としての市民権を得ているのでしょう?

 


「ねえ……あなたの大好きな不幸な女に、わたしはうまくなれましたか……?」

 

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