第4話 おめでとう、正解です。

――あなたは可哀相な人でした。まともに人から愛されたことのない孤独な魂の持ち主でした。



「お前の為に俺はここまでやったのに…」



 そんなあなたの気持ちをなんとか理解してあげたくて、私は嘘をつきました。あなたに共感したつもりになって、あなたの苦しみを和らげてあげたかった。



「何故、わたしの人生が不幸であるという理由であなたが自分の人生の進路を変える必要があるのですか!? わたしがいつ、あなたに犠牲になって欲しいと言いましたか!?」



 わたしは、あなたと同じくらい不幸な女になりきって、あなたの傍にいてあげたかったのです。

 だって仕方ないじゃないですか? あなたは相手がどれだけ不幸であるかということでしか、他人にすがる術のない人なんです。

 もしわたしに不幸がないことがバレたら、あなたは一体どんな顔でわたしを見るのです? わたしはいつもそんな風に、あなたに怯えていたんですよ?


 

だったら、あなたの信仰どおりの女を演じて何が悪いんですか!?



――そしてわたしは、不幸を演じるほか生きる方法のない無力な人間でした。医者が自分を病気であると診断してくれることが救いでした。



 不幸の果てに手に入れたこころの病――。

 それこそが、わたしにとって何よりも手に入れたい勲章だったのです。



 あなたの傍で不幸な女を演じる内に、わたしは自分のことが本当に強姦されたことのある哀れな女のように思えてきたのです。そんな事実も記憶もない筈なのに、その時の状況を思い出しているようにさえ、感じられたのです。

 強姦されて自殺した少女の霊が乗り移ったみたいに、わたしはべらべらとありもしないことを喋り、自分の話に俯き、そして涙すら流したのです。

 涙は虚偽の事実を本当のことにさせてしまう詐欺師です。相手はおろか、涙を流した本人さえも騙してしまいます。本人がそう思い込んでしまっている以上、本当にあったことと考えても、大差ないのです。

 涙は素晴らしい、いつの時代にも通用するであろう偉大な演出効果です。わたしもころっと騙されてしまいました。



 それにしても嘘というものは恐ろしいものです。虚言が妄想となり、妄想が妄信となったのです。わたしは自分がついていた筈の嘘に、実は操られていたのです。

 妙な言い方ですが、嘘にはそれ自体に意志というものがあるように思えてなりません。

 だけどその嘘の中には、実は無数の真実が散りばめられていたのですけれども、あなたは信じてくれなかった。

 もうあなたにとってわたしの涙は詐欺にしか見えないのでしょうから、泣けば泣くほど、あなたはわたしを憎み、そして恨むのでしょうね。



――その結果、今、裸のままのあなたは、裸のままのわたしの前に膝をついて泣いています。



 わたしを押さえ付け、わたしの衣服を破いたのはあなた。

 わたしの身体を叩き付け、わたしの心を乱暴に扱ったのはあなた。



 わたしとあなたの衣服が、わたしの部屋のあちらこちらに散乱しています。わたしのブラウスには、もう余りボタンが残っていません。



 誰のせいでしょうか? あなたのせいです。



 わたしのスカートはどういう訳かテーブルの上に、乗っかっています。



 誰の仕業でしょうか? あなたの仕業です。



 わたしのブラジャーとパンティが、ローテーブルの上に置かれた食器の上に、仲良く並んでいます。



 ははは、面白い冗談ですね? 楽しいですか?



 わたしは自分の告白によって、あなたがどれだけわたしに失望し、恨んだかを実感しました。それにしても幾らわたしが嘘をついていたからって、ここまでする必要があるのですか?



 たった今、わたしは処女ではなくなりました。

 わたしを剥いて、確かめたかったのですか? 

 あなたの予想通り、わたしは処女でしたね? 



 おめでとう、正解です。



 それと同時にたった今、わたしは強姦されたことのある女になりました。

 


 本当にありがとう。



 あなたのお陰で、わたしの中で最も重要な嘘が消えました。今、わたしの心はなんだか悪い憑き物が落ちたみたいに清々しい気持ちで一杯です。



 だけど怖い、あなたが怖い、この場から逃げてしまいたい。いえ、違うんです。そうじゃないんです。ただちょっとびっくりしてしまっただけなのです。

 あなたが余りにも豹変するものだから、驚いてしまっただけなのです。

 いつも優しくわたしの頭を撫でてくれていた筈のあなたの温かい手は、いつの間にか気が触れた人の振り回す凶器のようになってしまいました。

 だけど、あなたをそうさせたのはわたし、だから悪いのはわたしです。それは判っているのです。


 これは虐待じゃない、きっとあなたなりのわたしへのお仕置きなのでしょう? だからわたしはあなたが怖い訳じゃない。



 ああ、でも身体が震えてしまって、私は動くこともできない、

 あなたを見捨てて逃げてしまいたい。

 そんなの嫌だ、あなたを怖がりたくない。


 

 でも、でも怖い。ごめんなさい、やっぱりあなたが怖いです。

 


 あなたが怖くて、怖くて仕方がないの……。



――でもわたしには妙な期待があるのです。どういう訳か、あなたがわたしを犯すことで、わたしの人生が始まるような気がしてなりません。

 その人生は生まれながらにして残酷なものになるのかもしれませんが、わたしはその時、初めてこの世に生まれるような気もするのです――。

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