ラムネの如く恋せよ乙女

呼元 くじら

ラムネの如く恋せよ乙女

 じゃあ、私の高一の恋を話そう。

 私はこの一年で三人の人を好きになった。まあ、ことごとく全て失敗したんだけどね。いや、一つ目は失敗と言えるけど、二つめ三つ目は失敗じゃなくて辞退って感じかな。途中で諦めちゃったってことだね。こんなにころころと好きな人が変わって行くのは良くないし、いざ恋人ができた時に浮気してしまうんじゃないかって思われるのはしょうがない事かもしれない。でも、まともな恋をしたことが無い私にとって、そんなことを考え顧みることなんて出来ないよ。今だってまた新しい人をどうにか探して、青春の爽やかで熱くて、華やかな恋をしてみたい気持ちで溢れている。そんな希望もあり、また感傷もある。なんでこんなにも上手くいかないんだろう、って、同級生を見るだけでよく泣きそうになることだってまあまあある。いや、そんなことで? うん、私の話を聞いたらきっとわかるんじゃないかな。ま、そんな風に思うってことは君は色々成功してるってことなんだよね? ああ、ごめん。ちょっと皮肉混じりだったかな。からかい過ぎた、今のは忘れて。最近こうなんだ。さあ、今の私じゃなくて過去のことを話すんだったよね。じゃ、ハンカチを用意して。あー嘘嘘、そんな悲しい話じゃないから。でも少しでもわかってくれたら、嬉しいな。

 じゃあ、一つ目から。

 一つ目は駆け巡るようなスピードで一気に好きになって、そして急降下。まあある意味高校生らしい恋だったのかな? 急降下したのは色々理由があったんだ。兎に角、怖かった。何を失うのか、何が崩れるのか。溢れる水々しい思いと、冷や汗が出る大きな後悔がせめぎ合っていたんだ。その二つからの緊張感で押し潰されそうだった。だから、逃げるしかなかったんだ。恋の経験が薄い私は。

 最初はなんとも思っていなかったんだ。ただの、部活仲間。そして彼は、大事な部活の相棒が好きな人。ちゃんと恋をしたことがない私だが、勘だけは鋭くて(人にも言われることだが。)、ちなみにそういう恋模様の話を知るのが私は割と好き。それで興味本位で相棒に聞いたんだ。「彼のこと好きでしょう? 」

予想通り、相棒の好きな人は彼だった。自分で聞き出したんだから、勿論私は彼女を応援する、と宣言した。そうやって彼女を応援し始めたのが五月ごろ。それから私はどうにかしてその二人をくっつけようと、彼と彼女が話す機会を作りまくった。上手くいくと確信して。彼と私の話が弾み始めたところで彼女にパスする。それはそれは自然に、滑らかに。二人が盛り上がってきたら、すっとそこから抜けるんだ。我ながらナイスアシストだったと思う。部活帰りに彼女と帰る時、彼女が幸せそうに、彼と話したことを私に報告してくれる。その幸せそうな彼女を見る度に私まで幸せになった。六月七月はより距離が縮まるように、一緒にいる時間を伸ばすために、部活仲間数人で遊びに行ったりして、二人きりの空間を作るために奮闘した。終業式迫る頃には夏休みに遊ぶ計画まで取り付けることが出来た。だが、この一連の私の行動が後に私へ後悔としてのしかかる。

 時は部活の合宿。彼女は生憎都合が悪く、その合宿には来なかった。せっかくの良い機会だったのになぁと思いながら、私は合宿先行きの電車に皆と揺られていた。あ、これを言っとかなくちゃね、合宿の流れを。合宿は二泊三日。自然の中での合宿で、夜には天体観測というロマンチックなイベント付き。ここぞ彼女にとって大きなチャンスだろうと私はワクワクしていたが、残念ながら彼女は来れない。いつも隣にいる相棒がいなくて心なしか寂しい気持ちで合宿は始まったんだ。

 一日目の夜、いよいよ天体観測という時には悪いことに霧と雨雲が立ち込めていた。私は満点の星空なんて見たことがなかったから、どうにかしてこの合宿で見てみたかった。私も皆も気合いバッチリで臨んだ天体観測。しっかりした望遠鏡は三台用意したのに、空はずっと晴れない。それでも雲に切れ間ができたところを狙って星を見よう、ということで二時間交代の夜十時から夜中二時までに及ぶ見張り計画が実行された。夜十二時までは二年生の先輩達が、十二時からは私たちが。夕食は8時頃。その後お風呂に入って、髪を乾かして、それでもまだ十時前。暇だった私は友達を誘って男子部屋に遊びに行った。夏の涼しい風が部屋を通り抜ける。その風に乗って虫の鳴き声、霧雨の音もなだらかに部屋に入ってくる。心地よい空間の中、みんな気を抜いて、怖い話をしたりトランプをしたり、とにかく皆で遊んでいた。ここで、追加情報。部活仲間の一人が、私にあからさまな好意を向けていたんだ。私はその人と付き合うつもりはさらさらなかったし、好意を向けられ続けるのが嫌でしょうがなくて、その合宿中もなるだけ避けていた。そうして他の子と話しているうちに、だんだん彼が……ああ、こんがらがるから、ここで仮に名前をつけようか。じゃあ、彼を渚、相棒を舞花、私に好意を向けていた男子は光にしよう。さあ続き。えっと、ああ、思い出した。そう、渚が気のせいか私との距離を詰めてきた。別に嫌じゃなかったし、特になんとも感じていなかった。それで少し調子に乗っていた私は、光に私から離れてもらうように、渚の私への行動に便乗したんだ。見せつけたら私への好意を無くしてくれるかなっていう軽い考えが私をそうさせた。これがきっと失敗の引き金。

 十二時。やっと一年の見張りの番が来た。数人で交代交代に外に出ていく、という形。別にグループは決められていなかったから、適当に何人かで見張りに出ていくって感じだった。まあまあ長い時間渚と一緒にいたから、その流れでそのまま見張りに行くことになった。見張りは私と彼と、あと二人を加えて行ったんだ。カードゲームは飽きてしまったし、みんなの話も尽きてしまったから、私たちは暇を持て余していて、退屈だった。見張りも空を見るだけで特別やることもない。宿泊しているバンガローをぐるぐる回って、散策することくらいしかなかった。前に友達二人、後ろに私たち。湿った、というよりは水々しいと言うべきか、周りの空気は霧で白くなっていて、バンガローから漏れた光をぼんやりと滲ませていた。スニーカーで踏み締める草はしゃきっとしていて、息を吸うと夏らしい雨の匂いがする。なんだかおばあちゃんの家の近くみたいな気がして、気分は安らいでいた。おっと、バンガローの周りについて少し説明しておくね。バンガローは横長で一階建て。玄関はその真ん中にあって、駐車場はその手前。駐車場の周りにも小さなバンガローが点々としていて、恐らくそれは一般のお客さん用。明かりはそのバンガローと泊まっているバンガローの明かりくらいしかなく、駐車場の横にある広い芝生の方は真っ暗。そしてバンガローの裏は備え付けの望遠鏡がいくつか設置されていて、雨に濡れないように屋根が取り外せる小屋の中にあった。じゃあ、話を戻すよ。それで、退屈に散策している時に、不意に彼が私に小声で囁いたんだ。二人を驚かせるために、ちょっと隠れないか? って。遊び心をくすぐられて、すぐさま頷いた。丁度バンガローの裏を歩いていた時だった。前の二人が話に夢中になっていたから、息を殺して、足音を無くして小屋の後ろに隠れたんだ。スリルがあって楽しかった。暗い真夜中に僅かな光の中、私のテンションはぐいぐい上昇していったんだ。男の子と二人きり。それもこんな暗い中で。誰だってドキドキするだろう。しかも彼が距離を縮めてくる。暗い中こそこそと喋り合うのはどれだけワクワクしたことか。もし前から渚のことを好きでいたら、きっと私はその時に気絶寸前だったかもしれない。まさに少女漫画的な展開を物凄く私は楽しんでいた。暫くして二人が何回か探しに来たけれど、絶対に出ていかなかったし、電話も来たけど音を消して放置した。にやにやと彼と顔を見合わせて、楽しんだ。ひやひやするのが何だか面白かった。全力で隠れた結果、ついに彼らは部屋に戻ってしまった。

 霧雨が続く真夜中。そろそろ帰るべきかと思ったところで、彼は小屋裏のベンチに私を座らせ、そして彼も隣に座った。座っただけじゃない。距離があまりにも近すぎる。というか距離なんてない。彼は私の右側にぴったりとくっついて、ああ、腕とかは完全に接触していたよ? そのまま私に色んな話をし続けた。ここでさすがに深夜テンションの私も気づく。渚、私のことが好きなのか。はっと気づいた。あまりにも距離感といい一緒にいる時間といい、普通ではない。おまけに会話している中で、君が好きな俳優と俺、どっちが格好良い? とか、今俺が死んだらどうする? とか聞いてくるんだから確定だ。嫌ではなかった。素直に受け入れていた。光とは全然違う。冷たくなってきた空気の中、傍から見れば恋人同士に見えるくらいくっついて、二人で笑い合う。音は霧雨と、彼の声だけ。よく分からないが彼の声が心地よかったし、緊張したし、体に馴染んだ。ここで眠ってしまっても大丈夫だ、いっそのこと寝てしまおうかとか思いながらすぐ横の渚を見る。よっぽど暗いのだろうが目が順応しすぎてもう何もかもが見える。その時はこの時間が永遠になればいいのにと思っていた。

 そこへ、悪いことに先生が来てしまった。ずっと帰ってこない私達を探しに来たのだった。ギクリとした。同時に先生を憎んだ。少し心配そうな、でも固い表情の先生は早く戻りなさい、と告げた。確かこんなふうに言われた。「早く戻りなさい、こんな夜中に危ないだろう。君たちがどんな関係なのかは知らないけど。」そう、最後に私は引っかかった。確かにそう言われるのは当然だった。しれっと先生から焦点をずらし、とぼけた振りをしようとしたらすかさず彼が言ったんだ。

「別に特に関係も何もありませんよ。」

私の動きは一瞬止まった。少しショックに感じた。不安になった。でもベンチから立ち上がって歩くしかなくて、部屋までは一言二言くらいしか話さなかった。

二日目。朝食の時、何故か彼を目で追うようになった自分に驚く。あれ? どうした私。朝になって冷静になった頭で、昨日のことを思い返す。明らかに、自分の行動が今までと違う。気持ちが先に進んで、頭は理解が追いつかない。完全に持っていかれている。気持ちが早歩きし、今日の夜も昨日みたいになれないかと期待して、また夜を迎えた。今日の夜も曇り。これは天体観測がしたかった私にとっては嫌だが、彼といたかった私にとっては嬉しかった。見張りの時に少しでも一緒にいられるかもしれないってね。確率は曇りの方が上がると思ったんだ。しかしいくら曇りでも彼と一緒にいられる理由なんて今はない。うじうじしながら、昨日みたいに皆で話していたところで、あることに気がついた。男子部屋に誘った女の子と、渚の友達がなんとなくいい雰囲気になっていた。ええと、その女の子は明菜、彼の友達は陽太としよう。で、鋭い勘のおかげで気付いたから、こそっと渚に耳打ちしたんだ。そうしたら、彼はその二人がくっつくように仕組まないか? って名案を耳打ち返した。そりゃもう私は大賛成。それからすぐさま渚が二人に見張りに行こうって声を掛けて、私と渚、明菜と陽太の四人で外へ見張りに行くことになった。外は勿論真っ暗。目が慣れないと何がなんなのかさっぱりだ。やっぱり空はずっと濁っている。星は見えないけど、思ったよりつまんなくはないもんだなぁと内心思った。そんなところで、やっぱ駄目だね、晴れそうにもないな、とか明菜が言って、帰る? って陽太が彼女に返したもんだから私の気持ちに焦燥が駆け巡る。とっさに「じゃあちょっと散歩してから帰ろうよ」と言ったら幸運なことに彼らは素直に頷いて、バンガローへ向けた体を戻してくれた。一安心したところで、次の理由・・・うん、渚といる「理由」を作るために肝試しを提案した。明菜は怖がりだからね。これは二人の距離を縮めるいいチャンスになる! と思って言ったが陽太が渋る。中々二人とも動き出さなくて、陽太は怖がりなのかぁとか言ってわざとからかったりしたら、「じゃあ渚たちがやるなら俺らもやる。」とか言い出した。なんとまあ、私と渚もやることになってしまった。別に二人共さして怖がりじゃないから、肝試しなんてなんの意味もスリルもない。けれど二人きりになれるならって思って先に暗い夜道を進むことになった。

 本当に暗い。慣れてきてもうっすらとしか見えないし、そもそも霧が立ち込めているんだから尚更視界は不良。けれど彼がすぐ横にいるという感覚だけはずっとあって、何故か安心する。特に長い道のりじゃないから、すぐ戻ってきた。何ともなかったよ、ほら早く行ってこいよ、と渚が言ったところでやっと二人は暗い夜道に消えていった。また二人だけになって、「二人、いい雰囲気だよね。このまま付き合ったりしないかな。」みたいなことをたくらみ顔で話し合った。本当は自分たちのことも気になっているくせにね。ずっと立ってるのも辛いから、芝生の上に座った。芝生は広いというのに、また昨日のようにぴったりくっついて座ってくる彼。良かった、昨日と変わっていないって安心したよ。それで、またまた近い距離で二人で話す。高揚感が私にずっと付きまとった。勉強にほとんど注いだ中学三年間では感じることの出来なかった新鮮な気分。そうやって気づき始めたところで彼はまた私に仕掛けてくる。会話の途中で私の口癖を使って(わざと? ああ、勿論あれはわざとだったね。)、「うわ、移っちゃったじゃん、どうしてくれんの? 」と肩で私をつつきながらからかってきたのだ。あからさまな仕掛け方だったけどそんな仕掛けに私はまんまとはまっていったんだよ。ちょろいよね、笑ってくれても構わないよ。暫くして二人が帰ってくるのが遅いってことに気付いた。おかしいね、探しに行こうかとなって、歩いた道をもう一回周回する。いなかった。二人で駆け落ちでもしたか? とか、もう出来ちゃってた感じ? とか言って笑いあっていた所で斜め横から鋭い光の点滅が視界を占めた。見ると芝生の奥の方で点滅していた。目を凝らすとそこには屋根付きのコの字型のベンチがあってね。そこに二人仲良く座って、手を振る代わりに懐中電灯を点滅させていたんだ。駆け寄ったら二人はさっきの私と渚みたいににやにやしていた。あっ、と思った。「二人とも、全部聞こえたよ? 」ってね。まあつまり、私たちの策略は全て筒抜けだったわけだ。「こんなところに隠れているなんて思いもしなかったよ。あーあ、聞かれてたのかあ」と言い捨てて渚は二人と少し距離を開けてベンチに座った。続いて私も隣に座る。そこへ丁度残りの部活仲間がやってきた。皆でベンチに座って、くだらないことを話し始めた。話は普通に楽しかったけど、二人きりじゃないとあんまり近くにいられない。諦めるかな、と思っていたら、急に私の右横に手が回った。誰かと思ったら渚の腕だった。ベンチの背もたれを借りた形ではあるけれど、私に腕を回すような風になって、さっきよりもっと距離を詰めてきた。さすがに驚いた。一年全員いるのに、その中で近づいて来るとなると焦る。でも私はそこから離れなかった。離れたくなかった。まるで当然とでも言うように肩を寄せ合う私たちを見て、全員、渚と私の可能性に完全に勘付いたんじゃないか。でもそんなことを気にするよりも渚と一緒に居られているという安心感を保持する方が大事だったんだ、その時の私は。今考えると気持ち悪い。あ、その理由はこの後わかるよ。そしてぱらぱらとバンガローへ戻っていく仲間達。四人以外いなくなったところで芝生に座り直した。どっちのペアもくっついていたが、私たちの方が酷かったと思う。確かあの時間は一時かそれくらい。いつもの私なら既に寝ている時間。「もう一時かあ、明日になったら帰るだけじゃん。寂しいなぁ。」なんていう気持ちは外には決して出さないで、会話ももうなくなってしまったから、静かに二人で身を寄せあっていたんだ。途中、微睡みながらも寝ちゃダメだ、と言い聞かせて自分を叩き起した。そうやって私が頑張っていたところで、彼がもう限界、と言って部屋に戻ろうと立ち上がった。何かが引き剥がされるような思いが駆け巡った。不安から私は、咄嗟に「行っちゃうの? 」と焦り気味で言ってしまった。そうしたら彼が振り向きざまに、

「なに? 俺のこと好きなの? 」

一瞬答えに困った。戸惑った。この時まではっきり認めていなかった。でも答えは出ずに、「違うし」とかなんとか言って誤魔化した。すると「素直じゃないなぁ」と言って得意げに、いや、にやにやしていたか? 兎に角少し調子に乗って渚は戻ってきた。何とか引き戻せたけど、恥ずかしすぎてもうどうしようかと頭の中はぐるぐるになったいたよ。それで、ここでまた凄い展開になったんだ。渚は前よりも一層と私に身を寄せて座り、若干眠そうな声で囁いた。

「ここで寝てもいい? 」ってね。思い出すだけでも恥ずかしくなるよね、こういうの。取り敢えず私は興味無さそうに「うん、いいよ。」と答えたが、それは調子に乗った彼とそんな彼にまんまと落とされている自分、両者に悔しいと思ってそうなってしまっただけだ。少し姿勢を崩して私の肩にもたれ掛かり眠り始めた彼。こいつ、相当こういう展開にするのに慣れてるな、さてはたらしか? とか彼が眠っている間に色々頭の中で駆け巡らせた。そんなことを考えたら、もしかすると彼の一連の行動はただの遊びなのかもしれないと思ったくらいだ。不安と嬉しさが交じる中、さすがに日も昇ってきそうな時間になったから、私たちから少し離れて座っていた明菜と光を呼んで各々部屋に戻って眠りについた。

 さて、それから帰りの電車でも他の友達とは随分離れた車両に四人で乗り込んで、三時間という長い時間を過ごした。全員もちろん上機嫌。だって皆好きな人と一緒だったのだから。家に帰ってからは、合宿の夜を何度か思い返した。思い返す内に、やっぱり私は彼に落ちてしまったことに気がついた。それと同時に、相棒のことが矢のようによぎった。


やってしまった


されるがままに彼に引き込まれてまんまと落ちている場合ではなかった。合宿の中で何かが私を止めようとしていた。それは考えないようにしていた。そのことから自分を優先させて逃避していたんだ。舞花、ああ、許してくれ。散々考え直した挙句、私が渚を好きなってしまったのは彼のせいなんだ、という結論に無理やりこじつけて、あとは全て頭の奥にしまった。

 それから、合宿明け一番の部活でもやはり私は彼を気にする。彼の隣にいないと不安だった。合宿の時みたいに近くにいたかった。かといってその日は舞花もいた。舞花の目を盗んでは渚に近づく、の繰り返し。今思えば私のその行動はクズだ。情けない。その日の帰りは出来る限り彼の隣を歩いて、途中で別れた後は舞花といつも通り一緒に帰った。舞花と二人になった途端に私はとんでもなく気まずい気持ちになった。舞花といつもみたいに話しているのに罪悪感がふつふつと湧き上がってくる。まともに笑えない。そうやって思ってビクビクしていた私に、さらっと舞花は口からこぼした言葉はこうだった。

「今はもう、恋とかどうでもいいかな。」

えっ、ってなった。空気が固まるような感覚がした。私の心は締め付けられた。というよりか、その言葉にぐさりと突き刺されたような気分になった。その言葉に何も返せず、曖昧な表情を浮かべて誤魔化しているうちに私が降りる駅に着いてしまった。いつものように彼女はじゃあまたね、と言って、私もじゃあね、と言って電車を降りた。降りてから家まで、歩いているのに歩いている感じがしなかった。なんだか何も考えられなくなった。思考停止だよ。でもそんな気持ちはすぐに投げ捨てられることになる。丁度その頃、四人でダブルデートすることが決まったのだ。

 デートは、朝に映画を見た後にプラネタリウム、というベタなものに決まったんだ。その日まで、着ていく服を考えたり髪型を何度も試行錯誤したり、楽しみでどうにかなりそうなくらい待ちきれなかった。デートってこんなに楽しみなものなんだって思ったよ。あー、私の経験値の低さは無視して。それでさ、待ちに待ったデートの日! 八月中旬だったな、確かあの日は。電車に乗る自分はいつもより格段気分が華やいで、ちょっと緊張もしつつ、浮かれて妄想が始まりそうなくらいわくわくしていた。何度も鏡を見て自分を確認し直した。女の子はわかると思うけど、こういうのって何度やっても落ち着かないよね。でさ、ついに駅について、集合場所の映画館に入ったら既に二人はいたよ。二人に水を刺さないように暫く待ったらやっと渚はやってきた。チケットを買う時は勿論席は隣同士で買ったよ。四人分、一列でね。上映まで時間があったから外を少し散歩することになった。そこで相変わらずからかってくる渚にすぐさま反応する私。いつも通りの私たちだなって安心したよ。

 それで上映少し前に戻ってきて、そこで.....「急降下」が始まる訳だな。途中で暴走しちゃうかもしれないけど、そうなったら許してね。よし、話すよ。「急降下」の起点は、なんと彼が映画のチケットをなくした、ということ。いざ四人で入る時に、「チケットがない」などと言ってリュックやら財布やら、彼はごそごそし始めた。案外ポケットから出てくるだろう、と軽く思っていたらとうとうなかった。腕時計を見やり、「探してくる」と言い捨てて一目散に渚は映画館の外へ飛び出して行ったんだ。それに続いて陽太も、「先に入ってて」と言って駆け出して行った。さすがに残った二人して焦った。ギリギリまで劇場には入らないで粘ったが中々こない。スマホのデジタル時計がぱちっと時を進める度に私の手は震えていった。明菜が眉を下げて、「先に入ろう、きっと戻ってくるよ」と言ってようやく劇場に入った。完全にシアターが暗くなるまで、渚と連絡を取り合った。どうやら財布ごと落としたみたいだった。歩いたところを徹底的に探したけどない、という返信に対して、交番に聞いた? とか通ったところをもう一回探してみて、とか色々言ったけど、もうやったよ、それでもない、と返ってくる。さすがにもう始まってしまう。人気映画だったから席は満席。多分私と明菜の間の二席分しか空いていなかったと思う。シアターが暗転する。諦めて携帯の電源を切り、来ないことを覚悟して前方に集中する......しようとしたけど無理だった。出入口のスロープを十秒に一回は見てしまう。握ったスカートのシワが広がる。そこに人影がふわっと入ってきた。暗い中で目を見張った。帰ってきたのは陽太だった。だけだった。「見つからなかったのか、じゃあ入れないか。」とは理解したけれど寂しかった。唯一私の隣だけが空っぽだった。悪いことに見たのは恋愛映画。それも私たちと同じ年頃の子達が主役の。まともに集中出来ない。全然感動とかないシーンなのに涙が出る。映画館の涼しい空気が冷たく凍りそうな風に感じた。

 やっと、エンドロール。ふわわと明かりがついた瞬間、すぐにスマホの電源を付けて返信を見た。


「もう帰る」


え、嘘、でしょう? 目が泳いだ。咄嗟に陽太に聞いた。取り敢えず心当たるところは全部探した、と言った。そっか、とわざと冷静に陽太に返答する私。大丈夫? と送ると渚の返信はこう続く。


「まあ全財産消えたし、帰るわ」


とんでもなくショックだった。けれどそんな気持ちとは裏腹に表面的には物凄く冷静になっていて。取り敢えず明菜と陽太には「私も帰る」と言って、駅で別れ、自分の家に帰った。ふりをした。勿論さらっと帰るわけにはいかない。歩いた道を何回も何回も何回も往復した。彼の財布はしっかりと覚えている。私の記憶力が凄いのか、はたまたただ彼の行動に注目していたのか。(今となっては前者だと思いたいが。)道の段差の影や横断歩道の隅、映画館の周り、ついには通っていない道まで私は探していた。夏の猛暑の中、じりじりと痛い太陽の光に照らされて、くらくらになっていた。街のガラス張りのビルに反射した光が鋭く私の目の奥まで刺さってくる。

悔しくて情けなくて、何も出来ない自分。

ビルの日陰に入って、携帯の時間を確認した。

14:32

二時間弱探し続けていたことに驚いた。と同時に、涙が、ぼろぼろと出てきた。もう、何に泣けてきたのかもわからないくらい混乱していた。ぼやける視界を何度も擦って、渚とのことを一番相談に乗ってくれた海子に、電話した。すぐに出てくれた。「どうしたの? 」と出た海子。涙声をどうにか紛らわして、声を絞って、「帰っちゃったよ、渚。」って、多分そう言ったと思う。一気に声色が驚きに変わった海子だが、騒がないで状況を聞いてきた。彼女の声を聞いて少しずつ落ち着いていった私は大体のことを短く話した。すると、驚くことに「今からそっちに行くから待ってて! 」と言って電話を切られた。優しい海子だけどここまで優しいとは思っていなかった。そんな優しさに落ち着きながら、彼女を待った。そしてその間、財布を落とした時の対処法を携帯で調べまくった。ものの三十分で彼女はやってきた。凄いスピードで出てきたみたいで、いつも学校でもバッチリ決めてくる海子は随分と簡単な格好だった。私を見つけるなり海子は包み込むように抱き締めた。体から完全に力が抜けた私だったけどどうにか応えた。それから海子と手当り次第映画館までの道のりにあるビルの受付に聞きまくって、交番にも行った。きっと十何箇所はまわった。それでも、ない。手元には色んな受付で貰った連絡用の紙で溢れた。俯いてしまう。下唇を噛んだ彼女は、「取り敢えずあそこのカフェ行こう」と言って私を連れていった。向かい合って座った。真夏の温度に気持ちいいはずのアイスティーが私には、飲むと喉が凍るように感じた。一口二口しか飲めずにただ氷だけが溶けていくアイスティーを見つめながらぽつぽつと海子に全部を話した。話し終わったら海子は泣いていた。まるで海子が私の立場みたいだ。そんな顔を見て私も悲しくなった。けど、また私は至極冷静になっていた。自分でもこういう時何故ここまでしれっとなれるのかが不思議だ。海子は私を見つめてさらに涙を零す。「この日まで努力してきたのに、結局こんな風になっちゃって、そんなのおかしい。」彼女は私にそう言った。お互い冷静を取り戻してから、全てを洗いざらい思い出して整理する。さて、ここで私は気づいたんだよ。

彼の最悪な性格に。じゃあ、今から彼がした言動を挙げていくから、彼のその最悪な性格を当ててみて。じゃあ、まず一つ目。デートの日にちや場所は全て彼が決めた。これは、リーダーシップがあるとかじゃない。渚抜いた三人で色々提案して沢山考えても最後にはガラッと渚の勝手で決められた。「夏らしくお祭りに行きたい! 」と言った私に明菜と陽太は賛成するが渚は「そんな時間ないから無理、行きたいなら三人で行けば? 」と返すし、そうやって時間が無いと言う割には映画館だけじゃなくてプラネタリウムも提案してきた。勿論見る映画も彼が決めたよ。二つ目。財布をなくしてそのまま帰ったこと。これについては海子はカンカンだったよ。まあ、確かに後々私も有り得ないって思ったけどね。どこが有り得ないかって言うと、財布を失くしたぐらいで帰ってしまったことだ。なくしても、私か陽太にでも借りればいい。私のことが好きならどうにかしてその後も残るはずでしょう。中のカードの手続きなんて家に帰らなくても出来るはずだし、もしどうしても家に帰らなきゃならないのなら、「全財産消えたし」とか言わないでほしい。もし私がなくして家に帰らなくちゃならなくなっても「少ししか入っていなかったから大丈夫、心配しないで」とか、誓ってそんな風に返信する。まあ、挙げたらキリがないし私もヒートアップしちゃいそうだから止めておくよ。さあ、わかったかな? そう、当たり。つまり渚は最強な自己中なんだよ。最初はリーダーシップがあるのかなとか何とか思ってたけどデートではっきりした。内心すでに身勝手すぎる彼の行動に疲れていた。もう、無理だ。彼を好きでいる自分が嫌いだった。自分では分からなかったことも海子に色々と気付かされた。


もう、やめよう。


そう決めた瞬間に彼とのメールのやり取り、写真、全て諸々消した。彼の送信拒否のボタンも、まるで電話をかけるように何気なく押した。忘れればいい。もう終わりだ。そう決めた。それに、やっぱり恋より友情の方が優先すべきものだった、と後悔していた。だから舞花に申し訳なくて、それで丁度彼の嫌なところを見つけたから、それを理由に離れたかったんだと思う。 要は離れるきっかけが欲しかった。彼以上に私の方がクズだったと思っている。



 時は九月。文化祭の準備で私もクラスのみんなも高揚感に溢れていた。勿論彼のことなんてすっかりすこーんと頭からなかったよ。あ、ちなみにね、私のクラスは劇をやったんだ。「シンデレラ」をやった。私は主役だよ。少し自慢させてね。兎に角練習の毎日で大変で、でも楽しくて最高だった。本番は物凄い量のお客さんが来てね、教室は満員! もう入らないからって、宣伝に行くのも監督に止められることもあったな。凄いでしょ。宣伝は王子と腕を組んで回ったんだ。こういうのずっと憧れだったから、凄く楽しかった。王子役の理央が恥ずかしがっていたのが可愛かったな。結局私のクラスは文化祭大賞まで取っちゃったんだ。一生の思い出だよ。......ああ、話がずれちゃったね。そう、でね、文化祭の後は後夜祭があるんだ。バンドがライブをして、皆それで盛り上がる。私は舞花とあと一人の友達とで楽しんでいた。そこにだ。ふと声をかけられた。渚だった。私が渚の送信拒否をしていることがバレたのだ。だから何? という感じに振る舞ったが、彼は何故そうしたかを分かっていなかった。その態度にまた怒りがこみ上げた。けれど舞花が近くにいる上ここで捲し立ててはいけないし、そもそももう自分の奥底から掘り返したくなかった。だからさっさと話を終わらせて舞花たちの元へ戻るつもりだった。なのに。渚が「後夜祭一緒にいたい」何て言うもんだからもうびっくり。

それで、上手くそこから逃げられずに、グズグズしてたところで後夜祭の会場はトーチのために運動場に変わった。そこでひょんなことに渚が「先に運動場で待ってるから」と言って人混みに消えていったんだ。この瞬間助かったと思った。すぐに海子に相談して、その時着ていた目立つクラスTシャツを制服に着替え、海子に守られながらも運動場に出た。クラスのみんなの中に隠れたり、しゃがんで友達と話したりしてどうにかやり過ごそうとした。けれどものの二十分で見つかってしまった。ぎくりと背筋が凍る思いがした。怖い。けれど話を終わらせる必要が私にはまだあった。だから我慢して、不安げな顔をする海子に微笑んで、素直に連れていかれたんだ。まあ、それから少しは前みたいにいつも通り話したけどね。その中で私が王子の理央との結構接近したシーンのことをわざと幸せそうに言ったら「うわ嫉妬するわ」とか言うもんだから私は吐きそうになったよ。やれやれ。その上私を見つけるまで何回も電話をしていたみたいだった。なんて気持ち悪いんだ。そんな彼と少し距離を置きながら、後夜祭を終えた。その後私の最寄り駅まで一緒に着いてくる渚に心の内の全てをぶちまけた。かなり「バカ」とか「最低」とか吐きまくったと思う。私がどれだけ傷ついたか、どんなに渚の財布を探したか、渚の言動はどれくらい利己的なのか、全部全部吐いた。よくも本人に向かってあんなに言えたと思う。言った自分に乾杯。清々しく思うのもつかの間、彼は平謝りしかしてこなくてまたイライラしてきた。何をやっても許さないつもりだった。だから、彼が言ったリベンジデートなんて勿論聞こえないふりをした。それに、行ける立場でもないしね。

 それからの部活でも彼を避け続けた。私の避けようは酷かったと思う。でも兎に角関わりたくなかった。これでおさらばだ、という気でいたんだから。それにさ、


 私は新しい人を好きになっていたんだ。じゃあ、ここで二つ目を並行して話す必要があるね。八月の終わりくらいだったかな。その恋はなんだろう、思い出したように戻ってきたって感じでね。彼、健杜は中学の同級生だった。三年生で同じクラスになったんだ。中々、いや凄く端正な顔立ちでね。二年生の時に初めて見かけた時はびっくりしたよ。背は小さめだけど、白い肌に茶色の髪、私のどタイプだったんだ。まあ多分一目惚れみたいなもんだったんだろうね。だから三年生で同じクラスになった時なんかもう驚き! 一学期の修学旅行は運がいいことに同じ班になったんだ。余裕があって少し気怠げな彼の性格にどんどん惹かれていった。すぐに好きになったけど、自分の気持ちは誰にも言えなかった。実を言うと私のクラス、特に女子がどろどろしていて。勿論勿論健杜は凄く人気だったから少しでも馴れ馴れしいことをしたらもう怖い。それに、表面では皆「あんなたらしが」とか言うくせに多分クラスの大半の子が彼のことを好いていたと思う。なんて裏表の激しい。こんな雰囲気のせいで何も出来なかった。

 けどね。二学期になってまあなんと嬉しいことが起きたことか! まさに僥倖!! 三年生の九月。半ば押し付けられて学級長に立候補したんだ。学級長は男女各一人。女子勢に圧をかけられて学級長決めの直前に先生に申し出たんだ。既に一人女子は立候補していた。けれどその子は私のクラスの女子に割と嫌われていたんだ。私はその子が学級長になるもんだと思っていたから、ただ呑気に次の学級長決めで票を入れればすぐ終わると思っていた。でもいきなり予期しないことが起こったもんだから、そんな焦った気持ちでスピーチを考えなくちゃいけなくて、男子の学級長なんて私の集中の外の外。訳が分からずもう一人のあとスピーチしてから、着席。緊張が収まらなくてドキマギしていて、じゃあ投票か、と思ったら男子の立候補スピーチがまだあることに気づいた。そこで初めて、健杜も立候補していたことを知った。男子も女子も共に立候補二人。男子の投票紙にはもちろん彼の名前を書いた。女子は白票で出した。

結果。男子学級長は健杜、女子学級長は......私だった。嬉しいのか嬉しくないのか良く分からずその発表を聞いた。落選して泣き出したもう一人の女の子を見て物凄く複雑な気待ちになった。結構私とは気が合うところもあって仲良くしていたから、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。けれど他の女子の圧もすごかった。二つに板挟みになって混乱しまくっていた。けれど職務は当選した以上全うした。元々仕切るのは好きだったから、学級長とかいう類は初めてだったけど割とすんなりこなすことが出来た。生徒会議、学級長会議やイベントを仕切るなど、彼と二人で一緒にやる事は多かった。だから、自然と話す回数も増える。一学期よりも格段健杜との距離は近くなった。ついには私と健杜が付き合ってるなんていう噂まで流れるほど人から見ても仲良かったんだと思う。まあそんな噂を聞いた時なんて飛び上がるほど嬉しかったけどね。でもね、やっぱり彼は人気だから、他クラスの女の子と付き合ってしまったんだ。その子は他クラスの学級長。それからは会議もイベントも、その二人が大体一緒にいるようになって、彼の隣は私ではなくなった。何も略奪する気なんてさらさらなかったから、ただただそれを眺めるのみ。まあ結構辛かったけどね。だってさ、前みたいに一緒にいられなくなるってやっぱり悲しいもんでしょ? いきなり引き剥がされるみたいな、そんな感じ。彼らが相合傘をして帰って行くのも何回も見た。前は私と一緒に帰ってくれたのに。何もできなかった。ただ、見つめるだけ。そんなこんなで受験シーズンにいよいよなった。進学校を第一希望としていた私はとにかく勉強に集中することで忘れようとした。家では勉強に集中し、学校では彼を避けて、どうしても話さなくちゃいけない時はできる限りぶっきらぼうに話した。だって話していて楽しくなって、また思い出したら勉強なんて出来なくなるでしょ? まあ、ちょっとやりすぎたかなとは思ったけどね。それから卒業して、受験が終わって。その頃には彼のことはもう諦めかけていたんだ。けれど、今年の九月。彼の高校の文化祭に招待されたんだ。あの日は雨だった。でも気分は最高潮。高校の近くに着いたところで彼から電話が来て、それから門のところで文化祭のチケットを渡された。まるで昨日も会っていたみたいに、「おお、おはよう」って。相変わらず、海の波みたいに水々しい白い肌は濁った雲の下でも透き通っていて綺麗だった。あの頃の全てが蘇る。ぶり返した気持ちは懐かしくて甘酸っぱくてむず痒かった。やっぱり今まで見たどんな子よりも格好良かった。高校じゃあもっと人気者なんだろうなとか思いながら、彼が活躍する時間を他のクラスを見て待った。健杜はダンス部に入ったようで、体育館で発表があるから、それに来てと言って誘ったんだ。お昼頃。ちゃんと舞台に一番近い席に座って、ドキマギしながら舞台がライトアップされるのを待つ。出番は一番最初。

 曲が流れて、ライトがバッと点いたんだ。そしたらもうステージの上にいた。オレンジのニット帽にスウェット、長めのベルトを余らせた、いかにもダンスらしい衣装で、何もしていないのに思わず「かっこいい」って口から飛び出た。隣に座っていた友達はよかったね、とか何とか言って笑っていたと思う。それからいよいよダンスが始まった。所々かっこつけるのが彼らしくて、中学から変わってないなと思った。相変わらず何処にいても輝いている。素敵で格好良くて、もうただただ惚れ惚れとするだけ。見ているだけでも幸せだった。ダンスの最中、彼の名前を叫ぶ声も点々としていて、やっぱり人気者なんだなぁと思ったし、それにそんな人と半年間学級委員をやれていたことが少し誇らしかった。

 そんな彼が格好良すぎて、一応撮っておいていたそのダンスを何回か見返していた時に、とんでもない事が起こった。いつも朝乗るバスに、眠い目を擦りながら乗り込んで、定期をかざして中に進んだらさあどうだ。運転席の少し後ろの手すりに捕まっていたのは誰だったと思う?

って、こんなの質問する必要なんてないよね。うん、そうだよ。彼だった。「え。」ってなって一回目見た時は幻覚かと思ったよ。彼の事を想いすぎてついには幻覚化しちゃったか、こりゃ末期だな、はは、って思った。けど二回目見て、やっぱり現実だよ、本人だよなってなったんだ。まあその思考回路はほんの一瞬だったけどね。だからすぐさま迷いもなしに彼に声を掛けた。そうしたら驚いたような顔して、すぐにイヤホンをしまって、おはようって。もう本当に幸せすぎて舞い上がりそうだった。話が途切れないようにひたすら話題を探して、どうにか彼と話そうとした。足がガクガクするもんだ。だって久しぶりにちゃんと話せたんだから。それに二人きり。邪魔者はいない。あの時みたいにニヒルな感じの雰囲気と笑ったらくしゃってなる顔がそのままで、懐かしくてしょうがなかった。バスが駅について、それから地下鉄。いつも早く駅に着いてくれと思って乗るバスだけど、今日だけはどうかもっとゆっくり走ってくれ、とずっと思っていたもんだ。地下鉄は彼が先に降りる。駅四つか五つ分、電車が走る時間はあったけど、そんなもん十分もない。この間彼と一緒に写真を撮れなくて後悔したのを思い出して焦ってホームで撮ったし、電車の中じゃ結構好意丸出しで話していたと思う。しょうがないじゃないか、だって滅多に会えないんだから。だんだんと彼が降りる駅が近づいてくる。それに従って私の口調はどんどん早くなる。 いよいよ、次が、別れる駅。話は彼氏彼女は出来たかというものになっていた。だから冗談ぽく、「私のこと考えておいてよ。」って言ったんだ。多分これは駅に着く二十秒前くらい。そしたらどうだ。「おう、考えておくよ。」ってお得意の余裕そうな笑顔で答えたんだ。十秒前。「じゃあ俺ここだわ。また会おうね。」なんて言って、リュックを背負い直した。扉が容赦なくぷしゅーって開く。じゃあね、って振り向く彼の背中を押して、「今日も頑張って! 」と精一杯の笑顔で言った。

「うん。」


 振る手がだんだんと緩くなって、止まる。少し、電車と反対方向に足がよろめく。体が熱い。頬は火照って、冷え性で夏でも冷たい指先は珍しく熱い。冷やすように近くの手すりを握って、それから、はあ、と一息。ああ、自分には幸せすぎたかもしれない。まあ、勿論そう思うよね。全部幻想って言われても納得だ。そんな偶然に感謝して、幸せを噛み締めて。

でもね、やっぱり私には幸せ過ぎたのかもしれないね。現実はやはり突きつけられるもんだ。彼、健杜。その後少しして彼女が出来たようだった。覚悟はしていた。そりゃこんな格好良くて優しくて面白い、十分すぎるほどに素晴らしい人を放っておく世の中ではない。自然とするっと受け入れた。けれど、でも、こりゃあまた、諦めるしかないパターンだなぁ。って、思ったよ。他校に恋人を持つなんて無理だ、って誰かが言ってた。そうだよな、だって中々会えないからこそチャンスも同高より無論少なくなるもんだよなって。誰でもわかることだよね。それでも彼のことを好きになれて後悔はなかったよ。楽しかった。だから楽しかった記憶はちゃんと取っておいて、好きという気持ちはさよならしたよ。まあでも諦めるのは結構辛かったけどね。

 で、この一つ目二つ目のことを相談していた相手が次に私が好きになった人。じゃあその人は類陽としよう。クラスメイトでね、まあ性格は簡単に言っちゃうと余裕そうでなんとなく全てを舐めたような、そんな感じ。割と健杜と雰囲気は似ていたと思う。やっぱり私はそういうタイプに引き寄せられていく。健杜を諦められたのは類陽がいたからだと思う。多分ね。だから、そうだな。十一月くらいには既に類陽にぞっこんだったかもしれない。でもきっと、また上手くいかないんだろうなって思ってね、最初は誰にも話さなかったんだ。けど、中々恋人が出来ない私に、海子の彼氏、弥都樹が探りを入れてきた。「誰が好きなの? 」ってね。いやぁ、もうあんまりにも探ってくるから言うしかなくなった。そうしたらどうだ。かなり協力してくれる。類陽に色々と聞き出したり、私の相談に乗ってくれたり。案外頼りがいがあった。沢山話に乗ってくれたから、今回は成功させないと、という思いで一杯だった。

 時は十一月。ひょんなことから彼と一緒に帰れることになった。 誘ったら一緒に帰ってくれたんだ。その時は本当に帰ってくれると思っていなかったからびっくりだったな。帰り道は何とか一緒にいられる時間を増やそうと、いらない相槌を打ったり何となくゆっくり歩いてみたり、そうやって時間への下らない抵抗を続けた。あ、ここで私が「好きか好きじゃないか」を判断する基準を言っておくね。あのさ、ほら、よくあるじゃん? 人と話していて、話が途切れた時に気まずくなるって時。そう、その時が私にとって好きか好きじゃないかの判断のタイミングなんだ。まず、話していて途切れた時、みんな焦るでしょ? そう、その焦り。その焦りがどんなものかで変わってくるんだ。じゃあ一つ目。 話していて話が続かない時に、続けなきゃという焦り。この、続け「なきゃ」というこのなきゃっていう部分っていうか雰囲気っていうか、何て言うのかわからないけど、あー、わかるかな? あー、いまいちだよね。えっと、たとえばさ、病院の待合室でおばあちゃんが隣に座ってきたとするじゃん? で、話しかけられたとして、その時話が途切れたらどうする。話題を探すでしょ? そう、その感じよ。つまりこの焦りは「好きじゃない」という気持ちから。で、二つ目。話していて途切れた時にもっと続けたいという欲が出てきての焦り。これはもうなんだろうなあ、もし街中で好きな芸能人に会って、少し話せる時間があったら話せるだけ話したいって思うでしょ? 大袈裟に言うとそういう感じかな。こっちの焦りは「好き」という気持ちからだよ。それで、彼が後者に当てはまったわけ。それに気づいた時は、もう「好き」を認めたけどね。一緒に帰る時より前の時点では、また実らなくて後悔するから、それで傷つきたくないからって自分の気持ちを認めず否定し続けていたよ。弥都樹に類陽の話をされている時も認めていなかったね。だから、傷つくのが怖いから好きにはならないよって言っていた。まあでもこの判断基準で「好き」ってなっちゃったんだからもうしょうがない。弥都樹に突っ走る宣言して、これは頑張るしかないなって決めたよ。それから普段の会話でもメールでも、精一杯頑張ったんだ。本当に沢山話しかけたと思う。勘が鋭い類陽は絶対気づいていたと思うけどね。そしてね、その時の私の目には彼が物凄くかっこよく見えた。まあ、大概の人も普通にかっこいいんじゃないかと言うと思うけどね。だから弥都樹にも本人にも「かっこいい、かっこいいよ」と連呼していた。きっと今までの中ではかなり夢中になった方だよ。毎日一喜一憂で本当に波がありすぎた。授業中でも休み時間でもきょろきょろして彼を見つけてはずっと目で追ってしまうし、こんな調子じゃ隠せていないんじゃないかと冷や冷やしたくらい、自分の行動は結構分かりやすかったんじゃないかな。恥ずかしいよ全く。それでね、また一緒に帰れるチャンスを掴んだんだ。正直、もう流れはこっちのものだ、って感じていたよ。その時も彼は電車通いの私のために、わざわざ自転車を引っ張って遠回りしてくれた。優しいよね、こういうの。でね、二回目はクラスの友達十人くらいで固まって帰ったんだけど、彼はずっと私の横にいてくれたんだ。私は駅の入口で立ち止まって、何とか何とか話を続けようと粘ったよ。もっと話したい気持ちでいっぱいだったからね。でも粘る必要はそこまで無くてさ。類陽が次々と話をふってくれたから、十一月の気温の冷たさなんて吹っ飛んで、普通に会話を楽しんでいたよ。たまに寒くないか気遣ってくれたことははっきりと覚えている。あ、そういえば彼と私には共通点があってね。同じアーティストが好きなんだ。だから会話はほぼ好きな曲の語り合いだったよ。思った以上に盛り上がったし、彼なんかついには自転車を止めて、自分のスマホから立て続けに曲を流し始めたんだ。この時間が多分彼との思い出の中で一番楽しかった時間だと思ってるよ。そうそう、あのときもちゃんと、彼にアピールすることを忘れないでいたよ。だから別れ際にまた一緒に帰ろうと言ったんだ。彼はそれに頷いてくれたし、私が地下鉄までの階段を下り終わるまで自転車に跨らず待っていてくれたし。優しくて楽しくて幸せで。そんな一瞬一瞬の全てが頭に焼き付いた。

何だかんだ、数時間もの長い時間話せたんだ。こんなの調子が上がるに決まってるよね。だから帰りは夢見心地で電車に揺られた。その数時間のことがしばらくは信じられなかったよ。

 色んなことを経て、ついに成功すると、そう感じていた。冬休みは会えない分沢山メールで話したし、それにやっと類陽のことを海子に話せて、彼女も協力してくれることになったよ。あと、舞花も味方になった。あんなに酷いことをしたのに、私の話に乗ってくれる舞花の優しさには本当に本当に申し訳ないと思った。うん、でも同時に凄く嬉しかったけどね。あ、あと聞いて聞いて。その頃に恋みくじを引いたんだけど、何だったと思う? 大吉? いやいや、違うよ。凶? そんなまさか、出たら凹んじゃうよ。ああ待って待って、早い早い、残り全部言わないで。まあ、全部違うけど。え、じゃあ何かって? 「大大吉」だよ。驚きだよね。「大大吉」があるなんてこの時まで知らなかったよ。

 そして冬休み明け。チャンスを伺いつつ兎に角彼にもっと近づけないかと粘った。粘っ……たんだけどね。実はね、類陽は明由歌のことが好きでね。ああ、明由歌はクラスメイトだよ。凄く活発で朗らかで、人気の可愛い子。で、類陽は夏くらいに一回告白したみたいだったけど、明由歌、断ったみたいなんだ。でもそれでもいつもの感じから見て、類陽は明由歌のことがまだ好きだったと思う。でももう流石に諦めたかなって思って、私頑張っていたんだ。中々に自分に流れは来ていると思っていたけどね、でもね。

あまりにもついてなさすぎたんだよ。席替えは何度しても類陽と近くになれない、それどころか類陽と明由歌は毎回隣通しか前後だ。その上授業のグループワークなんてのもことごとく班が違ったし。もうやる気をなくしちゃうよね。私の波は真っ逆さま。まるで上に凸の放物線で軸の右側さ。弥都樹は相変わらず話に乗ってくれたり、類陽の情報を教えてくれたけど、正直もう苦笑いを浮かべて聞いていたよ。せっかく相談に乗ってくれたのに、申し訳ないよ本当に。で、まあ私の気持ちは急降下。お喋りな類陽と明由歌は授業中もよく喋っているから嫌でも耳に聞こえてくるよ。毎日本当に楽しくなさすぎ。辛いな、ついていないなって。その沈んだ感情がただ循環するだけのモノクロな毎日だったよ。それに他のことも色々あって、私はやっとの事で正気を保っていた時期だったからね。とにかく感傷的になっていた私はもう類陽を見るだけで息が詰まりそうな思いだった。前はあんなに幸せだったのに。あんなに楽しかったのに。で、まあ積もり積もるとなんでも溢れるものだよね。ついに破滅したんだ。崩壊だ、文字通り崩壊。色んなことで押し潰されそうになっていたところ、ついにぺしゃんこになった。引き金は勿論類陽のこと。なんだろう、あとスプーン一すくいで溢れそうなところに、そのショックが雫のようにぽとりと落ちてきた。 もう一人になりたかった。全てのしがらみから解放されたかった。それであろう事か私は衝動で一人旅に出てしまったんだ。それも平日の、普通に授業がある日に。今思うとよっぽど大変だったんだなって感じるよ。だってみんな、悩みまくって一人旅に行ったことある? 感傷的になりすぎだよね。まあ、そこは無視しといて、私は海に行ったんだ。あの、二月のまだ真冬とも言える時期に。正気かってね。でも、あの海は綺麗だったよ。人一人いないけど何処か安らぐ感じの海だった。道を歩いて、その海が見えた時には泣いてしまったけどね。不思議なほどのどかで暖かい日だったよ。そこですっきりしてから、家に帰った。ああ、破滅した自分を受け入れてくれた舞花と海子には本当に感謝しかないし、すぐに話を聞いてくれた海子には何てお礼をしたらいいのか。本当にありがとう。って、伝えておいてくれるかなみんな。助かるよ。おっと、話を戻さなきゃだね。それで、その次の水曜日はバレンタインデーだったよ。まだこの気持ちは続いていると思った私は、取り敢えずチョコを渡した。嬉しい、本当にありがとうと言って受け取ってくれたよ。

 ま、バレンタインとくればホワイトデーのお返しだよね。さて。さあどうだ。受け取った時の気持ち。嬉しかった? まあそりゃお返しは誰からもらっても嬉しいもんだよ。うーん。「好きな人」から貰えたという高揚感はさらさら無かったよ。あれ、気づいたかな? そう、ご名答。既にその時には好きじゃなかったってことだよ。好きじゃなくなってしまった。うん、諦めたよ。やっぱりどう考えても運がなさすぎるし、第一、時間がかかりすぎていた。四ヶ月ちょっと。余りにも遅い流れにもう期待出来ないと判断した。だから彼に対しての態度は、前と同じような感じに一気に戻っていったよ。メールも会話もいつもの自分らしく緊張なんかこれっぽっちもしなくなって、何も感じなくなったな。最近じゃあんなに格好良く見えた彼がそうでもない。なんであんなに熱くなれたんだろうと不思議に思っているよ。

終止符は今回は何の未練もなく切った。協力してくれた三人に対してはちょっと申し訳ないけどね。あ、そうだそうだ。海子と舞花にはもう諦めたって言ったけど、弥都樹にはまだ言ってなかったな。早く言っておかないと。

 ふう。さて、どうだったかな? どれも半年も続いていない恋ばっかりだっけど、それぞれ濃かったでしょう? おお、頷いてくれてありがとう。そうだね、色んなことがあって、色んな幸せと失敗で溢れていて。さすがにもう終わりが失敗っていう恋は次はしたくないな。みんな、いい人知らない? 良かったら私に紹介してよ。なんてね。自分で気ままに探してみるよ。兎に角、今日はみんな聞いてくれてありがとう。なんかくだらない話に付き合ってくれてありがとうね。うん、頑張るよ。今は結構気分はすっきりしているんだ。じゃあ……四つ目を話せる日が来るのが楽しみだね。四つ目は成功した恋を話せるようにしたいな。したいって言うか、するよ。期待していて。幸せな恋、捕まえてみせるんだから。じゃ、これでお開き。ああ、そんな拍手なんて、大した話じゃないんだから、もう。みんなくれぐれもこの話は内緒ね。名前以外ノンフィクションなんだから。何? またおみくじ引いてみなよって? ああ、引いたさこの間。大大吉では無かったけど、面白い結果だったよ。詳しく聞きたい人は後で聞きに来てね。


じゃあ、また今度。

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ラムネの如く恋せよ乙女 呼元 くじら @sakujira

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