第9話 彼女は魔法が得意じゃない。2
放課後の補習は、くどくどとほとんど説教だけで終わった。ネガティブな側面ばかり洗い出されて、ネブロ君やテレーザもどんより沈んだ面持ちで講義を受けていた。私なぞはやれグレネードは品がないだ、やれネーミングにセンスがないだ、やれいつもネブロ君を先に倒していては戦略的ではないだとボロクソに言われて結構へこんだ。ネブロ君は勝手に近くにいるから仕方なく排除してるだけなのに……。
「おい俺をストーカー呼ばわりするんじゃない」
講義室を後にして廊下を歩いて呟いていたら、独り言につっかかってくる人がいた。眼鏡のネブロ君である。
「してないしてない。被害妄想激しすぎ」
「な、ん、だ、とっ……!」
「というかそんな過敏に反応するってことはほんとにストーカーなんじゃないの? 疑わしきは罰するよ?」
「罰せずだろ! いつだってお前のほうから仕掛けてくるじゃないか!」
うわ、怒りに任せて根も葉もないことを顔近い近い。すっと距離をとってテレーザという癒しのもとへ。
「テレーザ、私とネブロ君のどっちを信じる?」
「えぇ……? んんー、ネブ……あ、アトレアかしら」
「おい! 言いかけたろ! 奴の嘘泣きに騙されるんじゃない!」
めんどくさい人だなぁ…………まあ嫌いではないけど。
このエスピリカ国立魔法学校には初等部から中等部、高等部とあるけれど、ネブロ君は中等部のころから私に勝負を吹っ掛けてくるようになった。彼が初等部からいたかは……興味ないから覚えていない。
私が何かの間違いで成績優秀者に名を連ねるようになってから一方的にライバル意識を持たれたようで、さっきの模擬戦のようにことあるごとに勝ち負けを決めようとしてきた。そんなことより勉強すればいいのに……。嫌い、ではないんだけど……ほら、ねぇ?
「本当に何なんだ、お前は。……昨日はふらっと休むし、かと思えば今日は何事もなかったように来ているし」
ため息とともにそんなしょうもないことを言ってくるネブロ君。
「……………………んんんん?」
「昨日は、なぜ休んだんだ? レイヤーからははぐらかされて教えてもらえなかったんだが」
「それは、男子が女子のプライバシーに触れてくるのは、ちょっと嫌じゃなぁい?」
「昨日もそんなことを言われたな。……まあ、そうか」
二人は話を続けているが、これは、何だ?
昨日、私が休んだ? 座学は苦手でも実技のために休まず学校に通っていた私が?
「ちょ、ちょっと待って! テレーザ!」
「なあに、アトレア……そんな真っ青な、いえ真っ白? ああ空色が近いわね。そんな顔してるけれど」
慎重に言葉を選ぶ。どう訊いたらこの心の霧は晴れるのか。始めに引っ掛かりを覚えた、昨日より前の記憶についての疑問。
「……製菓部が活動休止になったのはいつだっけ?」
「それは……朝にも話したでしょう? 昨日の朝礼で、学長先生が頭を下げて『生徒の自由を守れなくてごめんなさい』ってぇ。あそこまでされたら私たちも強くは反発できなくって……あら?」
「……そのとき、どうしてたの。……私は」
「そうねえ、ああいうことにはすぐ反射的に抵抗するのに、そういえばあのときあなたはどこで何をしていたのかしら……?」
「だから、休んでいただろう。それで俺はレイヤーに訊いてはぐらかされた」
「ちょっと黙っててネブロ君」
「は?」
「あら……あらぁ?」
テレーザが困惑している。あわあわ顔超可愛い、じゃない。
確信してしまった。
私には昨日学校に行った記憶がない。
ひいては、昨日一日分の記憶がない。どういうことだろう?
「あら、昨日アトレアも学校に来ていたはずで、でも先生やネブロ君には休んだ理由をうまくごまかしていて」
「いや俺はごまかせてないぞ。しかしその言い方だと、昨日フラウディアはやんごとなき事情で学校をずる休みして何かをしていたことになるが」
「ずる休みなんてしてないから黙っててネブロ君」
「ずる休みを咎められたくないのかフラウディア」
「うるさいなあ! いま考え事してたのに忘れたじゃん!」
「うるさいだと! 考え事もどうせ休んでまでやった悪事のことだろ!」
「そうだよ悪事じゃないけど! 思い出させてくれてありがとう! 感謝はしない!」
「『ありがとう』が感謝ではないとはな! それに感謝もお礼もいらない!」
いや……何を言い合ってるんだ私たちは。たぶん向こうもそう思ってる。
場所を変えたい。呼吸を整えつつ、とりあえずテレーザと、ついでにネブロ君にもついてきてもらおう。
アークア先生から「自習のために」と名目をうって快く講義室貸出しの許可をもらい、そこに移動して私の記憶が抜け落ちていることを説明する。
「ええっ? それは、大変ねぇ……」
テレーザはいつも通りおっとりしてて、大変な感じがしない。もしかして大したことないんじゃない、これ?
「大変で済むか。これは魔法による記憶操作だぞ。フラウディアからはおよそ一日分の記憶をごっそり抜き取り、他の人は昨日『フラウディアが何事もなく学校に登校していた』という暗示を植えつけている」
「魔法なのかあ。うっかり寝過ごしてたんなら話は簡単だったんだけど」
「お前だけならそうだろうな。だがレイヤーや他の先生も影響を受けているとなると、魔法であることは否定できない」
「おい、私だけならなんだって?」
ここぞとばかりに攻撃してきて……。いかな鈍感な私でも聞き流さないぞ。
ふと、テレーザが首をかしげて疑問を浮かべる。
「でも、みんながアトレアが昨日いたと思っている中で、ネブロ君はどうして覚えているのぉ?」
「……ぐ、それは、言えない。企業秘密だ」
「企業て」
めちゃくちゃ動揺してる。何、思わぬ弱点見つけちゃったとか? やっぱりテレーザは最高だな。
「その、精神系の魔法に強い、とだけ言っておく。俺は打たれ強いんだ」
きみ、打たれ強かったっけ? という煽り文句はさすがに
「ごっほん!」と盛大な咳払いで仕切り直そうとするネブロ君はみっともない。
「話が逸れたな。もし今回の一件が記憶操作の魔法だとすると……かなり困った問題が生じる」
「それは?」
無駄にためなくていいから。尺を稼ぐより、迅速に問題解決のための議論を進めないことにはだね……。
「記憶操作された人の数は学校規模。数百、いや千人はゆうに超えるはずだ。ここまで広範囲な魔法を扱える魔法使いは存在しない」
「…………はい?」
「いや、正確には『いた』だ。原理さえわかれば確実に使いこなしたであろう、世界に名を深い傷痕とともに刻み込んだ、希代の魔法の使い手が」
非常に言いにくそうに、過去のトラウマを掘り返す後ろめたさを抱えるように語るネブロ君。普段から真面目で眉根を寄せたしかめっ面でいる彼だけど、ここまでばつの悪そうな顔をするのはめったにない。
というか、私はその魔法使いを知っている。テレーザやネブロ君が知っているのはもちろんだけど、それ以上に知識を蓄えていた気さえする。
「エスピリカでの呼び名は『災厄の魔法使い』……」
「リュカ。アルビレオ・リュカ」
私は思い出した。私が憧れていた、私のなりたいものを。
終末魔法は教えない。 いちみんればにら @spice453145
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。終末魔法は教えない。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます