第8話 彼女は魔法が得意じゃない。

 ときどき行われる模擬戦には、運動場に設えられた専用のスペースを使う。試合ごとにランダムで障害物や地形の変化が表れるように設定もでき、今回はそれによって、立方体のようなスペース内が岩場で足場の悪い地形となった。

 基本的な勝敗のルールは、そのバリアが完全に破壊されてしまうと負け。負けとみなされた人は、瞬間移動で模擬戦スペースからはじき出される。

 私の放った『スタングレネードもどき』はダメージを与えるわけではなく、先生とネブロ君は各々目を隠しながら岩陰に身を隠す。二人にはあんまし効果なかったけど、スペース外の観戦してた皆の目を眩ませてしまった。

「相変わらず滅茶苦茶ね、アトレアは……」

「そうかな?」

 テレーザが、おそるおそる両手を目から離す。

 さっきの『スタングレネードもどき』はあくまで『もどき』に過ぎず、炎が使えないため風と土煙でごまかしただけだ。ただ光を出すだけなら光属性マシマシで放てばいいし、ちゃんと組み合わせることができていればもっと格好いい魔法になっていただろう。

「土から火薬作って火を出せばセーフ……いやグレーゾーンかなぁ……?」

「なんでわざわざ魔法で爆弾作ろうとしてんだ! 普通にアウトだろ!」

 意外と近くからネブロ君の突っ込みが聞こえる。奇襲しようとしてたのかな……少しおとぼけさんだな。

 声のした方向に静かに歩み寄って、

「主体を『水』、客体を『風』、『風』、『風』……」

「…………あっ」

 ぽかんとしたネブロ君を見つけた。ネブロ君も、裸眼を細めてようやくこちらの顔を判別できたようだ。眼鏡をどこかに落としたのか……あ、さっきのグレネードの爆風か。

「待て、これじゃエキシビションの意味が」

「ごめん。『特大アイスロック』」

 ネブロ君が眼前で氷の塊に変わる。氷が割れると、もうそこに彼はおらず、スペース外の安全地帯に無造作に排出されていた。魔法よりも割とこっちのほうが怪我するんじゃないだろうか。

 一定以上のダメージで各対戦者に張られたバリアが壊れると、このように戦闘から除外される。このシステムはちょっと前の学校長が開発した、たくさんの条件と法則を組み合わせた結界魔法らしい。たいしたもんだよね。

 さて、残りは先生だ、とテレーザを振り返ると。

「アトレア、ごめんなさぁい……」

 戦闘の形跡もなく、先生に正座させられているテレーザがいた。

 テレーザが先生にいじめられて泣いている! このばばあ、ふざけやがって!

「お前をトーストでこんがり焼いてやる! 覚悟しろ!」

 製菓部顧問に絶妙な決め台詞を吹っ掛けて、私は駆ける。

「はいはい炎魔法は禁止ですからね」

 先生はこちらを見ずに答える。それが余計に頭にくる。

「『風』、『風』、『ゴーゴー送風』!」

「まあまあ独特なセンスですね。風がほどよくそよいでいいですよ」

 頭に血がのぼっていて、意味不明な魔法で先生を涼ませてしまう。そうしている間にもテレーザは正座したままスペース外へ強制移動させられ……えっ、そういうのありなの?

「はいはいこのように場外もアウトなので気をつけて下さいね」

「テレーザああああああ!」

「負けたらまた補習だってぇぇええええ!」

 テレーザ……先生が部活の顧問なばかりに、目をつけられ理不尽な補習を何度も受けている哀しいひと……。

 きっ、と先生をにらみつけると、先生はすでにこちらを向いていた。

「さて、フラウディアさんにはアドバイスをあげましょうね」

 手に持っている羽ペンで、空中に文字を綴っていく。

「初めの目眩ましは悪くありませんでしたがね、やはり火気がない状態で爆弾は拍子抜けしてしまいます。客体の属性に無理がありましたね」

 早口に私への添削をしながら、詠唱もなく先生の右手の中で何かの魔法が構築されていく。ぐにぐにと液体が膨らんできて、それが水属性だと気づいてからでは遅かった。

「『水鉄砲』」

「ぐぬ!」

 発射された鋭く早い水の弾丸を紙一重で横飛びして、胴体への直撃を避ける。それでも肩の先をひっかいたのち、弾は結界にぶつかり轟音とともに霧散する。急所なら一撃でバリアを破壊するか、当たった勢いで体がエリア外に飛ばされていた。

「ええ、ええ。詠唱の省略も重要ですし、このくらいシンプルなネーミングでもよいでしょう。もちろんイメージとの結びつきや、自分の気分を高揚させることも重要ですけどね」

 なんか、先生のまとってる雰囲気が授業の最初と違うなあ。テレーザはこういう説教口調も嫌いって言ってた。

「私が炎属性を禁止した理由はね、表向きは例の事故です。でもこの手合いにおいてはもうひとつね、優秀なフラウディアさんを試す意味合いもあったんです」

「はい? ……私が優秀?」

 好きこそものの上手なれ、とはよく言うけど、魔法実技が好きであることは全面的に肯定するにしても優秀だと思ったことはない。まあ……確かによくネブロ君に挑発されてやり返すことはあるけども。筆記試験でも実技試験でもネブロ君に負けたことは一度もないけども。

「それを一般に優等生と呼びますね……。そのネブロさんが現在あなたに次いで同年代二位の成績なのだから」

 先生がたしなめるように言う。いやいや、ネブロ君が不意打ちとか勝負事に弱いメンタルなだけじゃないかなあ……?

 やがて、おっほん、と咳払いをして先生は仕切り直す。

「炎魔法は水魔法と真っ向から撃ち合うと相性がよくありません。だから炎魔法を使わずに先生と戦う戦略を見せてほしかったんですね」

「そんな無茶な……」

 そう思ってたら口に出していた。あと顔にも出ていたらしい。先生が眉をぴくりと動かして苦笑いを浮かべる。

「私の得意魔法が水魔法であることは、知っていますよね?」

「もちろんです。……『水の魔女ワーテル・ウィッチ』博士号の、アークア先生」

「では、対してあなたが目指しているのは?」

「……『炎の魔女フランマ・ウィッチ』の学士号です」

 すんなり答えることができなかったのは、また謎の喉の引っかかりがあったからだ。記憶に「そうだけど、そうじゃない」感覚がある。建前は『炎の魔女』を目指しているけど、本音は違う、隠し通したい『何か』に憧れていたはずだ。

「学士号を修得するためにはね、いずれ実技で相性の悪い魔法との向き合い方も試されるでしょう。ですからあなたが専攻する魔法を封じられた状態で、どういった対策を講じてくるかを見るつもりでした」

 さっきから過去形でのんべんだらりと振り返りを促してくるアークア先生。まだ私の模擬戦は終わってないじゃないか。私のことを買い被り過ぎだし、そんな先のことよりも、目の前の授業をこなそうよ。

 それに、この記憶にもやがかかったようなもどかしさを、私は発散したくてたまらない。

「主体を『炎』と『風』、客体を『風』、『土』、『光』……」

「レイヤーさんにもネブロさんにも、ここで確かめる要素はありましたが、こういう戦況になった以上、それはまた今度にしましょうね」

 ふと目をそらした先生めがけて右手を突き出し、暴走気味に私は一直線の風に乗った炎魔法を飛ばす。

「くらえ、『火炎放射』!」

「『大瀑布だいばくふ』」

 間を置かずカウンターのように浴びせられた滝の水流に、あっけなく鎮火させられる炎魔法と私のストレス。あげく身体ごと場外に流されていく。

「…………あれ?」

「はいはい、ルール違反ですね。いつもあなたのアイデアや行動力には驚かされるばかりですが、感情に任せて動くのはあなたの悪い癖です」

 運動場の壁にもたれ間抜けな声を漏らす私を、先生は羽ペンをぺしぺし教鞭のように振るいながら見下ろす。

「フラウディアさんはレイヤーさん、ネブロさんと一緒に放課後補習を受けてもらいます。他のペアは模擬戦を始めましょうね」

「……なんなの、これ」

 とぼとぼ歩いてくるテレーザが視界の端に映る。「アトレアぁー……」とひどく落ち込んだ様子で。

 けどそれよりも私は、いっそう気にかかる違和感を飲み込むのに必死だった。

 無意識に手のひらを見つめる。そこから何か見えるわけじゃない。


 ただ、この手から情熱が失われた感触だけが、私を『早く取り戻せ』と急かしている気がした。

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