第7話 この胸のつかえがとれない。2
魔法学校の授業構成は、午前と午後に分けられていて、例えば午前が魔法の理論やら概念やらの座学なら、午後は実技をやる。そうやって各学級の講義室が被らないようにしているらしい。
今日うちの学級は午前の部が魔法ではなく語学や数理の、いわゆる普通科の授業を受けて、午後に魔法の実技が待っていた。
待ってた。めっちゃ楽しみ。毎回このために他の(つまらない)授業を乗り越えているのだ。
「相変わらず、実技が始まるといい顔してるわねぇ」
苦笑混じりに言ってくるジャージ姿のテレーザ。運動するため、ふわふわ髪をまとめてポニーテールにしている。うなじの辺りが、いい。
「うん、楽しみうふふふふ」
「やだあ、そんなに楽しみにしてたのぉ?」
おっと、うっかりよだれが出そうになった。若干テレーザが引いている。ごめん。
私やテレーザに限らず、生徒は動きやすい服装に着替えてから実技に臨む。ジャージ姿が多いけど、中には制服のままだったり、自分の士気を上げる意図でコスプレめいた格好だったりの子もいる。
「はい、はい集合」
よく通る声での講師の呼びかけに、のんびりと皆が集まる。
「はいじゃあ今日はね、ちょっと派手なやつをね、やっていこうかなってね、思います」
はきはき早口で話すちゃきちゃきのおば……お姉さん先生は、私は嫌いじゃないけど、急かされているみたいで苦手な人が多い。テレーザなんて、自分と性格が真逆だから余計に嫌っている。ちなみに製菓部の顧問でもある。
「まずはね、二人一組になってもらって……」
即座に私は隣のテレーザを腕をがっちり掴む。テレーザもそれに応えるように腕を組む。
「あらレイヤーさん早いわね」
先生が驚いたように言う。レイヤーはテレーザの苗字だ。テレーザはええまぁ、と適当に返事する。
この手のグループ分けは先手必勝、一瞬の隙が命取り。私は知らない人とあんまり組みたくないし、テレーザは、ええと、その方がうまくいくって理由らしい。前に聞いたとき含みのある言い方で苦笑していた。
なんでか周りの数名から舌打ちや羨ましそうな声が聞こえる。かわいいテレーザ目当てか? この子は渡さないぞ。
「決断が早いのはね、いいことね。では皆さんも二人一組になってね、あぶれた人は先生と組みましょうね」
先生はすぐに調子を取り戻して声をかける。やがてめいめいにコンビはできてきて、余った一人が先生と組む。よりによって優等生のミハエル・ネブロ君だった。ぼっちは成績上位者の宿命かな……。彼は曇った眼鏡の奥で何を思うのか……。
「これでちょうど偶数組できたのでね、始めたいと思います。はい、ではね、そこの二人来てね」
「はい?」
手でちょいちょいと促され、集団の前に出るテレーザと私は、少しの嫌な予感を共有していた。
「模擬戦をやります。はじめに説明も兼ねて、優秀なネブロさん、フラウディアさんとレイヤーさんでやってみますからね」
「ええー……」
生徒三人、声を揃えてうめく。ネブロ君ノリいいな。
「使用する魔法はね、炎を除く五つの属性、水・土・風・光・闇なんでもオーケーね。この体育館の結界なら炎も大丈夫なんだけどね、報道もあったことだししばらくは安全のためにね」
「…………?」
なぜだろう、またしても引っかかる。製菓部の活動停止のくだりと同じく疑問が餅のごとく喉につかえてのみ込めない。
炎魔法がだめって? 炎魔法の使用制限がかかったからだというのは分かるんだけど、どうしてそんな大事になったのかを考えると……よく覚えていない。やっぱり変だよ、これ。
でもたとえ違和感に気づいたって、この講義には関係ないし、先生の説明は続いている。
激しい動悸に苛まれながら、先生と私たちは模擬戦を行うスペースの規定位置につく。
「アトレア、大丈夫……?」
「平気平気。なんだか緊張してるのかな」
テレーザが心配そうに覗きこんでくるので、努めて気丈に振る舞う。
「申し訳ないが、エキシビションだからって手加減しないからな」
空気を読んでかネブロ君がもごもご言ってるけど、私そんなに勝ち負けにこだわりないんだよね。
しかしこういう言葉って、心理的にクるものがある。ここで「気分が悪いので帰ります」とか言おうものなら、負け犬の烙印を押されてしまう。いくら勝ち負けに興味ないっていっても、その後の居心地の悪さを考えると、ここで退くのはよくない。ネブロ君の目つきも私を射抜くように鋭く怖い。そんな恨まれるようなこと、私、したかなあ……。
こうなったらやるしかない。仕返しとして彼には今後ネチネチと嫌がらせしていこう。
肝が据わって、深呼吸も体に効いてきた。
「テレーザ、頑張ろうね!」
ぐっと拳を握って、それをテレーザに向ける。
「えぇ、ど、どうしたのアトレア……? 今日は精神的に不安定ね」
テレーザにはネブロ君の呟きが聞き取れなかったらしく、このやる気の源が理解できないようだ。それでも拳は合わせてくれるのが彼女のいい所だ。
「はいはい、それでは始めましょうね。制限時間は五分で、勝負がつかないときはじゃんけんね」
んな適当な、という言葉を飲み込み、開始の合図を聞いて動き出す。二手に分かれようとする相手方を見て、少し考える。
猫騙しに一発、仕込んでおきますか。
「主体を『光』、客体を『闇』と『風』と、『土』……かな? ……あ、テレーザ、目を瞑って、目を手で覆って!」
「えっ、あ、うん!」
確認することなく、私は先制攻撃を仕掛ける。
スタン・グレネード。照明弾とか、目眩ましとか。
構内の影が、光に包まれ敗北する。
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