第6話 この胸のつかえがとれない。
翌朝。私はエスピリカの自宅で目を覚ました。
昨日もこうして自宅で寝ていたはずだけど、なんかそういう表現を使いたくなったというか。そんな感じ。
両親と他愛もない会話を交わしながら朝食を終える。大事な話でもあったのか、それを避けるような妙な沈黙があったり、不自然な話題の転換があったりと、私は居心地の悪さを感じた。
私がいつもどおり学校に行くのに、どうしてそんな不思議そうな顔を浮かべているのか。私のほうこそさっぱりだ。
家を出て学校に向かう道の途中で、いつも待ち合わせている友人を見つけて手を振る。テレーザはゆるゆるふわふわ金髪をゆらゆら揺らして応えてくれる。
「アトレア! おはよ……う」
「うん、おはよう。……?」
挨拶をしてすぐ、テレーザは首をゆらっと傾ける。若干だが彼女の頬が上気しているように見える。
「いえ、ごめんなさいねぇ。なんだか、今朝に限って、いくら待っていてもあなたが来ない気がして。それであなたが来てくれたものだから、ちょっぴり興奮しちゃってぇ」
「興奮って。やらし」
「言葉のあやでしょう?」
テレーザは、むず痒そうに肩をすくめる。
「変なの」
「そうね、変ねえ。自分でも分からないんだもの……」
実は私も、似た感覚を持たなかったわけではない。
しばらく「おはよう」なんて言い合えないはずだったのに、なんて頭のどこかで考えちゃってて。私のほうは恥ずかしくて言い出せなかったけど。
話題を変えたくて、私から話を切り出す。
「そうだ今日さ、テレーザは放課後、製菓部? もし部活終わって時間あったら」
近くにできたカフェに誘おうとして、止まった。「製菓部」と聞いた彼女の表情で。
ぱちくりと目を瞬かせ、驚いた様子で言い放つ。
「うっかりさんねぇ、アトレアは。製菓部、昨日で活動休止になったのよぉ?」
「えっ、な、なんでっ」
いや、理由は私がよく分かってる、はず。でも、あれ? うまく思い出せず疑問が口を突いて出る。
「……? 昨日も話さなかったかしら。製菓部で扱う炎魔法の制限がかかったの」
「うん? 昨日?」
昨日。何かあったっけ。冗談や軽口の感覚で、「製菓部は活動できない」みたいな話はした記憶はあるけれど、ひどく遠い過去の会話を思い返している感覚だ。
「んんー、話が噛み合わない感じがするわねぇ……まあ、いいわ。それで今日の放課後、どうするのぉ?」
耳の横で髪をくるくるいじくりながら、テレーザは先を促す。
「あ、うん。いつもの帰り道からちょっと外れるんだけどね」
どうにかこうにか調子を取り戻す。
……どうしよう。
昨日一日の出来事が、まったく思い出せない。
もっと正確にいうと、昨日一日にとどまらず、おとといのテレーザとの帰り道での会話から、今朝目が覚めるまでの間の記憶がごっそり抜け落ちている気分。
もしかして、私…………。
テレーザ以外に友人がいないせいで、学校でのことを頭の中で無かったことにしてるんじゃない……?
……いやいや。そんなわけないでしょ。
だって、魔法は楽しいものだもの。それを学びに行くのに忘れちゃうとか、私が私じゃないでしょ。
だけどこの、喉につっかかる物が取れないもどかしさ。なんとかならないものかな。
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