第5話 それでも心は折れない。

 俺はひどく苦しんでいた。

 言葉っていうのは、人と人の共通認識を深める最良の手段であるはずだ。

 それがどうしてこうなる。

「どうやって世界を終わらせるかなんて、考えたことありませんでした」

 彼女は心底不思議そうな様子で、俺を見つめる。そういう解釈があったんですねぇ、とか聞こえてきそうだ。

 解釈の問題なのか、これは?

 終末魔法の定義は、確かにそれほど明確なわけではない。災厄の魔法使いリュカがかつて各地で放った魔法は、天変地異とか、世界の終わりだとか叫ばれた中で、そう分類された。

 ひとつの歴史の区切りごとに訪れる、終焉の魔法の何度目かの再来だと。その大いなる運命のいたずらを、終末魔法と呼ぶ。

 つまり、記録者が後世に歴史に残す過程で行う後付けなのであって、放った瞬間に分かるものではないのだ。

 俺だって、本当に世界を終わらせるために災厄を撒き散らしたわけじゃない。自らを省みて、やっとその行き先が『終末』なのだと気づいたくらいだ。

 しかしながら、終末魔法を覚えたいとかざっくりしたことをお願いしに来たくせに、そのイメージすら持っていないなんて、いよいよもってこいつの考えていることが分からなくなった。お手上げだ。


「……なんかないわけ? 破壊の限りを尽くすとか、生物皆殺しとか」

「それは……なんだか物騒ですね」

「その物騒なもん教わりに来てんだろーがお前はよおおおお!!」

 ああああっ、頭の血管全部ぶち切れそう! すごいっ、すごいよこいつ! 言動の矛盾に一切疑問を持たないんだもの!

「私は、そういうの得意じゃないんです。物を壊すとか、生き物を殺すとか」

「……じゃあどうすんだよ」

 一度俺が成そうとして諦めたこと。

 完遂する直前になって『違う』と気づいたこと。

 魔法によって、自身から湧く後悔と、目に見えぬ怨恨の念を背負うことになるのを、俺は知っている。

「いま思いつくのは、そうですねぇ……。、それを終末魔法と仮定するならば、ですが……ひとつだけ」


「人の記憶から、魔法が災いをもたらしたあらゆる事件を消して、リセットするとか」


「それ、ある意味ただ壊すより怖えよ」

 記憶の改竄かいざんとか、目に見えないだけでよっぽど災厄だろ。

「えー、ぱっと思いついたにしてはいい案じゃないですか?」

 呑気なことを言う少女だ。俺を災厄の魔法使いと言う割には、その辺の危機意識が足りない。

「お前が俺以上の悪道を進むんならそれもいいだろうさ。だがな、実現性が低い」

 何で俺がこいつに懇切丁寧に教えてやらなきゃならんのだ。

 そうは思うが、あまりにこの少女が非現実的なせいで口が止まらない。

「まず、記憶を消すといっても、過去の記録や歴史的資料やらはどう処理するつもりだ? 仮にリセットできたとして、また魔法が災いをもたらしたらどうするんだ? 一度リセットされたことで、人の行いは改められるどころか同じ過ちを繰り返すとは考えないのか? 『思いつき』でも『考えなし』で魔法を構築しようとすると、その矛盾を解決するだけでも莫大な時間と労力が必要になるぞ」

 まあ俺もさっき、思いつきで「生物皆殺し」とかふざけたことをぬかしたわけだが。こいつを追い返すのに、論理の整合性なんぞいちいち考えてられん。

「ははぁ、なるほど」

 ぜってぇ分かってねえだろ、そのとぼけた顔。

「お前、人がこんだけ力説したってのにそれだけで感想それだけで終わるの?」

「いやぁ、どうも」

 褒めてない。

「でも、その『思いつき』を本気で論破してくるなんて思わなかったので。何でですか?」

「えっ」

 説明に難しい。小首を傾げて純粋な疑問として投げかけられたそれに、俺は言葉が詰まる。えっ、だってお前があまりに後先考えない発想するから……あれ? 何で俺、添削みたいなことしてんだろ。

 俺が答えられずにいるところで、少女は居住まいを正して宣言してくる。

「私、弟子にしてくれるまで帰りませんから。それこそ、万が一にも殺される覚悟で来ているので」

「……軽々しく言ってのけるな。お前の家族や友人が、そんな覚悟を望んでいるわけないだろうに」

「それでも、です。私は退く気はありません」

 外では日が空に別れを告げ、朱く色を濃くして沈んでいく。

 それはまるで時限発動式の炎魔法のように、夜の直前だけ部屋を煌めく光で包む。

 過去に大勢の人間を葬っておきながら、今の俺には目の前の少女ひとり殺すこともできない。

「だから、そんな覚悟なんて、するな」

 覚悟など、昔も今も俺にはなかった。


 だがそれとこれとは話が別だ。俺の魔法を教える気はさらさらない。

「……夜の森は思っているより危ない。今夜はひとまず宿代わりに寝とけ」

「え……いいんですか? 合格ですか?」

「ここは一晩限りの宿だ。それ以上でもそれ以下でもない」

「なんですか、いじわる……。感謝はしますけど…………襲わないでくださいね?」

「戯言をぬかすな。いいから寝とけ」

「ふあ……っ?」

 俺が少女に向けて、デコピンの要領で人差し指を弾くと、ぱちん、と破裂音が鳴る。鼻ちょうちんが割れる音に見立てているが、これは逆に睡眠を誘発する魔法の合図だ。

「朝になったら。終末魔法なんぞに二度と関わるな」

 これはお前のアイデアだ。思いつきがどこまで通用するか、自分自身で確かめてみるといい。

 忘れたままでいるならそれが一番都合がいい。

 だがもし、この意味に気づいたなら。

「……俺も人恋しくなったのかね」

 無意識に口角の上がる口元を、俺は必死に押さえていた。

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