第4話 彼と彼女は噛み合わない。
「えぇ、では今回はご縁がなかったということで……お祈り申し上げます」
「どこの採用面接ですか!」
私がリュカと呼んだ目の前の中肉中背の男は、今さら私を帰せるわけもなく屋内に招き入れてくれたわけだが、テーブルを挟んで席につくなりそんな冗談を吐いてくる。私は突っ込みに余念がない。
「いや冗談じゃないから」
冗談ではなかったらしい。……本人にとっては。
「そもそもどうして俺が当然のように弟子を受け入れると? 俺が何者か分かってて言ってるんだよな?」
リュカさんは当然の質問をしてくる。高名な魔法使いに師事するならまだしも、よりにもよってなぜ世間から身を隠す大罪人に教えを乞うのか。
無論、「弟子にしてくれ」と頼んで「はいそうですか」となるとは思っていなかった。わずかな可能性として、取り合ってもらえないどころか、その場で私自身を消されることだって想定していた。なぜなら彼は。
「……災厄の魔法使い、リュカ」
「それほんと恥ずかしい呼び名だな……」
「史上最悪の闇魔導師」
「その呼び方は西の魔法大国で流行ってたなー。おかげで二度と行きたくない」
「世界を一度終わらせた大罪人」
「あの一個一個挙げてくのやめてくれない? 俺の中で割と黒歴史なの。なんなら罪の意識より恥が勝ってここにいるからね?」
いちいち感想を挟んでくるあたり、根は優しいのかもしれない。少なくとも今日明日で私が命を落とすことはなさそうだ。
そこで、私は思いきって踏み込んでみる。
「そしてエスピリカの……私の敵」
「…………それは、君の故郷か。であれば、その方がしっくりくるだろうな」
おどけた調子が、少しだけ剥がれた。そのことに私はどこか得意気になる。
リュカさんはばつが悪そうな顔で腕を組む。
「そこまで分かってて訪ねてくるっていうことは、何か根拠があってのことだろう。恨みをもっていながら、復讐するでもなく『弟子入り』という道を選んだ理由が」
なおさら納得がいかない様子で、率直な疑問を投げるリュカさん。と、ここで私は彼が少し勘違いをしていないかと気づく。
「あ、恨みといっても、私の場合は復讐とかの恨みじゃないですよ?」
「え?」
間の抜けた返事。やっぱり、彼は私が故郷での過去の惨劇について憎んでいると思っていたらしい。残念ながら私の中で愛郷心というものは薄く、無いようなものなのだ。住んでいる家族や友だちは大好きだけど。
「私が強いてあなたに申し上げるなら、それは魔法の自由を奪われたことに対する不満です。私が許せないのは、あなたの災厄のほうではなく、その副次的影響なのです」
「副次的影響」
そう。災厄によって、エスピリカをはじめ世界は魔法への危機感を覚えた。
これ以上魔法の技術を発展させてよいのだろうか。第二、第三の恐ろしい魔法使いが生まれるのではないか。それまでは才能を称えられ、尊厳と自由に満ちていた魔法の研究が、見えない大きな恐怖心によって監視・管理されるようになった。以前から免許証のような、魔法使いの身元を保証する制度は各地にあったものの、過剰に厳しくなった法によって、目的にかかわらず許可なく魔法は使えなくなった。
こうなってしまえば、形だけの免許を取得したところで利益があるわけもなく、魔法を使おうとする意思があるぶん、むしろ監視の目がきつくなりマイナスだ。
今では国を守る衛兵ぐらいしか、戦闘レベルの魔法は使われない。
私はそれがどうにももどかしい。
そんな感じで、世界の現状をリュカさんにくどくど話していると、げんなりとした表情になった彼が口を開く。
「分かった。もー分かったから。俺が君にどういう恨みを持たれているのか、十二分に理解した」
「それは何よりです。では改めて弟子にしてください」
「今回はご縁がなかったということで」
「ループ! 話戻っちゃった! それ文書じゃなく直接言われる身にもなって!」
「だってさあ、ひたすら文句垂れ流された後に弟子にしてと言われても、気分悪いだろ」
言われてみれば確かに、この場面で彼に対するマイナスイメージを語るべきではなかった。ならばこの人を持ち上げるだけ持ち上げて、私への評価を取り戻したいところだ。
「えー、じゃあじゃあ、リュカさんの魔法カッコイイ! 素敵! 痺れちゃう! でどうですか?」
「いま『じゃあ』って言ったろ。……まあ試しに聞いてみようか。どこがカッコイイって?」
どこが? いやー、百パーセントお世辞だったけど、言った以上は彼の魅力を説明しなければ納得しまい。……全然わかんない。そもそも小さい頃の話で彼の魔法のことについてはよく知らんし。小さい頃のことを必死に思い出そうとすると、だいぶ昔に花火大会を見に行った思い出がよみがえる。
「……えーと、えー……っと。……あの、なんか建物とかを爆発させる魔法が、花火みたいで綺麗でした。スカッとしました」
「狂気じみてるな、おい」
記憶のアレンジ失敗。これは思い出した記憶がよくなかった。思い出すならもっと、そう、災厄をもたらすような破壊と殺戮に満ちた恐怖の映画のような……。
「あー、あとあれです。……あれ。んーと百人くらい磔にして、足元からじわじわ燃やしていく魔法。あれには感動して思わず拍手しちゃいました」
「そんなのやったことないけど!? そんなの思いつくあたり悪党の才能はありそうだな!」
「ありがとうございます! やったあ!」
「いや全力で不採用です!」
褒められたのに。才能ありなら採用なのでは……?
リュカさんは頭を掻きむしって、まるでどうやって私を帰そうか悩んでいるようだった。え? なんで?
脂汗をにじませながら、苦渋の表情で、努めて冷静に彼は訊ねてきた。
「あの、ちなみになんだけど、終末魔法を覚えてどうしたいわけ? あくまで魔法のレベルとして『終末』ってカテゴリがあるわけだけど、どういう魔法で世界を終わらせるつもりなんだ?」
そうなんだ、知らなかった。
私はそういう、世界の全てを終わらせる魔法がひとつだけ存在しているものだと思っていた。
「どうやって世界を終わらせるかなんて……考えたことありませんでした」
「えぇー……」
リュカさんは心底呆れた様子で私を見ていた。
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