コンタクトレンズ

コンタクトレンズ越しにあなたを見ていた。


人間の心理的に気になる人には無意識に視線を送ってしまうらしい。

私はいつも視線を正面の男性に向けていて、ハッとそのことに気が付き、急いで目の前の文庫本に視線を戻す。


あぁ、これで何度目だろう?

絶対バレてるだろうなぁ。


いつも端の窓際の席に座るその人は、店員さんに愛想良くいつも笑顔で注文している。

ブラックコーヒーを一口啜ると、決まって眉間に皺を寄せうんうんと頷いて、苦い顔をして舌をぺろっと少し出す。


あまりブラックコーヒーが得意ではないのだろう。

しかし、いつもミルクと砂糖は入れずにいる。


そんな背伸びをしている彼を少しおかしく、なんともかわいく思ってしまった。


私は最近この喫茶店に行くようになった。


たまたま喫茶店の前を通り、落ち着いた雰囲気が良かったので入ってみたのだ。


すると後から例の正面の男性が現れた。


それから彼はいつも、私とは逆の端の窓際に座る。


元々常連で、私が今いる席に座ってたんじゃないかなと妄想をしてしまう。


それで私がいつも居座るもんだから、逆側を指定席にしたのでは。


本当に悪いことをしてしまった。

ひょっとしたら嫌われているのかも。

だからいつも一番遠い席に座っているのか。


20メートル程の距離が非常に遠く感じた。


午後3時頃から午後5時頃までは割と混雑しており、人の出入りが多い。

その人の動きを目で追いつつ、さりげなく彼の方にも目を向けていた。

そうすればバレずに彼を見ていられる。


しかし、午後5時を過ぎると席が空き、彼と向かい合う形になってしまう。


そうなると、もう本を見るしかなくなる。

当然内容は頭の中に入っていかない。

ただ眺めているようなものだ。


すると彼は立ち上がりレジへ向かっていった。


なぜだか、すごく見られているような気がするがそんなはずはない。

見られているとすれば、それは席を取られたという嫌悪感からの視線だ。


なんともバツが悪くなって、前髪を触って顔を隠してしまう。


彼が出ていった後、私も会計を済ませ彼の後を追う。


一度謝った方が良いと思ったのだ。


いつも私と彼の距離は20メートルあったが、15メートル、10メートルと次第に近づいていく。


手の届く距離まで近づいた所で声を掛けようとしたら彼はこちらを急に振り向いた。


「あ!」


お互い知り合いに会ったような声を上げてしまった。

私はそんな「反応」がおかしくなって笑ってしまった。


ー完ー

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