レンズ
黒縁眼鏡のレンズ越しに君を見ていた。
瞳の中にもレンズがあり、虚像だの実像だの、遠ざかれば遠ざかるほど像が大きく写ったりと…
中学校理科程度の知識しかない僕でもこれだけは立派な化学反応ではないかと思っている。
あぁ、せめてこの眼鏡のレンズが要らないくらい彼女を近くで見てみたい。
しかし、その願いは叶わず今日も僕の目に写る君は小さかった。
っと、あまりじっと見ていると怪しいよな。
僕は視線を手元の文庫本に戻す。
いつも端の窓際の席にいるその子は透き通るように白く、陽の光を浴びると消えてしまいそうだ。
儚く、尊く、可憐で、白百合のようであった。
珈琲の嫌いな僕がこの喫茶店に通うようになったのは彼女のおかげだ。
たまたま店の前を通りかかり、窓の外から店内を覗くと彼女が居たのだ。
一目惚れというのだろうか、もっと重大な何かに惹きつけられ、気付けば店内に居た。
しかし、いつも近くには座らず彼女とは逆の端の窓際に座っている。
20メートル程だろうか?
彼女も僕も店の壁を背にして座るため遠くではあるが向かい合う形になっている。
午後3時頃から午後5時頃までは割と混雑しており、彼女と僕の間の席には絶えず人が座っているが、それを過ぎると席が空く。
そうなると正面の彼女と向かい合いになってしまい…いや、向かい合いたいのだが、かなり意識してしまうので、緊張で本の内容が全く頭に入らなくなり、彼女の方にちらりと視線を送ったり、コーヒーカップを持つ手が震えたりと挙動がおかしくなってしまう。
いや、そもそも彼女目当てでこの喫茶店に入っている時点で不審者として見られているのかもしれないのだが。
僕は1人で勝手に気まずくなり、居心地が悪くなってしまい帰り支度を始める。
支払いのため、レジに歩みを進める途中でまた、彼女のことを凝視してしまう。
しかし、彼女は本の世界に入り込んでいて、そんなことを気に留めるはずもなかった。
恐らく僕のことを認知すらしていないのだろう。
彼女の肩まで伸びたサラサラの髪を耳に掛ける仕草が僕を虜にした。
いつも、小さくふわふわと浮ついた、ちょっとした高揚感がなんとも僕をおかしくさせた。
今日も440円の幸せが終わった。
自分という人間はなんとも安上がりだ。
眼鏡を外し、目を擦っていると後ろから足音がしたので振り返る。
「あ!」
まさかレンズなしで君の笑顔をこんなに近くで見られるとは。
ー続ー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます