終末
ラジオ「地球の消滅まであと12時間を切ろうとしています。最後の1日は大切な人と過ごし自分の人生を悔いのないものにしましょう。それではみなさんさようなら」
ピッピッピッポーン
深夜の24時時報が鳴る。
今から約12時間後、つまり今日の正午には地球は終わってしまう。
さてと…
ラジオのボリュームを落とし、オンエアのランプを消灯させ最後の放送を終えた。
「「終末」」
私は今年で40歳を迎える独身の男だ。
仕事には縁があってラジオ番組のディレクターを任されているが、女性との縁は全くないままもうこんな歳になってしまった。
地球最後の日の報道がされたのが1ヶ月ほど前、地球の公転軌道上に未発見の小惑星が通過、そのタイミングに地球と衝突する可能性があると大々的にマスメディアで宣伝された。
初めての報道では多くの人間は半信半疑、いやほとんど信じている人間なんて居なかったが衝突予定日が近づくに連れ、月ともう一つ赤い小惑星が目視できるようになり、その信憑性は増していった。
連日連夜、いつテレビをつけてもその話をしていたが2週間前にもなるとテレビも映らなくなった。理由は地球が滅びるというのに働く人間なんていないからだ。
まぁ地球が無くなってしまうのにバカ真面目に働いている変わり者なんて私くらいだろう。
地球最後の日、誰も聞いているはずもないのに、今日もラジオの放送を1人でしていた。
私は地球滅亡第一報を聞いた時は面白いネタが入って来たと嬉しさに震えていた。
しかし、1日1日と過ぎていく度にその情報が確かなものであると裏付けされていく。
今は恐怖で震えていた。
死ぬのはやはり怖い。
地球滅亡の報道がされてから世界は犯罪で染まっていった。殺人、放火、暴力、強盗、強姦、自棄になった人間は平気でなんでもやった。それは日本とて例外ではなかった。
地球滅亡前に命を奪われる恐怖が常に付き纏い気が狂いそうであった。
そんな中、正気を保つために私は何も生活を変えないことにし、こうやって1人で誰も聞いているはずもないラジオを垂れ流している。
自分を演者にして、口下手ながらどうでもいいことをペラペラと喋っていると気付いたことがある。
演者側も意外と楽しい。
誰も聞いていないと考えると尚更気が楽で舌が回るものだ。
しかし、暗いニュースばかりだった現代もとうとう終わる。
ラジオ局を出て車に乗り込もうとしたその時、人影が私の方へ向かってきた。
私は身体を強張らせ身構えていたが、聞き覚えのある声がその緊張を解いた。
???「西郷さん!お疲れ様です!最後まで手伝いに行けずすいませんでした!」
そこには元々アシスタントとして私と番組を作っていた尾張がいた。
尾張はこの騒動で妻と子供を守らないといけないから仕事はできないと、わざわざ私に一報を寄越してくれた若いながらも律儀な男だ。
私「いやいや、尾張くん。君は大事な仕事を全うしたまでじゃないか。私の場合はただの趣味の延長だからいいんだよ。」
尾張「その趣味の延長を生きがいにしていた人も沢山いるんですよ。ほら!」
すると尾張の後ろからぞろぞろと20名ほどの男女が現れた。
私「これは、一体?」
尾張「西郷さんの放送をずっと聴いていたリスナーです。ここに集まったのは20人くらいですけどきっともっとたくさん救われた人はいるはずです!」
すると、リスナー達から感謝の言葉をかけられた。家にいてもいつ犯罪に巻き込まれるのか分からず、怖くて震えていたが私の放送を聴いている間は忘れられたのだと。
私の本当にどうでも良い身の上話がみんなの希望になっていたとは。
地球最後の日にこんな充足感に満ち満ちるとは夢にも思わなかった。
やはり、人間とは承認欲求の強い生き物なのだな。
私は一頻り感謝の言葉を告げられると車に乗り海を目指した。
なんとなく、最後に眺めておきたかったのだ。
海へ行く途中、猫が車に轢かれて死んでしまっているように、人間が何人も冷たいアスファルトに転がっていた。
全く悍ましい光景だが、それに順応してしまっている自分にも多大な嫌悪感を抱いていた。
時刻は5時を回ろうとしている頃、ようやく目的地に到着した。
海には荒らされた形跡はなく、もしかしたら流されていっただけかもしれないが心を穏やかにさせた。
私は胸のポケットからタバコを取り出して火をつけた。
本来なら日が昇る頃なのだが、赤い色の小惑星がそれを遮っていて常に薄暗かった。
何度目かの「せめて、最後くらい」を飲み込んでゆっくりとタバコを燃やす。
すると地響きが鳴り出し、すぐに立っていられないほどの振動が巻き起こった。
予定よりは早いが確実に衝突の前兆であった。
私「あちゃー、正午頃だって言っちゃったのに。また明日放送で謝らなくちゃな。」
プツッ
意識がなくなって、思考することもできず、存在していたはずの星もなくなりそこには何もない無が確かに有った。
???「…ください!No.3150!起きてください!」
起こされる道理などないはずだが、目の前の声で目を覚ました。
私はリクライニングのできるコクピットのようなものの中に閉じ込められていた。
目の前に小さなディスプレイがあり、そこに見知らぬ男が映し出されていて、私に呼びかけていた。
???「あなたは合格です。今体験していたのは終末シミュレーターです。人生最後の日にどういったことをしたかで合否を判定していました。」
私「合否?一体なんのことか…」
すると、画面の男は顎に手をやり、むむっと下唇を突き出した。
???「やはり長くシミュレーターをしていると記憶が混濁してしまう難点だけはどうしようもないですね…今あなたは死にましたがそれは仮想現実世界の話であって、現実世界のあなたは今私の目の前に生きているあなたなのです。」
長い間脳が働いていなかったようで、かなり思考能力が低下していた。
私「…全く理解が追いつかない」
???「まぁ周りを見てくださいよ。」
すると私を包み込むように覆われていたカバーの上半分が開いた。
私「これは!?」
そこには私と同じコクピットが見渡す限り規則的に並べられていた。
どれだけ遠くを凝視しても終着点が見えないほどに。
その中にはカバーの開けられているものも少しだがあった。
???「増えすぎた人間を選別するためにこういうシミュレーターを使って、良い人間と悪い人間を分けて悪い方は捨てちゃおうって話です。それであなたは良い人間だったんで生きていていいよってことです。」
私「言っている意味は分かるのだが、脳が理解しようとしない。つっ!」
思考を深くしようとすると頭に痛みが走った。
???「あまり無理なさらずに。シミュレーターを終えるときに仮想現実世界の記憶を無理矢理消去させてるのですから。」
どうりで何も思い出せないわけだ。
私はこのシミュレーターでどんな良い行いをしていたのだろう。
???「とにかく、あなたは生きる資格を得たのですから次の人生を満喫しちゃってください。」
私「次の人生って…どうしたら?」
すると画面の男はタブレット端末を取り出し何かを打ち込み始めた。
???「あなたは第七惑星で暮らすことになってますね。X54、Y82、Z28あ、これ住所です。ここに行けば大体教えてくれますから。最後になにかやりたい仕事ってあります?」
いきなりそんな質問をされても漠然とした回答しかできなかった。
私「んー、何か人に伝える…人に感謝される仕事がいいです。」
???「…わかりました。じゃあ手続きを済ませておきますので。楽しんでください。」
画面の男はにやりと笑い、頭を深々と下げて姿を消した。
すると私の乗っていたコクピットのカバーが閉じて空中に浮いた。
これから第七惑星というところに向かうのだろう。
私(それにしてもあの画面の男、なんだか初めてな気がしないな…)
私はそんな夢と現実の区別もうまく付けられないまま再び目を閉じた。
画面の男「あなたほど律儀な人もなかなかいませんよ。西郷さん。」
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