僕が鏡を怖くなったのは、先週引っ越す原因となった出来事のせいだ。

僕が引っ越した家は、ボロボロの一軒家。

駅からは遠いが、下手な1Kの部屋と同程度の家賃で住める。

家賃保証などが無い職場で働く僕にとっては好都合な家だった。


引っ越した時、いや、内見の時から1つだけ違和感を感じることはあったけれど、好条件だったので、気にはしなかった。


僕には霊感というものは無いし、変な体験もしたことなどない。

その違和感も大したことはない。

この家賃で一軒家が借りられるのなら、これ以上の条件は無いと思い、

この物件に決めたのだ。


その家は古い日本家屋だった。雰囲気のある軒先があり、

ボロボロの塀に囲まれた家。決して良いとは言えないが、

雨漏りするほどでも無いし、廊下などが軋む程度で

大した欠点は無かった。

ただ、その家には鏡が無かった。

正確には洗面所には1つあったのだが、

前の住人が割ってしまったそうだ。


引っ越して数日経ったある日の夜、僕はテレビを見ていた。

ドラマの夜のシーンだったのだが、

僕はふとした違和感を感じた。


テレビが夜で黒が多いせいか、反射して自分の部屋が

映っているのだが、何かが通った気がした。

結構大きな影だった。振り向いたが誰もいない。

気のせいかと思って、僕はまたテレビを見ていた。

もう一度、反射した画面に何かが通ったのが見えた。

僕はじっと画面を見つめる。

もう一度、画面に大きな影が通った。


僕はその正体に気づいてしまった。

老婆だ。ひどく首が長く、舌を垂らして、

目を血走らせていた老婆。それが僕の背後にいる。


僕は驚いて、部屋を飛び出すが裏にいる気配はない。

軒先から家を出ようとすると、窓ガラスに老婆が映っていた。

「やっぱり背後にいる!実際には見えていないけどいるんだ」


僕は窓を思い切り開けて飛び出して、

その日は近くの友人の家に泊まった。


翌日家に帰ると、何の違和感もない自宅だった。

前の住人が鏡を割ったのは、おそらくあいつを見たからだろう。

僕は不動産屋さんに抗議の電話をした。


不動産屋さんは、最初は口を渋らせていたが、

老婆の話をすると、重い口を開いた。


不動産屋によると、何人か前の住民が自殺をした

事故物件らしいのだが、その次に住んだ住人は普通に暮らしていたという。

しかし1年後、その住民が夜逃げのように出ていってしまったそう。

その後、何人か住んだらしいがすぐに引っ越し。

そして、僕の前の住民が鏡を割った。

なんでも「鏡にアレが映って怖くなったから。」という

理由だったという。とは言え、自殺者が出てから

1年住んでいた住民がいたし、その後も誰か死んだり

事故にあったわけではなく、

数人早めに引っ越しただけだったので、

伝える義務は無かったのだそうだ。


その家を取り壊そうと業者に頼んでも、失敗することが多く、

ならば賃貸で出していた方が得だったのでという話だった。


僕は引っ越す物件を探しながらも、

色々お金もかかるので、とりあえず1ヶ月は我慢することにした。

幸い鏡や鏡のようになっているものを見ない限り、

何も影響は無かったからだ。

僕はだんだんと鏡の老婆に慣れていった。

その時に僕は家を離れるべきだった。

その日は台風が通った日の翌日、

よく晴れた日の夜の出来事だった。


その日、家でくつろいでいると、

あることに気がついた。

テレビの老婆がこちらを見つめ僕の背後から動き、

テレビに近づいていった。

すると、テレビに向かって手を伸ばす老婆。

すると老婆の手がテレビから出てきたではないか。

嘘だ。今までそんなことできなかったじゃないか。

老婆が笑いながら、こちらに這い出してくる。

しかし、うちのテレビは小さかったのか、

老婆が体を乗り出そうとするも出てこられなかった。

老婆はこちらを睨みながら、画面から消えた。


「助かった。」僕はそう思った。


あ”あ”あ”あ”あ”


外から獣の呻き声のような声が聞こえた。

僕は驚いて外を見た。


今度は窓から出てこようとしていた。

僕はパニックになって、全ての軒先の窓を

椅子で割った。老婆はこちらを睨んでいた。


すると、庭にある大きな水溜りの方を

老婆が見つめていた。


しまった!僕は水溜りをどうにかしようと

庭に飛び出し、足でバシャバシャと波紋を作った。

僕の方を見て老婆は笑っていた。

舌を出して裂けんばかりに口を開いていた。

老婆が水溜りの中に手を突っ込む。

すると、老婆の手が水溜りから飛び出した。

僕は足を掴まれて、悲鳴をあげて気を失った。


気がつくと、僕は病院に入院していた。

僕は首がムチウチになり、倒れていたという。

なぜ助かったのか、なぜあの日まで

鏡から出てこようとしなかったのか、

理由は分からないが、今もあの家は残っている。




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はけ口怪談 空野雷火 @contowriter

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