ボーイミーツユーレイ
「だ、誰?」
シュルシュルって、なんつーの? えーとえーと、キヌズレとかいう音が近くから聞こえた。
「……お、奥さんすか?」
だんだん近づいてきていた音が、ぴたっと止まった。今の絶対聞こえてたよな? 既読無視的なアレか、ムカつくわー。
どうしよ。オレ来たんでよろしくって門番サンにはアイサツしてっから、別に悪かねーと思うんだけど。
「あ、あのー、光源氏来てみたんすけど……」
ノックできねーから、いちおー声かけて御簾の中を覗いた。そして絶叫した。
「ウワアアアアアア!?」
白いお面みたいなのが目の前にボヤ―っと浮かんでた。能面っていうんだっけ? あれあれ、あのクッソ怖ぇやつ。ヤベーよ、ボーイミーツユーレイしちったよ!
な、なんだっけなんだっけ、惟光が言ってた呪文唱えねーと!
――真っ暗じゃん、絶対ユーレイとか出るって! やべえって!
――いくつか文言はご存じのはずですが?
――モンモン? 今はしてねーよ! むしろ縮んでるっつーの!
――おいたわしや……。
奥さん家に入る前に、得意のクソでかため息をついて教えてくれたやつ! なんだったかな、カタカナばっかで結局意味不だった――あっ!
「サ、サラダバードリンクバー! イラッシャイマセナンメイサマデスカ!?」
シーン。ヤベー絶対違うやん……! ツルピカのオッサンなんて言ってたっけ?
「……い、1名ですけど……」
あ、マジか。お一人様ってヤツ? 失礼っした。
てか、ユーレイと会話しちったよオレ。んーでも他に誰もいないくさいしなー。
「マ、マジすか。さーせん、オレ奥さんに会いに来たんすけど……」
「奥さん……?」
「あ、ハイ、えーと……あれ、そういや名前知らねーわ」
なにそれヤバくね? オレ、名前も知らないコと結婚してんの?
「あ、オレ、光源氏っていうんすけど……」
「……光る君」
ユーレイがぼそっと呟いて、スーっと動いた。怖ぇ。
「灯りをもて」
なんか物音がして、ぼんやりと明るくなった。ユーレイがこっちを見て、オレはぽかんとした。
「……お、おたふくやん」
「え……?」
「……あ、さ、さーせん。なんでもないっす」
やべえ、マジでマロってる……おたふくやん。てか、ユーレイじゃなかった。人間じゃん。人間の女の子だ。おたふくちゃんでいーかな。
「えー、と……どちらさまっすか」
「久しいあまり、己が妻の顔もお忘れになりましたか」
おたふくちゃんがムスッとした。あ、怒ってるくさい。ヤベーな。えっ、妻?
「オレの奥さんすか!? マジか! いやーこんばんはーはじめまして! オレ、光源氏っていいます!」
「……十分存じ上げております」
やべえ超絶冷てえ。当たり前か。はじめましてとか言っちったもんな、マジさーせん。
「……光る君」
「え、」
急におたふくちゃんがググッと近づいてきた。胸んとこに顔をピタっとしてきて、えっえっいきなりそういう感じ? 仲ワリーって聞いてたけど!?
ふおーなんかいい匂いする。えー心の準備できてねーよオレ!
「……人払いを」
「え?」
「お話したいことがございます。何卒」
ヒトバライってなんだっけ。おたふくちゃんはオレを見て、マジかよって顔をした。あ、分かってねーの分かったくさい。スゲーなエスパー?
「……わたくしに続いて、少し通る声でご命じくださいませ」
「あ、ハイ」
なんかミヤビーなこと言わされたけど、まとめると? 二人きりになりたいんでちょいどっか行っといてってことらしい。おジャマムシ的な? なんだー誰かいたのかよー、じゃあ返事してくれてもよくね?
つーかヤベーな、とうとう卒業式やっちゃう感じ? いやオレ、おたふく女子はちょっと。
どうやってゴメンナサイしようか考えてたら、おたふくちゃんはオレの手を引いてそこに座った。
「……いつ、こちらに来られましたか」
「えっ。今っす」
「そうではなく。いつ、この世界に来られましたか」
「え……?」
なになに? どーいうこと?
「……まだお気付きでないのですか。私もこの世界の人間ではありません。そうでなければ、あの言葉に1名だとか返すはずがないでしょう」
あーたしかに! え?
「じゃあじゃあ、奥さんも事故ってからのお経ライブ参戦すか? いやー坊サンたちマジすごかったっすよね、アロマめっちゃ効かせてっし、サラダバーとか言って塩投げてくっし。あっ、さっきのはそれ思い出したから言ってみたんすけど、どうすか?」
「……待ってください、おっしゃることの半分も分かりません」
えっマジ? 惟光と同じこと言ってる~なんで?
「……どうやら、生きてきた環境があまりにも違うようですね」
「そうなんすか? えっ何時代からきた感じすか、ヒミコとか?」
「その、すかというのやめていただくことはできませんか」
「え、いちおー敬語使ってる系なんすけど……」
おたふくちゃんがくそデカため息をついた。マジで惟光みてー。親戚なんじゃね?
「……そうですか。いえ、無理にとは申しません。それに、私は一応貴方の妻なので別に畏まらずともよいと思いますよ」
「んん……?」
「敬語はなくても構わないです」
あ、言いなおしてくれたくさい。さーせん、アホで。
「マジすか、いいんすか?」
「お好きになさってください」
「じゃあ、そっちもそうしてよ。あっそうだ、名前教えて! オレ、奥さんの名前知らないんだよね!」
「え……」
「オレさ、ヒカルっつーの! ここじゃ光源氏とか言われててさ、ちょうど名前入ってんだよ、すごくね?」
オレの自己紹介に、おたふくちゃんは目をぱちぱちした。
「元の世界の、ですか」
「うん。だってオレ、ヒカルだし。なんかここでは光源氏になってっけど。奥さんも本当は違うんしょ?」
「……アオイ」
「ん?」
「アオイっていうの。私の、本当の名前」
おたふくちゃんが一瞬泣きそうに見えた。気のせい?
「アオイさんかー、よろしく! 目ぇ覚めたらどっかで会えるといーね!」
「え……?」
「これ夢っしょ? だってオレ、こんなクッソイケメンじゃなかったもん。マジうらやましーわー、モテまくりじゃんこんなん」
「夢……そう思ってるの……?」
「そうだけど?」
おたふくちゃんが俯いた。えっうっそマジで泣きそうだったん? ヤベーどうしよ!
「……私も事故にあった。ここで死ぬんだって思ったら、気づくとこの世界にいた。葵の上として、訪れない光の君を待つ日々が続いた」
なにこれ、もしかして回想シーン入った感じ? 短めでおなしゃす!
てか、アオイノウエって誰だろ。なんか聞いたことあんな。
「あなたは、ここが源氏物語の世界だとは知っていた?」
「え、うん。ガッコで習ったし」
「そう。葵の上が後世つけられた名前であることは?」
「コウセイ?」
「物語ができたずっと後のこと。未来の人たちが光源氏の最初の正妻……法的に婚姻関係がある正式な妻に呼び名をつけたの」
「へー」
あーそっか、光源氏の奥さんじゃん! 授業中、あんま出てこねーから忘れてたわ。つーか、こんな早く結婚してたんだな。平安時代やべえ、始まりすぎだろ。
「だから、物語の中では呼ばれないはずなの。それなのに、私はここでその名を冠してる。なにかがおかしいわ、おかしいの……でもこれと言い表せない。どうしてここに来てしまったのかも分からない」
ちょ待って、なんかウツってるくさい。テンションだだ下がってんじゃん。よくねー、これはよくねーよ。
「アオイさん!」
思いきって、おたふくちゃん……じゃねーや、アオイさんの手を握った。
「オレ、来たよ」
「う、うん。そうね」
「光源氏が来なかったのって、なんかお互い仲ワリー感じだったからっしょ? でも、オレたち違うじゃん」
「え……?」
「今日さぁ、ホントは来るの迷ったんだよね、さいしょ。マジ仲よくねーって惟光に聞いてさ、じゃあやめといた方がよくね? って。でも、もういっこ聞いたんよ」
――御方様より、源氏の君を案じられた文が届いておりました。
――え?
――ご病気の間も、様々に品などを送ってくださっておいでのようでした。口止めがございましたが、今の貴方様にならお話してもよろしいかと。
「アオイさんが来たのっていつ?」
「私は……一年程前」
「光源氏に会ったことあった?」
「……ううん、一度も。訪れはなく数か月、光る君は病に倒れて、長く床に臥せられておられたし」
「そっかー」
「流石に気になってお見舞いにと思ったけど、面会できなかった。それで一応、心ばかりのものをお送りしていただけよ。それだけ」
「だからさ、ありがとーって言いに来た」
アオイさんがまた目をぱちぱちしていた。ほっそい目だわ。糸みてーっていうんしょ、こーいうの。でもなんか可愛い気がする。んん?
「病気だったのは光源氏だからオレのことじゃねーけど、でも心配してくれたんしょ? じゃあ、ありがとーって言わねーと」
どうもっす。
頭ぺこりすると、ふふって声がした。顔上げると、おたふく顔でアオイさんが微笑んでた。
結局、その後は一緒に布団にねっころがって元の世界? のこととかめっちゃ話して、こそこそ笑って、いつの間にか寝落ちしてた。
「えーなんでこんな早起き……」
「日が昇るより前に女人の元を去るのが礼儀です」
「はーなんで……? 意味わかんね……じゃあ、ぜーんぜんマトモに顔見れねーじゃん」
「おや……思いの外、睦まじくお過ごしになられたようですね」
「んあ? むつまじってなんだっけ……あー仲良く? うん、してたしてた」
オレは迎えに来た惟光に散々グチってた。アジログルマ? っていうやつに乗って、惟光が引いてくれてる。
修学旅行みたいなことして、あー楽しかったって寝てたら叩き起こされたんだよなー。なんか、アオイさんとこの女房? って人に。
女房って奥さんのことじゃねって思ったけど、違うんだと。ムズカシーな平安。
いつまで寝てんだテメーみたいな感じで引っ張り出されて、落ちてた烏帽子ってやつを白目剥きそうな顔で被せられて惟光にポーイ。
アオイさんは起こすのが申し訳なかったって言ってた。慣れてないっしょって、マジやさしーな。ドタバタしてたから、寝落ちしてゴメンできんかったなー。初めて会った女の子の部屋でガチ寝とかさ、こっちこそ申し訳なさMAXっしょ。
「つーか、お前にもこーんな早起きさせちったし? マジゴメン」
「お気遣いなく。それより、欠伸をされる暇がおありなら後朝の歌でも詠まれてはいかがですか」
「絹豆腐? あー味噌汁飲みてーな……」
「『きぬぎぬ』です。昨晩のひとときを歌にしたため、相手に送るのです。早ければ早いほど喜ばれますよ」
「歌? あーワカってやつ……? うーん……」
正直さっぱり意味不。どうすっかなー。でもゴメンって言えんかったし、一回くらい作ってみっか。
“おしゃべりが 超楽しかった マジウケた 寝落ちゴメンね また来ていいすか”
やっべ、マジミヤビじゃね? ジアマリ? はしてっけど。
このまんまのことを筆で書いて、字はきたねーし、まず読めねーってアオイさんとこの女房をクッソ怒らせたのはまた別の話。
光源氏とかいうイケメンに転生したんだけど 柊 @1hiiragi1
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。光源氏とかいうイケメンに転生したんだけどの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます