光源氏とかいうイケメンに転生したんだけど

百パー勝ち確っしょ、コレ

 オレは勉強が好きじゃなかった。


 特に苦手だったのが古典。漢文は漢字ばっかで意味不だったけど、昔の中国の話らしいからまだ許せた。

 外国語なら分かんねえのも仕方なくね? 英語もマジ意味不だったしな。グローバルだかインターバルだか知らんけど、日本に永住決めてるオレにはホントどうでもよかった。


 で、古文とかいう日本語詐欺な。こいつが問題。日本語なのに意味不ってなんなん? マジでねーわ。

 まあ、妙に下ネタ多いところは3ポイントくらいやるけど。なんかミヤビーに書いてあっても、結局エロじゃねってことがよくあったしな。たださー、あんな遠回しな言い方されても、いまいち物足りないっつーかなんつーか。オレ的には萎え案件だった。


 唯一よかったのは、古文のセンセーが美人だったこと。眼鏡で口元にほくろがあってエロい内容も淡々と話して、あれは興奮した。


 一番半端ねーって思ったのが、源氏物語っていう最強イケメン主人公のハーレム話。クソ長ぇらしいから最後どうなったか知らんけど、オレの浮気はまだまだ続くぜエンドだろ多分。あいつヤベーくらいヤリチンだったし。


 平安時代からラノベとかあったんか、日本始まってんな。

 下校中、珍しく授業の復習しながら(オレ偉くね?)横断歩道を渡ってたら、信号無視の車がギューンって突っ込んできた。


 それで、気が付くとここにいた。池に映るイケメンがオレを見つめ返している。そう、オレだ。


 マジびっくりしたんだけど、今のオレ、光源氏らしいの。あ、源氏物語のヤリチン主人公な。

 車と衝突寸前、うわマジかオレの人生これにて終了って目をつぶったら、次の瞬間、お経ライブの中にいた。黒ゴマだっけ、なんかそんな名前のアロマがバンバン焚かれてて、もくもく真っ白だった。


「ヤッベー火事!? ちょ、110番、110番!」


 布団に寝てたから、慌てて起きて御簾とかいうカーテンから飛び出した。そしたら、ずらっと並んだお坊サンたちとご対面した。


 え、ちょ、なんでのんきに座ってんの? 低い姿勢で「おかし」を守って避難って習ったっしょ? 「お」はなんつってたかな、おっぱ……じゃねーや、アレ? 忘れちった。


 そんな感じのことを急いで考えながら、オレは思った。

 つーかさ、こんだけ煙ってたら床にべったりいかねーとまずいんじゃね?


「そいや!」


 気合を入れて匍匐前進スタイルになったオレに、全員ぎょっとした顔して木魚を叩く手を止めたのを覚えてる。


「あ、つーか、119番でしたっけ?」


 アホなオレだって敬語くらいは使えるんで。床とイチャイチャしながら一番近くにいたお坊サンに尋ねると、訳分かんねえって顔された。


「いち、きゆとは……」

「えっ、ヘルプミーするやつっすよ! そーだ、電話どこすか? 早くかけねーと!」

「へる、み……でん……?」


 ナニソレ状態のお坊サンの横から、オッサンのぶっとい声がかかった。一番頭がツルピカってた偉い感じのお坊サン。


「物の怪じゃ! 獣の如く這いつくばって……ようやく現れおったな!」


 サラダバーッとかクッソ怖ぇ顔で叫びながら塩投げつけられて、マジ散々だった。なんでファミレスの店員みたいなこと言ってたんだろーな、あのオッサン。野菜に恨みでもあんの?


 なんかオレ、いや光源氏? は病気で寝てたらしい。なかなか治んないし高熱が続くしで、ヤベーってなってお坊サンを大量召喚してたんだと。アロマとお経で治るわけねーよな。オレでも分かるっつーの。


 まあそれで無事復活したオレは、よく分かんねーけど光源氏生活を始めた。家に帰りたいんすけどって言ったら、ここがそうだって言われてさーどうしようもねえの。違うってジタバタしてたら、まだ何か憑いてるみたいだっつって布団に連れ戻されようとしたし。


「源氏の君」


 オレマジイケメンだわ。百パー勝ち確っしょ、コレ。

 池を覗き込んでたら、後ろから声をかけられた。

 

「お、これみつー。おつかれ~」


 呼びかけてきたのは惟光っていうオレの兄弟。あ、違う、乳兄弟。漢字を見た時は興奮したけど、なんか思ってたのと違ったんだよな。でもまあ、オレが一番よくつるんでるやつだ。幼馴染的な?

 振り返ったオレが手を振ると、惟光はクソでかため息をついた。


「おいたわしや……」

「お前、今日もクッソマロってんな。フツーに眉整えて、もうちっと焼けたらさ、結構イケメンになると思うよ? もったいねーって」

「おっしゃることの半分も分かりかねますが、大変侮辱されていることは感じ取れます」

「はあ? 違うっての、ブジョクとかそういうのないからマジで~」


 オレがせっかくアドバイスしてやってんのにコレだよ。おいたわしや、ってのがこいつの口癖。この前の高熱で、オレの頭がおかしくなったと思ってるらしーの。まあアホなのは認めるけどさ、失礼すぎじゃね?


「こちらで何をなさっていたのですか」


 話変えるかって顔で惟光が聞いてきた。


「ん? 自分の顔見てた。クッソイケメンだなーって」

「いけめん、とは美男を指す言葉でしたか」

「そうそう、惟光覚えるの早ぇよな。そのうち、オレみたいな喋り方になったりして~!」

「恐ろしいことをおっしゃらないでください」

 

 惟光はクールに返すと、オレをまじまじと見つめてきた。


「ご自身のお姿を自覚なさってはおいでのようで」

「そりゃーするっしょ。クッソモテるもんオレ」

「もて……人気を得る、という言葉でしたか」


 笑顔で親指を立てたオレに、惟光は頷いた。 


「では、そろそろ誰ぞ女人の元へ忍ばれますか」

「あー……パス」

「またですか……!」


 惟光マジすげーわ、パスも覚えてんじゃん。やるぅ~!

 褒めようとしたオレを押さえて、惟光は食いかかってきた。


「源氏の君であればどんな女人も手中の花とできましょう、何がご不満なのですか」

「ご不満っつーかさー……」

「想い人がおいでなら、この惟光にお申し付けください。なんとでもいたします」

「気持ちは嬉しいっつーか、ちょい引くけどー……いやホント、ほっといて」


 惟光がめっちゃ睨んでくる。お? やるか?

 ボクシングの真似して拳を構えたけど、クソ冷たい目で見られたからやめた。なんだよノリ悪ぃな。


「だってさ……だってさ? おたふくじゃん!?」

「はあ」

「マロ眉で目細くて真っ白でおたふくで、オレの好みとぜーんぜん違う! みんなひきずるほど髪長ぇし!? なんか無表情でうちわみたいなやつの陰からモソモソ話すし!? オレはショートの運動部女子が好きなの! ホットパンツ似合う子! 健康的な太もも!」

「先日、見せていただいた姿絵のような?」

「そうそう!」

「あのようなはしたない装いの者を……賛同いたしかねます」


 オレの力作に散々文句言ってきやがったんだよなこいつ。胸がバーンで腰がキュッ、尻がドーンでめっちゃ上手く描けてたのに。


「好き物にも程がございます、光る君の名折れになるやも」

「別にいいですぅー、好きで光源氏やってるわけじゃねーしぃ」

「若宮……!」

「あーもう、うるせーうるせー!」


 こいつがこの呼び方する時は、マジで怒ってますよの合図だ。ちっさい頃の呼び名なんだと。


 なんだよ、恋愛くらい自由にさせてくれていいじゃん!

 オレが叫ぶと、惟光は顔面に片手を当ててまたクソでかため息をついた。


「……御方様の元でも参られますか」

「オカタサマ? 誰それ?」

「よもや己が妻女までお忘れか……!」

「ご、ごめんて……! でも知らねーもんは知らねーし! サイジョって何?」

「夫婦の契りを交わされた方にございます!」


 発狂しそうな惟光に謝りながら、オレははっとした。メオト? 夫婦漫才?

 やっべ、オレマジ冴えてる!


「奥さんのこと? オレ結婚してんの!?」

「はい、かれこれ数年になりますか」

「うっそマジで!? じゃあオレ知らねーうちに卒業してる感じ!?」

「おっしゃる意味が分かりかねます」

「あーだからさ! うーんその……」

「なんですか」

「……子どもとか? いたりするかなーって」


 うわクッソ思春期ちゃんな言い方しちゃったよ! ヤベー恥ずかしー!


「いえ、そのようなお話は耳にしておりませんが」

「あ……そ、そうなん」


 なんでちょっとほっとしてんだよオレ。童貞かよ。そうだけどさ。

 でも、でもよ? 数年経ってるってことはやっぱりオレが知らねーだけで――


「今の源氏の君をご覧になっては、御方様の方がお倒れになられるやもしれぬ……」

「うわどうしよ、やっべマジ緊張してきた……奥さんどこにいんの? 美人?」


 そわそわするオレに、惟光は真面目な顔をして言ってきた。


「源氏の君」

「ん? どした?」

「以前のことを覚えていらっしゃらない、ということを踏まえてお話しておきます」

「お、おお」

「お二人の仲は決してよろしくはございませんでした。源氏の君も病に臥せられる前より数えれば、随分と長く通われておりません」


 ですから、決して。決して愚かな真似をなさいませぬよう。

 きつくそう言われて、オレは奥さんが住む家に来ていた。夜中に。


「なんで一緒に住んでねーの?」

「源氏の君がお呼びにならないからでしょうね」

「いやっ、だって知らんかったし、つーか誰も教えてくんなかった!」

「それだけ冷えきっておいでということです」

「マ、マジか」


 そんな仲ワリーのに夜突撃して大丈夫なん?

 そう聞いたら、大丈夫じゃねーけど大丈夫って言われた。ヤベーやつじゃんそれ。

 途中までついてきてくれた惟光は今いない。奥さんの部屋にはオレしか行けないってさ。マジでいいのかなー、うーん。

 

「……つーか、奥さんもおたふくなんじゃね?」


 やっべ、オレ笑っちったらどうしよ。

 殴られるくさいわーって暗い廊下で唸ってたら、服が擦れるような音がした。

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