第2話 少年
やばい。どうしよう、まずいことになった。
少年は焦っていた。というのも、自分が恋をしている、との噂が立ってしまったのだ。ただ一つ言うと、それは噂などという不確かなことではなく本当のことだということ。だから尚更彼は焦っていた。
ー(もう確実にあの子の耳には入っているだろうな。)
彼は、女子たちの恐るべきネットワークを知っていた。だから、あの子が知りませんようにという願いは諦めていた。いつまでもその低い可能性しか信じないような単細胞ではない。
ー(もし・・・もし僕が好きな人があの子だとバレたら・・・)
その考えが頭をよぎった瞬間、彼は身震いをした。
ー(そうなったら僕は確実に終わる。その時こそ、本当の本当にあの子にドン引きされる。)
冷や汗が彼の額をなでる。この想定した事態は、絶対に避けたかった。最悪の事態である。
今考えるべきはこれからどうするかであった。しかし、その問題に対する明確な答えは出ないままだ。ずいぶんと長い時間、熟考しているにも関わらず。そのせいで今日はずっと上の空であった。授業中、ふっと窓の外を見て、流れゆく雲に思いをはせる始末である。友人といつもの会話をしている間はこのことを少し忘れられたが、それもただの一時しのぎに過ぎなかった。その会話が終われば、再びどんよりとした雲が心に入ってくる。
ふと時計を見ると、針は20時を指していた。答えは出ない。
「よし、家の周辺を走ってこよう。雨もあがったし。」
そしてシャワーを浴びよう。そんなことを考えながら、彼はスポーツウェアに身を包む。走るのは彼の習慣であり、気分転換方法だった。キッと前を見据えて、お気に入りのタオルを手に取る。心の中のどんよりした雲を空に帰すべく、彼は夜空の下に駆け出した。
シャワーを浴び終えて、彼は部屋に入る。すると、携帯のメールの着信を知らせるランプが点滅していた。頭を拭きつつ、彼は携帯を開く。差出人を見ると、あの子からだった。ピタッと動きが止まる。先ほどは雲を吹き飛ばすために走りに行ったのだが、結局心から出て行ってはくれなかった。その雲が今、そのぶ厚さを増したように思える。正直、メールを開くのが怖い。
ー(いやでも・・・ただの明日の連絡かもしれないし・・・)
やはり決断ができない。彼の思考回路はストライキかのように動きをにぶらせていた。その時、彼の頭に一つの思いが浮かんだ。
ー(何ならもういっそ爆死しよう。どうせ叶わぬ恋なんだ。)
天井を見やる。それはそれで後が大変だろうなぁとも考えながら。時計の針のカチコチという音が聞こえる。
「・・・よし、開けよう。開けなきゃ何も始まらない。」
なおも躊躇する手を抑え込み、<開く>を押す。
<月がきれいですね。>
ー(月?外に出てたけど全く気づかなかった。へぇ、どんなだろ)
そう思いつつ、窓から夜空を見上げる。だが、そこにあるはずの月は見当たらなかった。ふと一つの考えがよぎる。急いで暦で月の満ち欠けを確認したら、新月と書いてあった。
ー(え・・・じゃあこのメールはひょっとして・・・)
さきほどよぎった考えが急に色めきだす。もしかして、もしかして、もしかすると。今だけちょっと自惚れてもいいのだろうか。ほんの少し、ほんの少しだけ夢を見てもいいのだろうか。雲の上に行く夢を。
「・・・・・・・・・。」
<僕もまったく同じこと思ってた。えぇ、月がとてもきれいですね。>
送信完了。もう後には引けない。あーあ、向こうから言い出されてしまった。こちらから言うはずだったのに、カッコ悪ぃ。
・・・ここから先はどちらが言い出す?・・・それは、僕だ。
<明日の放課後、少しだけ教室にいてくれませんか?>
リビングのテレビから、天気予報が聞こえてくる。
「明日の天気は、曇りのち晴れ。快晴なので、今日の日中の雨による大きな水溜りも消えるでしょう。」
月 すりおろしりんご @8836_nin_28
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