すりおろしりんご

第1話 少女

 少女は自室のベッドの上で、携帯とにらめっこをしていた。かれこれ数十分はこうしている。時計の針も、もう21時を指していた。深いため息。彼女には1年近く片思いをしている同クラスの男子がいた。だが今日の学校で「彼には好きな子がいる。」との噂を耳にはさんでしまったのだ。泥水が心に流れ込んできた。グラウンドの水溜りと似た泥水が。そのことから一時の気の迷いで、彼にメールで告白することを決心し今に至る。

「もうなるようになれ。」

 この一言に尽きた。だがやはり、自分の気持ちを伝えるのは容易ではなかった。文面を打っては消し打っては消しの繰り返し。彼女は完全に迷走していた。


 <好きです。私と付き合ってくれませんか?>


 削除。


 <ずっと前から好きでした。>


 削除。


 <大好きです。貴方のことで頭がいっぱいです。>


 削除。


 <ファンです。>


 違う。削除。


 <めっちゃ好きです!良かったら付き合ってください!>


 削除。


 <愛してます。>


 削除。


 <I love you.>


 削除。


「・・・・・・・・・。」


 <月がきれいですね。>


 送信。


 送信完了、の画面をちゃんと認識するのに少々の間があった。


「・・・あっやらかした。」


 様々な考えが彼女の頭によぎる。「間違えて送ってしまった、しかも告白してしまった。」「いやでもこれなら伝わらないでしょ。」「でも彼に伝わってしまったら確実に引かれるやつだ。」「なるようになれって言ったの誰だよ。」「やばいどうしよう。」頭からプスプスと煙が出そうだった。彼女の思考回路は結論を出せそうにない。携帯を放って、冷静になる。


「・・・アホらし。お風呂入ってこよ。」


 泥水のような自分の気持ちにフタをして、彼女は部屋を出ていった。泥水の中にある、小さな小さな"期待"という名の石には気づかないフリをした。



 お風呂を終えて彼女が部屋に入ってくると同時に、メールの着信音が鳴り響く。数か月前に、テンション上がるから、と恋愛ソングに変えた着信音。もう今となってはその明るい曲調も、ただただ憎たらしいだけだった。

 差出人を確認する。彼からだった。一気にためらう念に襲われる。つぅと一筋の汗が背中をつたった。ふーっと息を吐くと、ぐっと口を一文字に結ぶ。心臓が静まらない。携帯を見据えて、少し震える指先でメールを開く。


 <僕もまったく同じこと思ってた。えぇ、月がとてもきれいですね。>


 の、夜のことであった。


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