宇宙船ノーザンライツ②
カノンの声が響き渡ると同時に船体を覆い隠していた迷彩映像が洗い流され、純白の船体が露わになる。船首から船尾までの長さはおよそ一五〇メートル、幅は広いところでも二〇メートルと縦に細長く、ブリッジをはじめ、上部構造は船体とほぼ一体化しており、水上を進む船とは違って船底側と線対称に緩やかなカーブを描いていた。
ブリッジや両舷に使われている結晶状の装甲と相まって、船というよりも暗闇の中を発光しながら泳ぐ深海魚のようだ。船首と船尾に一対ずつ備わったヒレのような〝ソーラーセイル〟がその印象をより強めている。
向こう側が透けて見えるほど薄くしなやかなその膜は恒星の
「全マスト展開! ブレイズフィラメント、エネルギー充填率六〇パーセントから七〇パーセントに推移!」
優美な姿を現した船外の様子とは対照的にブリッジの中はまさに戦場。火矢の代わりに指示と報告が飛び交っていた。
「合戦準備、合戦準備! 総員、直ちに持ち場に着け! 日々の訓練を思い出せ!」
「透過区画閉鎖! 全乗員は不透区画へ退避急げ!」
即意速達――。
士官から兵に至るまで、次に自分が何をすべきか理解している。それでいて決して上官の下令を待たずに先走ることもない。まるで一つの楽団であるかのように、カノンの細くしなやかな手が振られるたび、コンソールの上で指が踊り、輪唱のように命令が復唱される。
ただ一人、その旋律から取り残されていたスバルはカノン達を見てそんな感想を抱いた。
「あ、あの〜キャプテン? これからあの船を停船させて臨検するですよね?」
「そうよ」
遠慮がちなスバルの問いかけにカノンは腕組みしたまま振り返らずに頷く。
「武器管制レーダー起動! 船首イルミネートキャノン、ブレイズフィラメントに直結! ミラーチャンバー、共振開始!」
〈いやいやいや! どう見ても戦う気まんまんじゃないデスか!!〉
港湾局の規則では、まずは無線で停船を呼びかけるのが普通だ。それでも応じない場合には宇宙放水器による放水や実弾による警告射撃と、順次実力行使のレベルを上げていくように定められている。にもかかわらず、カノンは巡視船にとって最大の武装である五七メガワット級レーザー砲を早くも発射しようとしていた。
「心配しなくも
「は、ハイ!」
仕事を与えられ、喜び勇んでコンソールを操作するスバルにカノンは付け足す。
「そして通信士官なら、覚えておくといいわ。いつの時代、どの星においても変わらない、この宇宙における交渉事の絶対的真理――」
スバルがおもわず顔を上げると、若き女船長の碧い瞳に好戦的な炎が揺らいでいるように見えた。
「右手で握手を求める時は、左手で棍棒を振りかざしなさい!」
「「「アイアイっ マム!!!」」」
白手袋を握りしめ、拳を突き上げるカノンにクルーたちが敬礼を返す中、スバルは自分がとんでもない船に乗ってしまったことを改めて実感したのだった。
「キャプテン、目標、交信圏内に入りました!」
「通信、マイクをオンに!」
「は、はいっ、只今!」
血気盛んな女船長とその部下の統率力を間近に見たスバルは弾かれたようにコンソールを叩く。既にカノンは船に備え付けられた無線機のマイクを手にしており、耳障りな不協和音が艦橋の装甲を引っ掻いた。
「あ、あー、テステス! 本日は晴天なり、本日は晴天なり」
〈宇宙に晴れも曇りも無いんじゃないかな〉
スバルは心の中でツッコミつつ、マイクの音量レベルを調節する。声の調子に満足したところでカノンは不審船に対して呼びかけた。
「告げる、こちらは星系連合港湾局巡視船〝ノーザンライツ〟……ポイント、ツー・ガンマを航行中の船舶。貴船は我が星系連合の勢力宙域において無許可の違法航行を行っている疑いがある。ただちに停戦し、オープンチャネルにて応答せよ。繰り返す、こちは星系連合港湾局巡視船〝ノーザンライツ〟……」
予想よりもずっと穏やかで丁寧な呼びかけにスバルはおもわず拍子抜けしてしまった。もっとも、その言葉の端々には呼びかけに応じない場合、恐ろしい事態が待ち受けていることを匂わせている。
しかも、どうやらそういう事態をこの船長自身が望んでいそうなことが、スバルを戦慄させた。
〈初任務で二階級特進はイヤ、初任務で二階級特進はイヤ!〉
額に嫌な汗を浮かべつつ、不審船からの入電に備えるが一向に応答がない。
「きっと古い船だから、こちらの無線を受信できる装備が無いのかもしれませんね?」
「それは無いわね。この船には私が開発した〝宇宙拡声器〟が備わっているから、たとえ無線が使えなくてもこちらの声は確実に届いているわ」
「宇宙空間には空気が無いのに、そんなことできるんですか?」
マリナが話に乗ってきたので、話題をそらすためスバルは積極的に口を挟んだ。
「〝
「たしか、電磁波や磁場、重力波とかから音を再現するんですよね? 動作不良だと船検通らない……」
宇宙船に義務付けられた保安艤装であると同時に、戦術上重要な機能でもある。
「私が開発した〝宇宙拡声器〟はそれの応用。音波を特殊な指向性電磁パルスに変換して、対象に照射。固体分子中の音響フォノンを励起して振動させるしくみよ」
「え? それってつまり……船殻そのものをスピーカーに変えるってことですか?」
マリナの説明に他のクルーが首をかしげる中、スバルだけが呆れた表情で赤い瞳を見つめた。
「そ、最初は軍に頼まれて
〈当たり前じゃん!? そんなの、鐘の中に人を閉じ込めて外からおもいっきりぶったたくようなものじゃない!〉
もはや通信機と言うよりも、立派な音響兵器だ。
そんなものをやすやすと生み出してしまうマリアの頭脳とそれを拡声器とうそぶいて採用してしまう我らが船長にスバルは頭痛を覚えた。
一方、カノンはそんな部下の想いを知ってか知らずか、ますます大きな声でマイクに向かってツバを飛ばす。
「万が一指示に従わない場合、二〇〇〇発の徹甲榴弾と五七メガワット級レーザー砲、一二〇名の精鋭が貴船を銀河辺縁系を漂う億万のデブリへと変えるだろう!」
カノンは一旦マイクを切り、肩越しに振り返った。スバルは自分が後頭部に銃を突きつけられているような感覚に肝を冷やしながらヘッドフォンにじっと耳を傾ける。
まるで砂時計の砂が零れ落ちていくように、二秒、三秒とホワイトノイズが流れ続け、スバルから時間感覚を奪っていく。
「……目標からの応答、ありません」
無限にも等しい沈黙の後、スバルは力なく首を振った。
「そう、それは残念ね! 砲術、威嚇射撃用意! イルミネートキャノンで目標の表面装甲を少し炙りなさい!」
〈ちっとも残念そうに見えないんですケド!?〉
スバルの喉奥からツッコミが漏れかけたその時、隣の音響士官が先に声を上げた。
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