春風舞う頃に
4月1日。世間ではエイプリルフールと呼ばれこの日だけは嘘をついてもいいとされている。午前中にだけしか嘘をつけないとかその日ついた嘘は今後現実では起こらないとか色々と言われている。…もしかしたら今僕の目の前にいる人物がそう言った関連で嘘をついているのではと窓を見つめ考えていた。
街道沿いにある喫茶店で少し落ち着こうかと少々ビクつきながら提案したところ何かこう気に入らないといった(と思われる)目だったがすんなり入っていった。慌てて僕もついていき喫茶店に入る。そしてどこか窓に近いところで外の景色を眺めて落ち着きたいと思い窓際のテーブル席をいち早くとった僕は彼女に…まあ、座りなよと促した。彼女は……
「…そう…わかったわ」
と抑揚もなく返事をし、僕の向い側へと座った。
短い青髪が綺麗でどこか品の良さが垣間見える少女だ。それに比べて僕はこんな子にびくびくするほど気の弱い大学生である。こんな子が僕の…
(…
それは遡ること数時間前、いつも通りの休日を過ごしていた僕に突然降りかかった一本の電話がすべてのことの始まりだった…。
*
大学生活を始めて1年たち一人暮らしにも慣れ始めた頃、僕はこれ以上ないというほどだらだらしていた。前期講義が始まるまでまだ9日もあるということで思う存分休日を満喫していたのだ。そんな時だった。普段鳴らないケータイがブルブル震えていたのだ。2回までならメールなのだから無視すればよかったが2回目以降もずっと震えている。
(誰からの着信だ…?)
悲しい話だが僕のケータイにかけてくるのは大抵父か母のどちらかだ。友達からは滅多にかかってこない。だから今回も母が僕の一人暮らしを心配してかけてきているのだと半ばめんどくさがりながらも着信相手を確認した。すると…
(…非通知か…)
たぶん誰かの間違い電話だろう。そう結論付け放っておいた。一度僕は非通知からの電話に出たことがあり、それが脅迫めいた営業の電話だったことがある。そんなこともあり無視を決め込んでいた。着信が鳴り終わりほっと一息つこうとしたそんな折だった。ピンポーンと呼び鈴が鳴った。
(セールスお断り札貼ってんのに誰だ…)
はーいとけだるく呟き、ドアを開けると…目の前に青髪の少女がそこに立っていた。そして衝撃の一言を一つ。
「…ここがこれから私が暮らす家ですか?」
…それからの僕のテンパり具合は尋常じゃなかった。無理もないだろう。花も恥じらう麗しい少女がいきなり押しかけ、しかもこれから僕と共に暮らすというのだから。…これっていわゆる同棲というやつですか…!?と自分の中で盛り上がって勝手にテンパりあたふたしている中で出した結論が……とりあえず入りなよ、というあまりにもぶっきらぼうすぎて不愛想に言い放つ結果となってしまったのだ。
しかし彼女はその言葉に怒るわけでもなく素直に入っていった。そして彼女を部屋に招き入れたはいいものの、その場で立ち尽くしていた。
(どうしたんだろ…)
と疑問に思っていると、こちらを振り返り感情がこもっていない声で…
「……掃除しましょう」
と言って、不意に掃除機を手に取り掃除し始めた。急すぎたのでとっさに動けなかったが確かに全然掃除出来てなかったし気になったのだろうなと思いなおして僕もそれに倣う。というより来たばっかりの女の子に掃除させるなんて何やってんだろうか……、と少し落胆もした。
そして、数時間が経ち先ほどまでの汚さが見違えるほど綺麗になった。少しばかりの充足感を覚えていると彼女がすっと僕の隣に近づき
「これで……大丈夫でしょうか……?」
とささやくように僕に言ってきた。
大丈夫どころかすごくいいよ、ありがとうと返すと彼女は……
「そう……良かった……」
とようやく小さな笑みをこぼした。その顔が可愛くてつい顔をそむけてしまった。がその時ぐぅ~っと腹の虫が鳴った。彼女のものではなく自分のものだ。少し恥ずかしくなりそれをごまかすように何か食べる?と聞くと……
「……私が……作りましょうか……?」
と申し出てくれた。掃除までしてくれたのにそこまでさせるのは悪いと断ろうとすると……
「……これから……一緒に過ごすことに……なるんだし、少しでも……貴方の好みを知りたくて……」
とこれまた恥ずかしくなるセリフをさも当然におっしゃりやがって、この人は。
中華料理が食べたいかな。そう言うと、持ってきていた大荷物の中から食材の入ったビニール袋を取り出しキッチンへと向かっていった。
今現在こっちの顔は真っ赤に染まっているというに彼女は平然としている。若干しゃくに障るところはあるが彼女がこちらを向いて微笑みをむけていたような気がするので許すことにする。
暫く待っていると、キッチンの方からいい香りがしてきた。……この香りは、炒飯かな?
そうこうしているうちに、彼女が炒飯と中華スープを持ってきて僕の前に置いた。
「貴方の口に合うといいのだけれど……」
自信なさげに言ってはいるが、目の前の料理からはおいしそうな香りしかしない。いただきます、と言ってまずは炒飯から食す。……パラパラで塩加減もちょうどよく美味しいの言葉しか出ない自分の語彙力が悔しいと思うくらいだ。そしてこの中華スープも辛過ぎず絶妙な塩梅で美味しく仕上がっている。
ごちそうさま、と手を合わせ食器を洗おうとキッチンへと持っていく。
「あ……皿洗いなら、私が……やる」
と言って一緒に来ようとする彼女に、美味しい料理を食べさせてもらったんだからこのぐらいはさせて、とやんわり断ろうとした。すると僕の腕に抱き着き
「私が……したいから……するの」
と譲らない。いきなり抱き着かれたことに慌てた僕はあたふたしながらもじゃ、じゃあ一緒に……洗い物……する?と自信なさげに聞いてみることにした。我ながら何とも情けないし何聞いてんだと自己嫌悪するが彼女はうんと頷き、僕の手からさきほどの皿を取っていく。……そういえば彼女はさっき何も食べていなかった。ここに来る途中でどこか店にでも寄ったのだろうか?そんな疑問を抱きつつ、それは後にでも聞けばいいと自分自身を納得させ彼女と並んで洗い物をする。あまり使われていない新品同然のスポンジを手に取り、これまた感情の読めない表情で次々と皿を綺麗にしていく。だが何となくその横顔は笑っているようにも見えた……。
*
「……というわけで……ここに来たの」
と昨日作っておいた麦茶を飲みながらこれまでの経緯を話してくれた彼女。つまり、両親が仕事で海外に転勤することになったが海外には行きたくない、できれば日本に残りたいという旨を両親に伝えたところ仲の良かったうちの親が
『だったら、うちの息子が通ってる大学の近くに高校があるからそこに行ったら?』
と助言し、そのついでとばかりに僕の家にお世話になりなさいと伝えていたようだった。……それならそうと早く伝えておいてくれよ、と内心毒づいた。困ったことに客人用の布団ならあるが今彼女が使っているコップなら何やらは僕がこちらに住むことになったときに自分で買ったものだ。
これから一緒に住むことになるのだから彼女が好きな柄の食器やら家具やらが必要だろう。
そう思い、これから買い物に出かけないかと聞いてみた。すると小首を傾げ何で?とでも言いたげな顔をしている。僕は、今うちには自分が使っているものしかなくて君好みの雑貨が無いんだということとこれから一緒に過ごすことになるんだからついでだしこの街を案内したいんだ、ということを伝えた。
すると少女は少し考えるそぶりを見せた後僕の目をまっすぐに見据えた。そして……
「……うん、行きたい」
と微笑みをこちらに向けてくれた。その周りに満開の花が咲き乱れているようにも感じたのは彼女がとびっきりの可愛い子だからなのだろうなと勝手に解釈した。
……ただどこかで見たことがある気がしたのは何でだろう?
そんな疑問がふと頭に浮かんだが彼女が左腕にいつのまにか抱き着いていたことですべて吹っ飛んだ。気恥ずかしさとかその他諸々のせいで……
そして雑貨店やら服屋やら色々回って途中にあった喫茶店に寄った、というわけなんだが、いまだに信じられないというのがホントのところだ。なにせこんな可愛い女の子とこれから一緒に、自分の部屋で同棲生活を送ることになるのだ。しかも僕の許婚と彼女は言っている。
……あれっ?待てよ……そういえば今日は4月1日だ。世間的にはエイプリルフールだ。……もしかして僕騙されてない?
その心の声はどうやら途中で漏れてたらしく目の前にいた彼女に聞かれていたようで……
「……嘘なんかじゃ……ない……」
その声には彼女の感情がそのまま素直に表れている気がした。……少しばかり力がこもっていたが。そして彼女はぽつぽつと過去を話し始めた……。
*
何人もの子どもたちが公園で鬼ごっこやらアスレチック遊びやらを楽しんでいる。ワイワイ遊んでいる無邪気な子たちとは裏腹に一人ベンチでうつむいて寂しそうにしている髪の長い女の子がいて僕はふと目がそっちに行った。その子のもとに駆け寄り、どうしたの?と聞いたけど何も言わずじっと顔をうつむかせたままこっちを見ることはなかった。そしてかすかに聞こえる程度につぶやいた。
『わたし……お友達……いないの』
そう言うと、僕はすかさずじゃあ、僕がキミの友達になるよ!と満面の笑みでその子に言った。
だけどその子はえっと言って、信じられないといった目で僕を見ている。僕はもう一度その子に向かって僕と友達になろうよ!とその子の両肩をつかんでまっすぐ目を見て言った。そして手を握り遊んでいる子たちの輪に混ざった。その子はずっと戸惑っているようだったが僕はお構いなしにその子を引っ張って遊ぶようになったのだ。そしてその公園で一緒に遊ぶ仲になったが数日後僕は家の都合で引っ越しをすることになりこの町を離れることになった。
そのことをその子に告げると嘘……と言って少しの間黙ってうつむいた。そして顔をあげると僕に抱き着き泣きながら言った。
『必ず……会いに行くから……』
*
もしかして君があの時の子……?と僕が聞くと
「そう……あの時の子が……私……」
そう言うと、コーヒーを一口飲みカップを両手で包み込むように置いた。
「あれから……私はあなたを探していたの……」
僕は何も言えなかった。いやそれよりもそんなことをやってのけたのかということに言いようのない恥ずかしさと驚きを隠せなかった。
「最初来たときは怖かったの。自分が好きだった人が会わない間に変わってしまったんじゃないか……って」
「でも……あなたがあなたのままでよかった……本当に」
目を閉じ噛みしめるように呟いた。
そして……
「これからは……ずっと一緒……だからね」
先ほどまでの無感情ともいえる顔はどこへやら、微笑みをこちらに向けてくれる優しい幼なじみの姿がそこにはあった。
短編集~四季折々~ 雪見月八雲 @azaiyakumo
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