短編集~四季折々~

雪見月八雲

黄昏の君~Memento Mori~

 もくもくと煙が上がっている。別に銭湯でお湯を温めているわけでもどこかで火事が起きているわけでもない…まあ何かを焼いているというのなら正解に近いが。



 …今日は俺の同級生(今では故人だが)である高宮そらの葬式だからだ。



 正直俺は泣いてどうしようもなくなると思っていた。だけど涙が流れるというわけでもなく頭が真っ白になるというわけでもなく、ただこんなことを感じただけ。

「いなくなったんだな、あいつ。」

 18歳という若すぎる死に憤るわけでもなく悲しむのでもなく、ただただ彼女が亡くなったという事実をただ自分の中で消化しただけだった。

 俺って薄情な奴だな、と苦笑しつつ俺は自宅へ戻った。

 *

 彼女は元から病弱気味で入退院を繰り返していた。学校も休みがちだったし。だからだろうけど友達と呼べる人もそんなにいなかった。何故わかるのかって?それは彼女は俺といつも一緒にいることが多かったからだ。いわゆる幼なじみというやつだ。実際に家も近かったからよく遊んでいたし。

 なにより彼女自身が人見知りが激しかったから自分から話しかけることができず、周りから距離を置かれるようになってしまいそれがさらに彼女と周囲の溝を深めてしまうことになってしまった。

 そして最終的には俺の隣にいることが多くなってしまったのだと思う。

 俺もそんな彼女を気遣って一緒にいることが多かったからか、周りから「夫婦」だの「お似合い」だのとからかわれ、友達があまりできなかった。かくいう俺自身も人見知りな部分があったからそもそもあまり友達は出来なかったんだけどな…。

 自宅に帰ったあとすぐに自室に戻り窓を開け、俺は暮れ行く夕空を眺めていた。

 窓の外ではヒグラシが鳴いており、そして涼しく心地の良い風が俺の頬を撫でる。

 こうしていると、あいつの姿をふと思い出してしまう。

 白いワンピースを着てさらさらとした長い黒髪をたなびかせながらこちらを振り返るそらの姿を。

 ちょっとした微笑をうかべつつ、ひとりごちる。

 …なんだか、寂しいな。俺ってちょっと女々しいかもしれない。

「そんなことないと思うよ?でもそう思ってくれるのって嬉しいな」

 そんなことを思い、ふとつぶやくとどこからか声が聞こえた。しかも聞き覚えのある声だ。

 …気のせいだよな?今日、母さんは親戚を送っていくからって言って出ているし、何より家には俺一人しかいないはず。…俺、寂しさのあまりに幻聴まで聞こえているみたいだ。

「お~い。聞こえてる?こんなに可愛い美少女を無視するなんて君はとんでもなくもったいないことしてるよ~。」

 疲れてるかもな…今日は早く寝よう…

「ねえ、聞いてるの?ねえってば」

「だーもー!うるせえな、ちょっと黙っt…!?」

 振り向くと見覚えのある顔がいた。…しかも半透明で浮いているというおまけ付きで。

「……」

「えへへっ、やっと気づいてくれたね。」

 …悪い夢でも見ているんじゃないのか、俺。そう思い、頬を強く引っ張ってみるが、中々に痛い。…どうやら夢ではないようだ。

「お前、何でここに…?」

「ん~、よくわかんない。自分でも」

 舌をぺろっと出し、小首を傾げる様子はかわいらしいがいかんせんこんな状況下でされても可愛いと思うどころかむしろイラッとしかしない。わからないってどういうことだよ…

「よくわかんないって…」

「まあ、なっちゃったものはしょうがないよね~。」

 そう言いながら、俺の部屋を浮遊しながらくるくると回っている。こいつが今ここに幽霊みたいな感じでいるのも気になるがそれ以上に気になるのが…

「お前、そんな性格だったか…?」

 そう彼女は、人見知りでよくおどおどしていた。俺と一緒にいてもそうだった。ただ俺の目の前にいる幽霊(そら)はそんなものはどこかに置いてきたかのように180度性格が変わっている。

「そっか~、君が知らないのも無理ないわね~。」

 そう言うとくるくる回るのをやめ、俺の目の前にやってくる。

「私、病院にお世話になる前はこんな感じだったのよ~。友達もたくさんいて一緒に遊んでいたんだけどね~…」

 そういうと口をつぐみ、悲しいのを押し殺すようにつづけた。

「…中学に入学したあたりからだったかな。そのころから私、入退院を繰り返すようになってあんまり友達と遊べなくなっちゃって。お見舞いに来てくれる人はいたんだけどどんどん減っていっちゃって…。最終的に一人でいる機会が多くなっちゃったの。」

 そう話す顔はとても辛そうに見えた。だが彼女は続ける。

「いつだったかな…、そんな時に君が来てくれて…。ただ君はとてもめんどくさげだったけどね。」

 ふふっと笑みをこぼし、俺を見つめる。そのしぐさに俺は少しばかりドキッとしたが悟られまいとしつつけだるくつぶやいた。

「ああ、あれは先生が俺にプリント渡しに行けって言われて渋々行っただけだよ。」

 意識しているのがばれないように言ったつもりだったが目線をそらしながらだったから気づかれたかもしれない。だが彼女は反応することもなく自由気ままに俺の部屋を漂っていた。鼻歌を歌いながら。そして唐突に提案してきた。

「ねえ、今からちょっと外に出ない?」

「ん?何でだ?」

「見せたいものがあるの。」

 そう言って窓から出て行き玄関までふわふわと降りて行き、催促する。

「おーい、君も早くおいでよ~」

「はいはい。」

(この感じ、久々だな…)

 そんなことをふと思いながら出かける準備をする。しかしそらが俺に見せたいものって何だろう…。


 *


 俺の家は山のふもとにあるため、そらが言う俺に見せたい景色はこの山を登った先にあるのだという。ということは今から山登りかあ…。

「何、へばってるの、君~。ファイトだよ!」

 とか言ってガッツポーズしながら俺を応援するそら。お前は浮いてるから楽できていいよな、全く。

 登山道として整備されてはいるが、中々に傾斜が急な道を歩く。

(…それにしてもそらが俺に見せたい景色って何だろうな?)

 そんなことを疑問に思いながら山道を歩くとようやく頂上が見えてきた。

「良かった~。間に合った!」

 と言ってそらは両手を広げ今からこの景色を抱きしめようかとするようなそぶりで眼前の景色を眺めそして振り向いた。

「これが私の見せたかったもの、だよ!」

 そう言うと、満面の笑みをこちらに向け促す。そこには…

 黄昏に照らされ、ほむら色に染められる街並みとその夕日が沈みゆく水平線が見事なまでの絶景だった。

 暫く俺はその美しさに見惚れていた。

(綺麗だ…)

 しばしの間言葉を失っていた。そうしていると彼女の顔がふと目の前に現れた。その顔はとても幸せそうで…とても綺麗だった。

「ね、私についてきて良かったでしょ?」

 と優しく話しかける彼女の目はなんだか少し寂しそうに写って見えた。

「…ここが私にとっての大切な場所。最後に別れる前にあなたに知っていてほしくて」

 そう顔をうつむかせ小さくつぶやいた。その声に今までのはきはきとした感じはなく今にも消え入りそうに儚く切ないものだった。

「…私はね、あなたに会うまでずっと一人だったの。」

 ぽつぽつと語るその表情から俺は目が離せなかった。…今にも泣きそうになっているからだ。

「両親は仕事人間で私になんて目もくれず働いてた。おじいちゃんもおばあちゃんも今はもうこの世にいないし。だから私はどこに行ってもずっとひとりぼっちだった。…孤独だったの。」

 そう言うとうつむいていた顔をあげ、水平線の方へと向けた。

「ここはね、そんな私を包み込んでくれた大切な風景。…入院した時でも忘れることなんてなかった大切な…私の宝物。」

 一人だった…?友達がいるって言ってたろ…?

「病院で知り合った友達はね…みんな死んじゃったの」

 俺の問いに哀しく返すそらの顔はさきほどの天真爛漫さをどこかに忘れてきたようだった。

「そして学校でできた友達は…あなただけ。」

 そう哀しくつぶやいた。

「あなただけだったのよ…こんな私にも優しく接してくれたのは」

 目線を俺の顔から眼前に広がる黄昏に変えて話し続ける。

「あなたも知っていると思うけど、私は人見知りだった。顔をいつもうつむかせて声も張り上げない気弱な子。そんな子に優しくしてくれる人なんて学校にはいなかった。でもねあなたは違った。」

 ぽつぽつと話すその声色にさきほどの元気は無く、ただただ儚げな後ろ姿がそこにはあった。

「あなたはこんな私のことを見捨てずに優しく包み込んでくれた。ただ隣に住んでいた幼なじみっていうだけで。」

(…それだけってわけじゃないんだけどな…)

 内心そう呟く。何だか放っておけなかったんだ。これが恋心なのかそれとも親心に似たものなのかはわからないけれど。

 それを言おうと思ったが何だかはばかられた。今この場で言って何になる、と。それに…そんなことを言える雰囲気でもなかった。そして一言、告げる。

「だから私…貴方と一緒に…生きたかった。もっと…もっと…」

 涙ながらに言うその姿を俺は茫然と見ることしかできなかった。

「じゃあ、もう行かなくちゃ…」

 彼女はそう言って背中を向け歩き出す。

「待ってくれ!俺は…!」

 その声は届かず、彼女は星が舞う夜空へ消えて行った。…茫然と見送るしかできなかった俺を置き去りにして。


 *


「…!」

 俺はふと目を覚ます。…どうやら今まで寝ていたようだ。

(さっきのは夢…?)

 窓の外を見ると日は落ち、静寂な暗闇が見えた。そして見慣れた自分の部屋を見回すと机の上に何やら本が置かれていた。気になりそれの近くへより確かめる。本にしては中々厚みがあり重たいそれは中を開くと…

(これ…アルバムだ…)

 そうだ。俺はそらのおばさんから形見としてもらってくれと言われてもらったものだ。これはおばさんたちのものではと断ろうとすると…

『これ、そらがあなたに必ず渡してほしいって最期に言ったのよ。だから…お願い』

 と言われ引き取ったものだ。…渡そうとしていた時のおばさんの手が震えていたのを鮮明に覚えている。

 俺はそれをめくる。そこには…今まで俺とそらが一緒に写っている写真ばかりだった。そしてその写真一つ一つに一言添えられていた。どのページの写真を見てもそれぞれに俺に対する想いを書いていたようでそのどれもに必ずと言っていいほど大好きと添えられていた。

(そらももしかして俺のこと…)

 そして最後のページには…

『私の大好きで大切な人と一緒に過ごしたい。これからも、ずっと』

 俺はひざから崩れ落ちて、号泣した。何故俺はあの時、そらに…好きと、大好きだと伝えられなかったのかと。夢の中でだけでも言えなかったのかと。俺はただただ泣きじゃくった。

 そして、数年後…


 *


「待たせたね」

 とある夏の盆、俺は大切な人に会いに来ていた。…あの時、俺に見せてくれた景色が見える高台に。あの後遺言に沿って骨はこの高台からばらまかれた。あいつはこの景色をよほど気に入っていたようだからそりゃそうかと納得して。

「俺、大人になっちまったよ。お前を置いて」

 空に向かって何ということはなくつぶやく。…そらが聞いているような気がして。

「そら、俺…君のことが好きだ。大好きだ。」

 もう遅いけどな、と自虐的に呟く。

「たぶん…俺はずっと君のことを想ってしまうだろうな。だって…」

 この青空は…君そのものだから、と一人ごちる。

「さあ、帰るか。」

 踵を返し、去ろうとすると突然風が吹いた。誰かがいる気がして振り返るとそこには…誰もいなかった。

(まさか、そらがいる…なんてことはないよな。)

 ふっと俺は笑みをこぼし空を見る。そして見上げるとそこには雲一つなくカラッとした青空がどこまでも続いていた。そらの爽やかで優しい、あの雰囲気にそっくりなままで。


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