【コンセプトテキスト】群青の夕暮れ
一譲 計
秋も深まりつつあるその日
定時上がりでアパートに戻ったカエデは、コンビニで買った夕飯の袋を置いてベランダに出た。干しっぱなしだった洗濯物が不貞腐れたように揺れている。我ながらだらしがないなと思いつつ、ハンガーのままベッドに積み上げた。肌寒さを感じて、ふと外の方を見やる。街を見下ろすベランダからの夕暮れは故郷を彷彿させるが、あの狐と過ごしたバルコニーからの眺めとは比べるべくもない。
ボンヤリしていると、隣の部屋から子どものはしゃいだ声が漏れてきた。どうやら父親が帰宅したようだ。兄弟だろうか。…何かお土産でもあったのだろうか。
仄かに漂う湯気とシャンプーの香りは、斜向かいの平屋の磨りガラスから。子どもの髪を洗ってやっているのだろう。
連れ立ってコンビニへと歩くカップル、家路を行く車を見送るガソリンスタンドの店員、カレーの匂い、家々からの夕餉の気配…。
窓に灯る明かりのひとつひとつに、人の営みがある。母と狐と三人で暮らしたあの家も、そうした灯りの一つだったに違いない。幸せだった。でももう、あのバルコニーに戻ることはない。
「このところ母の声を聞いてないなぁ…。」
何故かしら、ふと親しい者の声に触れたくなる。そんな秋の夕暮れだった。
【コンセプトテキスト】群青の夕暮れ 一譲 計 @HakaruIchijo
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