第七話
洞窟の中の砂浜で、ローランドはボロ船の修理に悪戦苦闘していた。小型の木造船で、4、5人が乗るのが精一杯と言ったくらいの大きさだった。あちこちに穴が空いていて、そのまま入水すればたちどころに沈んでしまうだろう。
ローランドはかき集めた木材を可能な限りバランスを崩さないように加工し、なんとか穴を塞いでいく。素人に出来ることは限られてはいるが、赤の街の港まで辿り着ければいい。目に見える穴は全て塞ぎ、試しに海に浮かべて乗り込んでみても浸水はしてこない。しかし油断は禁物、とバケツや水をせき止めるための布を多めに積んでいると、砂浜にサフィアが戻って来た。
「こ、このくらいで大丈夫でしょうか?」
大きめのバックに三人分の食料を詰め込んだサフィアは不安げな顔で確認を取ってくる。赤の街まで順当にいけば一晩なのだが、最悪の場合は洋上をしばらく遭難する羽目になる。まあそうなればいくら食料を持って行っても関係ないのだが。
「大丈夫だとも。この双眼鏡さえあれば赤の街の明かりはここからでも見える。この船もこの通り沈む気配すらないのだ。ヤマト君が戻り次第、私たち三人でこの島を脱出しよう」
「そう、ですね……この島を…………」
この島について口にするのも恐怖、と言った感じの震えた声だった。実の故郷であってもこの島が存続するために続けてきた所業についていけない。そう思うだけで処刑の対象にされてしまうのだから無理はない。ローランドがそう思ってなんとか元気づけようとあれこれ考えるが、気の利いたセリフなどそう咄嗟に出てくるものではない。
せめて誰かひとり、彼女の友達が生き延びていて一緒に付いて行ってあげることできれば少しは違ったのではなかろうか。だが現実はかくも恐ろしい。ヤマトの推理とサフィアが語った真実を思い出すだけで、ローランドは思わず身震いするほどだった。
しかし、なぜそこまでこの島の者たちはこの歪で先行きを暗く染めるような行為を繰り返すのか。よそ者への敵意で纏まって来たとは言え、余りにもやりすぎなんじゃないか。そんな疑問はローランドの頭の中にずっとこびり付いてしまっていた。
「すまない、サフィアさん。貴女が知っているのかどうかは分からないが、どうしても知っておきたい。なぜ、この島はここまでよそ者を嫌うのだ?団結のためと言っても、明らかにこれでは…………」
「百年続いたのが奇跡みたいなものですよ」
サフィアはフフ、と暗く笑った。
「私もつい最近聞かされたんです。この島の本当の真実を。ローランドさんも聞きたいでしょう?この島がいかに血で汚れた島か」
サフィアの語り口に思わずごくりと唾をのむローランド。真実が明らかになろうとしていた。
ヤマトが彼女と出会うのはこれで二度目だった。島に上陸した時に出迎えてくれた彼女と瓜二つの顔、全く同じ体型、全く同じ声。しかし薄らと笑うその顔は隠しきれない狂気を秘めていて、手に持っていたニナの生首を優しく抱きしめる。
「貴方の推理、見事だったわ探偵さん。お礼に貴方の推理では絶対にたどり着けないこの島の真実を教えてあげる。いいでしょう?侯爵閣下様」
「…………」
「あら?無言?まあいいわ。どうせあなた達に従う義理なんてもう無いんだし」
そういうとキリシャは血の付いた鉈をゾーラン侯爵目掛けて投げつけた。ゾーラン侯爵はそれを片手で受け止めるが、乾いた血が固まった物が手に付き顔をしかめる。
「僕の推理ではたどり着けない真実、ですか。ひょっとすると、首狩り祭りの由来となった海賊事件の真実ですか?」
「ご名答!まあそこまでは誰でもわかるでしょうとも。でもそれ以上の所までは分からないでしょう?」
「ええ。何せ判断基準になるもの一切を、僕は目にしていませんから」
「なら教えてあげるわ。百年前に海賊がこの島を襲ったとき、表向きは当時のゾーラン侯爵家が中心になって海賊と戦ったとされているわ。でもね、実際は違うわ。戦ったのはゾーラン侯爵だけ。この島の連中の祖先たちは財宝の山分けと言う当時の海賊たちの口車に乗って、ゾーラン侯爵とその一家を皆殺しにして首を刈ったのよ。今そこに居るゾーラン侯爵はね。本物のゾーラン侯爵に成りすました海賊の末裔よ」
キリシャの言葉に反応し、苦々し気に唇を歪ませるゾーラン侯爵。静まり返っていた島民たちもどことなく居心地の悪そうな顔をして項垂れてばかりであり、先ほどまでの威勢はどこへ行ったのかと聞きたくなる勢いだった。
しかしその間、ヤマトは伝えられた事実を改めて自分の中で受け止める時間が必要だった。百年以上前の事件の真相など、本人たちの証言以外に裏付け出来るものなどあるわけもない。故に調べたところで物的証拠どころか事件性の証明すら出来ないだろう。だがそれが事実であるということは、島民たちのリアクションから想像がついた。
「成程。島に近寄ってくるよそ者への恐怖から来る敵意ではなく………外部に犯罪の証拠が漏れることを恐れていたわけですか」
「そうよ。首狩り祭も元々は良心の呵責に耐えかねた共犯者の口を塞ぐためだったの。ゾーラン侯爵が別人に入れ替わったことを誤魔化すには、長い年月が必要だったしね。まあそのせいで手に入れた財宝の換金にも時間が掛かってしまってね。フフフ。笑える話よ。そうやって時期を待っているうちに、島民たちの世代交代が進んでしまったのよ。犯罪の露呈への恐怖よりも、島の外への敵意が強くなって肝心の財宝は今もこの屋敷の地下に眠ったまま!ほーんと、バカの集まりよね。私も含めて、後先考えずに海賊の口車に乗せられたマヌケの子孫。それがこのワバハリ島の真実よ」
心底滑稽そうに嘲笑するキリシャ。ゾーラン侯爵もどことなくその嘲笑に賛同するかのような乾いた笑みを浮かべていた。
「すべてその通り。彼女の語った歴史そのままさ。私から数えて六代前、ゾーラン侯爵家は海賊が乗っ取った。そしてこの島の王として君臨し続けた。元々財宝欲しさに侯爵の首を海賊に捧げた野蛮人どもとその子孫。口封じの共犯者にしてしまえば面白いほどに上手く動いてくれるようになったよ。何せ、こんな話を聞かせても私に歯向かおうなんて欠片も思わないのだからね」
ゾーラン侯爵の侮蔑の視線にも、居心地悪そうに僅かに肩をすくめるばかりの島民たち。もはや自分たちがどんな犯罪に手を貸しているのかすら、それどころか人間としての良識や順法精神すらすり減ってしまったと言うのだろうか。
「さあヤマト君!ついでに島を裏切ったキリシャ!!君たちと、まだ島の中に居るローランド君とサフィアの四人の首をささげて今回の首狩り祭は終幕だ!!皆の衆もそれで構わないね?これこそがこのワバハリ島の生き延びる道なのだから!!」
そう言いながらサーベルを構えてゾーラン侯爵はヤマトを睨む。島民たちも思い思いの武器を手に、ヤマトを睨みながらゆっくりと侯爵邸に近寄ろうとしていた。その光景はまさに邪教、もっと言うなればカルト教団の教祖と信者と言ったところだろうか。
「この島を変えようとした人たちみんな処刑してしまえば、こうもなるか」
「うふふ。最高で最低でしょう?こんな島、無くなってしまえばいいんだわ」
そうつぶやくとキリシャはニナの首を抱いたまま近くの燭台に近寄ると、火の付いた蝋燭を一本手に取った。そしてその光景を見て、ヤマトは気づいた。キリシャの足元には水滴のような物が点々と落ちている。そしてその水滴は地下牢に続く道に近づくと共に、水滴ではなく一本の線になっていた。
「まさか………」
キリシャが蠟燭の火を足元に落とすと、引火した油が地下牢へと燃え進んでいく。普通に考えればその程度ではボヤ騒ぎが関の山。だがヤマトにはキリシャが館全体に燃え広がるようにする準備が出来なかった、とは思えなかった。
狂気の笑みを浮かべるキリシャを見て、ヤマトは咄嗟にゾーラン侯爵に飛びかかって一緒にバルコニーから飛び出した。
その途端、ドーン!!とゾーラン侯爵邸は地下室から大爆発を起こして吹き飛んだ。大量の炎と爆風が島民たちを吹き飛ばし、爆心地に近かったヤマトとゾーラン侯爵は余りの衝撃に意識が飛びそうになるが、それを堪えて何とかゾーラン侯爵を抱えたまま安全圏まで走り抜けた。
「な、なぜ助けた………?」
「僕は海賊じゃないですから」
見ればゾーラン侯爵は右足を負傷していて走れそうにない。島民たちは爆破の衝撃と混乱でこちらに気づいておらず、逃げ出すなら今のうちだろう。
「私を連行しないというなら、ここで声を出すのは辞めておこう」
ゾーラン侯爵はそう言ってヤマトから視線をそらした。このままゾーラン侯爵が大声を出して島民たちに呼びかければ、ヤマトは逃げられない。そうなればローランド達も見つかってしまうだろう。
「いつか、今度は憲兵連れてきますからね」
それだけ言い残し、ヤマトは走り去った。
そして数時間が過ぎ、ヤマトはローランドの船でサフィアと共に赤の街の港へ向かっていた。夜の海は不気味ではあるが穏やかで、赤の街の港の明かりも遠くに見える。船の浸水も今のところはなく、このまま行けばあと二時間ほどで赤の街に着くだろう。
「本当に、申し訳ございませんでした」
不意に、サフィアが二人に謝った。
「君が謝ることではないとも。あの島そのものが歪んでいただけだ。君はあの島の被害者だ」
ローランドがそう言って慰めるも、サフィアにとってはワバハリ島は自分の生まれてからこれまでの全て。その全てが歪んでいたという事実を改めて突き付けられて良い思いはしないだろう。
「サフィアさん。良く考えて生きていきましょうよ。貴女はあのワバハリ島から抜け出すことが出来たんです。これから先の人生はきっと素晴らしい物になる。貴女を苦しめ、縛り付けていたものたちから抜け出せたんですから」
「…………そう、でしょうか」
「ええ。そうです。赤の街のギルドにも、昔冒険者だったころの知り合いが居ますから、当面は彼女に面倒を見てもらえばいい。ギルドはそう言う時のための駆け込み寺ですから」
その時、ふと三人は背後に新しい光が灯ったことに気が付いた。あんな目にあわされたワバハリ島を振り向くまいと思っていたが、気になって振り向いてみる。
「ああっ!ワバハリ島が燃えている…………!!」
ワバハリ島の森の木々や、建物から炎が燃え上がっていたのだ。ゾーラン侯爵邸を吹き飛ばした火薬だけでは想像もつかないほどの延焼っぷりに、ヤマトはハッと気が付いた。
「キリシャさんです!!彼女、あの爆発の中逃げおおせていたんですよ!!そして森の木々や建物に火を放っているんだ!!」
「な、なんと………」
「キリシャ………貴女も、私と一緒に来てくれれば………」
炎に包まれた森の中、キリシャはたった一人で笑いながら踊っていた。その身を包む服や髪の毛に火が燃え移っても、彼女は踊り続けた。その狂った笑い声は島中に響き渡り、消火活動を続けていた島民たちの耳に焼き付いていた。
「あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは………………………………………………………………………っっ!!!!」
数か月後。
「ヤマトさーん。郵便が届いてますよー!」
「あ、はーい。ありがとうございます。マヤさん」
白の街のギルドの倉庫を掃除していたヤマトに声をかけてきたマヤが持っていたのは一枚の封筒だった。消印は灰色の街。白の街から遠く離れた、都に次ぐ大都会だ。受け取ろうとしたヤマトに、マヤがジトッとした目で睨みつける。
「灰色の街の女の人から郵便ですか。一体どんな知り合いなんです?」
「え?いやぁ、そりゃ封筒の名前見ないと分からないよ。って言うか女性からなんですか?」
「ええ。サフィアさんって書いてありますよ」
「サフィアさん!?」
思わず封筒をひったくる様にして受け取ったヤマトは訝しむような視線のマヤの事など全く気にせず中身を開けた。中に入っていたのは一枚の手紙と折りたたまれた写真だった。
『ヤマトさん、ローランドさん。お久しぶりです。お元気でしたか。ローランドさん宛にどこに手紙を出せばいいのか分からなかったので、赤の街のギルドに居ると教えてくれたヤマトさん宛に出させて頂きます。
あのワバハリ島から連れ出して貰ってから暫く経ち、今私は冒険者を目指してとある魔法使いの元で勉強させてもらっています。筋はいい、とは言ってもらえましたが、今のところはまだ見習いです。来月の試験に合格出来たら、冒険者ギルドに正式に冒険者として認定してもらえるのかな。
島を出てから色々な事を学んで来ました。勿論、大変だったこともありました。でも、私は今幸せです。ヤマトさんとローランドさんに助けてもらえたお陰です。
本当にありがとうございました。また、正式に冒険者になれたら白の街でお会いできると思います。その時はきっと、たくさん幸せな思い出話が出来ると思います。
その時までどうかお元気で。
サフィア』
手紙を読んだヤマトは思わず良かった、と呟いていた。あれから数か月、ワバハリ島の事件は表には出ていないが、黒い噂の多いワバハリ島出身のサフィアが平穏無事に過ごせているか心配だったのだ。同封された写真を開いてみると、幸せそうに笑っているサフィアと、その隣に魔法使いの師匠の女性が。
「ローランドさんにも届けてあげないと」
「………その前に、そのサフィアさんとはどういう関係なのか説明していただけたら嬉しいですね」
とりあえずこの仕事を終わらせて、休憩時間にでも憲兵詰め所に行こうかなんて考えていると、不意にマヤがニッコリと目の笑っていない笑顔で詰め寄ってきていた。
「え?」
「どうぞ。紅茶を用意しましたから。ゆっくりとお話ししましょうか」
「え?え?いや、別にマヤさんに説明する理由って………ま、参ったなぁ」
とりあえずマヤにどこから話せばいいのか、記憶にこびり付いたワバハリ島の事件について頭の中で整理しつつ、ヤマトは思わず知らず頭を掻きむしるのだった。
冒険者落ち探偵ヤマト @dominant
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