第六話

 夜のワバハリ島は負のお祭り騒ぎだった。ゾーラン侯爵邸に島民達の殆どが詰め掛け、手にはそれぞれ武器を持って目をギラギラさせて殺意を漲らせていた。


 島民達は口々に殺せ、殺せと叫び、ゾーラン侯爵は邸宅のバルコニーからその光景を見下ろして薄っすらと笑う。余りにも醜悪な光景だった。外敵への敵意と憎しみで団結するのは歴史上よくある話だが、この島では幾らか事情が変わってくる。


「皆の衆。少し落ち着き給え」

「落ち着いてなんかいられるか!!」

「あいつ等が居なくならなきゃ、どれだけ死ぬか分かったもんじゃないんだ!!」

「もうこれ以上よそ者はうんざりなのよ!!」

「そうだろう。そうだろう。安心したまえ。島の外への船は全て見張っている。例え船を手に出航したところで、この島の海域を知り尽くした諸君らならば逃すまい?ここはひとつ落ち着いて………」


 その時だった。強烈な光と共に一塊の盾がゾーラン侯爵邸の敷地内に飛び込んでくると、邸宅の窓を破っていきなりゾーラン侯爵の居たバルコニーに突き刺さる。そしてその盾から光が瞬き、ゾーラン侯爵の目の前にヤマトが姿を現した。


「何っ!?」

「あ、あいつ!!あんなところに!?」

「妖術師の類か!?」

「魔王の手先か!?」

「元冒険者ですよ。そして今は探偵ごっこに明け暮れるただのギルド手伝いに過ぎませんけどね」


 盾を装備し、ゾーラン侯爵とバルコニーの上で向かい合うヤマト。ゾーラン侯爵も懐からサーベルを取り出し、田舎貴族の当主にしては手慣れた手つきで構えた。相手が武術、剣術の心得がある可能性があると思っていたヤマトだったが、あいにくと今は戦いに来たわけではない。


「今回のワバハリ島での二つの殺人事件について、貴方に僕の推理が正しいか間違っているかの確認をしていただきたい」

「ふん。今更!」

「ええ。今更も今更です。何せ今回の事件、犯人も殺害方法も逃亡手段も全部。この島に住む全員が把握していたのですから。知らなかったのは僕とローランドさんだけ。言うなればこのミステリー。貴方たちワバハリ島の島民すべてが、僕とローランドさんだけに見せた喜劇だったんですよ」


 ゾーラン侯爵の顔色が微かに変わり、ワバハリ島民たちの狂気に満ちた熱気がバケツをひっくり返されたかのように静まり返る。やはり、とヤマトは自分の推理が正しいことを確信した。


「そもそもこの島はよそ者への敵意と憎悪で纏まって来た島。しかしその憎悪だけでは纏まり切らない者たちを、あなた達は先祖代々から首狩祀を利用して処刑してきた。最初の殺人はただの儀式に過ぎなかったんですよね?」

「…………」

「僕は最初、誰かがサフィアさんに指示を出して僕とローランドさんを教会に誘導し、その隙にキリシャさんを殺したと考えていました。洞窟からの脱出手段も見つけましたし、サフィアさんが僕らを誘導するように指示を出した人の事も把握しています。ですが実行犯だけはどうしても見つけられなかった。例え証言者全員が共犯のワバハリ島民だとしても、僕とローランドさんは現場検証を重ねれば女性の首をあの洞窟で斬り落として逃げた実行犯を突き止めることが出来ます。ですが、出来なかった。行き詰ってしまったんです。あの洞窟の中に、人の首を斬り落とせる腕前と凶器を持った実行犯は居なかったんです」

「なら、あの事件はなんだというんだ?まさか、一人でにキリシャの首が落ちたとでも?まるで、かつてこの島を襲った海賊たちの怨念が彼女を――――」

「いいえ。違います。あの首はキリシャさんの首ではありません。あれは、彼女の双子の妹のミーナさんの首です」


 初めて、ゾーラン侯爵の顔色が変わった。あり得ない展開、もっと言うならばこれまでの推理や積み重ねをひっくり返す雑などんでん返し。しかし真実は一つだけだ。


「僕たちがこの島に来て出会ったキリシャさん。彼女は最初からミーナさんだったんです。だからローランドさんは最初に彼女に出会ったとき、サフィアさんの事をキリシャさんと勘違いした。ミーナさんはずっとキリシャさんとして僕たちに接してきていたんです」

「何を証拠に、そんなことを?」

「証拠は、まあ追々。ですがキリシャさんの両親のジバさんとクレシアさんにお話を伺った際、幾つか不自然な点がありました。まず、キリシャさんはこの島を一度出て都で高等教育を受けていた事。勿論このことだけなら違和感はありませんでしたよ。ただ、その際にこう言いました。『一人だけあの子を』、と。同年代でキリシャさんだけが高等教育を受けに行った、と言う意味に聞こえますが………同時に、複数名の兄弟姉妹のうちの一人だけを、と言う意味にも聞こえました」


 キリシャ宅の内部を見た際、すべてを見せてもらったわけではないのだが、リビングのテーブルと椅子も四人分だった。テーブルはともかく、使い込まれた椅子が四つ。両親とキリシャの三人暮らしなら、少なくとも一つは普段使いしていないはずだったのに。


「そこから考え、僕はある仮説にたどり着きました。即ち、あの祭りの晩、僕たちと話していたのはミーナさんではなく本物のキリシャさんだった。ミーナさんはそれよりも前に殺され、首を落とされていたんです。キリシャさんはミーナさんの首を持って洞窟に入り、首を人形の上にセットし仕掛けを使い洞窟を脱出した。その後は大体想像ですが………この館の中にキリシャさんは隠れていたのでは?」


 ヤマトもローランドも島民達によって監視されていた事は把握していた。しかしだからと言ってヤマトがかつて暮らしていた日本の様にリアルタイムで連絡を取り合える技術があるわけではない以上、最もヤマトとローランドが立ち入らない場所となればゾーラン侯爵邸なら確実だろう。一度ヤマトが立ち入ったとは言え、許可をもらって立ち入ったその時以外は近寄ることすら出来ないのだから。


「僕たちはずっと犯人を探して捜査していました。しかし完全に間違えた推理の元に捜査を続けていた僕らを見て貴方達は笑いながら安心していた筈です。ですがここで貴方達ワバハリ島民達にとって予想外のことが起きた。ニナさんが殺された事です」


 ヤマトの推理にゾーラン侯爵が思わずと言った様子で息を呑んでいた。やはりそうか、とヤマトは改めて確信する。


「ニナさんは撲殺された後に首を切り落とされていました。しかしミーナさんの事件とは違い、首の方が持っていかれていました。それも首の傷も一太刀で斬り落とされた訳ではなく、斧やナタの様な刃物で何度も何度も回数を重ねて斬り落とされていました。胴体を持っていかなかった事から考えて、ニナさんの事件は女性が犯人だったと考えるのが自然でした。つまりはこの事件の犯人は、キリシャさんだと僕は推理しています。恐らくですが、昨日の夜あたりにこの屋敷からキリシャさんは姿を消したんでしょう?」


 図星なのか、ゾーラン侯爵が苛立たしげに部屋中を歩き回る。ヤマトの言う通り、昨夜の未明に館の地下牢で幽閉していたキリシャが姿を消してしまっていたのだ。


 地下牢の鍵は閉まっていたのだが、柔らかくなっていた壁を知らぬ間に崩して脱獄してしまい、そしてその翌日にはニナが殺されてしまった。犯人が誰なのかは即座に分かったが、それを口にするわけにはいかない。


 島民達もその事は理解して、その上でヤマト達に対して狂気の混ざった敵意を向けていたのだ。現にヤマト達が諦めなかった事が原因でニナまで殺されたと言うのは事実だったのだし。


「…………ひょっとして、サフィアが君にそこまで教えたのかな?」

「サフィアさんには答え合わせに付き合って頂いただけですよ。それに、キリシャさんの最後の狙いがサフィアさんなのは僕も貴方達も理解していましたしね」


 キリシャの殺人の動機がどんなものなのかなど、まだ分からない事は多い。しかしキリシャの狙いは全員が分かっている。ワバハリ島観光協会の三人娘全員を殺すつもりなのだろう。


「サフィアさんはローランドさんが護衛しています。どこにいるかは貴方達にも教えませんよ。今や貴方達も彼女の命を狙っているのだし」

「成程。だが、君も私たちに命を狙われている立場だと理解できているのかな?」

「…………ええ。でも、今回の事件の全ての真実を突き止める最後のチャンスが今しかない。何故なら、キリシャさんはここに来ている筈だからです」

「何?」

「恐らく僕たちの会話を聞いているのでしょう?多分、地下から」


 ヤマトの言葉に導かれ、ゾーラン侯爵邸の地下への入り口から一人の美女が姿を現した。祭りの晩に出会った本物のキリシャだ。


「キリシャ、本当に…………」

「灯台下暗しって奴よ。一度ここから逃げ出したから、また探しに来る可能性は低いと思って」


 キリシャの服や両手は返り血で染まり、生気のないニナの首を抱えたまま薄らと笑っていた。その顔からは溢れんばかりの狂気が満ち溢れていて、ゾーラン侯爵すらも呆気にとられて思わず後ずさっていた。


「さぁ、最後の答え合わせを始めましょうか」


 ヤマトの言葉にニヤリと笑って返すキリシャ。この事件の全ての元凶、ワバハリ島の闇と向き合う時が来たのだ。

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