第五話
第二の惨劇が起きたのは、ヤマトとローランドが作戦会議を終えて拠点である観光協会本部に戻ろうとしていた時のことだった。
「うん?どうした事だろう?」
ローランドが村で騒ぎが起きている事に気がつき怪訝な表情を見せる。一体何が起きてるのだろうか、と不穏なものを背中に感じつつ二人で騒ぎの起きている村の外れに向かう。
近寄るにつれて悲鳴と啜り泣く声が聞こえて来た。それを聞いたヤマトは自身の嫌な予感が現実のものになってしまった事を薄々察していた。
その嫌な予感が外れて居て欲しいと言う縋り付く様な期待を胸に人混みをかき分け、そしてヤマトは見つけてしまった。
「そんな…………」
村の外れの木陰広場。大人が腰掛けられるくらいの大きさの切り株に、若い女性の体だけが力なくもたれかかって居た。その服装、体格は、首から上がなくなって居ても分かる。
「ニナさん……………………」
首無し死体となって発見されたニナは、ヤマトや島民達の呼び声に応えるはもう無かった。
この状況を阻止出来なかった無念さと、犯人が未だに犯行を繰り返していると言う予想外の結果にヤマトは呆然と立ち尽くすしかなかった。
一体どう言う事なんだ、と顔を顰めて頭を掻きむしるヤマト。ローランドはショックを受けつつもまずは現場検証を始めなければ、とノロノロと動き出そうとする。その時だった。
「お前達のせいだ」
島民の誰かがそう呟き、彼らの視線がヤマトとローランドの二人に集中した。その視線には明確な敵意が滲んでいて、ある者はその辺に落ちて居た石や木の棒を拾い上げている。
「お前達がこの島を荒らすからだ!」
「やっぱり余所者はこの島に災いを呼ぶんだ!」
「ニナちゃんを返せ!」
「…………嫌な予感」
既に島民達は正気ではない。ヤマトとローランドへの敵意と憎しみで頭がいっぱいになっている。
やがて誰かが投げた石がヤマトとローランド目掛けて飛んできて、ヤマトは咄嗟に右手を突き出す。すると右手に強い光が迸って小さな丸型の盾が現れて石を弾き返した。
おお、と恐怖の混じった声を上げて怯む島民達。冒険者時代に使っていたチート防具の一つだ。だいぶ埃をかぶっていたが、まだ来てくれたとは。
思わずほっこりとしてしまうが、そんな時ではない。幸いな事に島民達は見たことのない技術に恐れ慄き二の足を踏んでいるが、いつまでもは持たないだろう。
「皆さん。先に手を出したのはそちらなので正当防衛という事で。ローランドさん、最低限の現場検証を終えたら逃げましょう」
「そ、そうだな」
「ふ、ふざけるなーっ!」
一斉に襲いかかってくる島民達。ヤマトは盾だけで投石や木の枝を弾き返し、殴りかかってくる島民の腕を捻り上げ、足を払う。あくまで怪我はさせない様に力を抜いて。
「よし、スケッチとメモは残したぞ!」
「じゃあ逃げましょ」
「あ、待て!」
そのまま森の中にヤマトとローランドは逃げ込んでいく。島民達は当然追いかけてくるし、何より土地勘と慣れでは二人に勝ち目は無い。
「どうする?追いつかれるぞ!」
「追いつかれたら多分殺されますよ」
「だからどうするんだと聞いているんだよ!」
「だから逃げてるんでしょ」
「あー!」
口では余裕ぶっているヤマトだが、視線が泳いでいて明らかに不安がっている。その事に気がついたローランドが思わず知らず悲鳴を上げてしまうと、不意に森の中の開けた広場にたどり着いた。
一瞬、ここである程度島民達を返り討ちにして追手を減らすのもアリかもしれないと思ってしまったヤマト。しかしその時、追いかけてくる島民達とは真逆の方向から人の気配を感じた。
「お二人とも、大丈夫ですか?」
「サフィアさん!」
「事情は把握してます。こちらに」
姿を見せたサフィアを信用できると言う保証は正直言って無かったが、他に縋れる藁もない。ヤマトとローランドはサフィアに導かれて森の奥の方へと走っていくと、やがて小さな枯れ井戸にたどり着いた。
「この井戸は、実は島の地下洞窟に続いているんです。昔、キリシャちゃんと見つけた秘密の隠れ家。ここなら、島の大人たちには見つかりません」
そう言ってサフィアは井戸の中に飛び込むと、僅かな間をおいて地面に着地する音が聞こえてきた。ヤマトが中を覗き込むと、大体2メートルくらいの深さにある広めの空間の中でサフィアが手を振っていた。
迷っている暇のないヤマトとローランドも井戸に飛び込むと、確かにサフィアの言う通り井戸の底は小さな洞窟に続いていた。洞窟の中に姿を隠して身を潜めると、次第に二人を追いかけて来た島民達の走り去る音が遠ざかっていく。危機は去った。
「ありがとうございますサフィアさん。あのままだと大変なことになってしまうところでした」
「いえ。もう、大変な事になってしまっていますし」
「あ、失礼。失言でした」
「いいえ。この島の大人たちがおかしいのは分かりきった事ですから。きっと、キリシャちゃんとニナを殺したのも………」
憎悪すら匂わせるほど顔を顰め、サフィアは拳を握りしめた。都会の街ですら人を振り向かせるほどの美人の顔をここまで染めてしまうワバハリ島の暗い因習に思わず知らず顔を見合わせ合うヤマトとローランド。
サフィアは目の前で困惑する二人すら目に入らない様な様子で用意していたらしき松明に火を付け、井戸の底の広間の暗がりに隠されていた洞窟の中を照らす。まるで悪魔の棲家にすら見えるほどに真っ暗だった。
「着いてきてください。この奥に見せたいものがあるんです」
肩を怒らせて奥へと進んでいくサフィア。ヤマトもローランドもそれに着いていくより他にない。幸いな事にサフィアはついてくる二人を配慮してか時折松明の灯りは立ち止まってくれていた。
「それにしても、君が盾を持っていたとは」
「冒険者時代、昔取った杵柄と言うやつです。異世界転移の時に女神様から貰った特典は、この壊れても光になって直ってしまう盾と剣だったんですよ。仲間を庇って利き腕に麻痺が残って剣が握れなくなってしまって、剣の方は売っ払っちゃったんです」
「なるほどなぁ」
そんな会話をコソコソと繰り広げながら松明の灯りを追いかけていくと、やがて洞窟の果ての小さな砂浜にたどり着いた。
いきなり現れた砂浜を前に面食らうが、恐らく長年の波による侵食を受けて、海に面した洞窟の壁が崩れてしまったのだろう。
サフィアが焚き火に火を付けて灯りを付けると、砂浜に小さなボロボロの小舟が停泊しているのが見えた。恐らく、島民達に使い捨てられても惜しくないと判断されたものだろう。
「ここ、昔から私たちの秘密の遊び場だったんです。大人達なんか信用出来ないから…………」
そう言ってオンボロの小舟を撫でるサフィア。親友を理不尽に失った悲しみと怒りに肩を震わせ、島民達への隠しきれない憎悪を激らせていた。
ローランドはその姿に何も言えずに黙り込んでしまうが、ヤマトはむしろ今だからこそ、確かめなければならないことがあった。
「一つ、貴女に聞きたい事がありました。キリシャさんが殺害されたあの祭りの晩、教会の鐘の音を鳴らして僕たちを誘導したのは貴女ですね?」
「や、ヤマト君!?」
「恐らく貴女はあの夜、何者かによって僕たちを教会に誘導する様に指示を受けていた。違いますか?」
「…………はい。父が、余所者が首狩り祭りに参加するのは許し難いと言ってそうしろと」
「やはりでしたか。鐘のある屋根裏部屋には埃が溜まっていて、誰かの細工の痕跡は残っていませんでした。なら、僕をあの屋根裏部屋に案内した貴女が鐘を鳴らすのに使う紐を回収したと考えるのが自然でした。勿論。そのまま共犯の疑いもあったのですが…………」
「そんな!私はただ、父を納得させたくて!!」
ヤマトの推論に思わず噛み付くサフィア。この島の大人達が異常なのはなんとなく理解はしていたのだが、それでも単に余所者への風当たりまけの問題だと信じていた。だから二人を誘導する作戦に協力したのに、結果は親友の死だった。
半狂乱になって父を問い詰めるも、この島ではそれが当たり前のことなんだ、と酒の匂いを漂わせた澱んだ目つきで返された。この島では代々、余所者を招き入れようとした若者のうちの一人を生贄にして来た歴史があるのだと。
そしてそれでもなお、サフィアが余所者との関わりを続けようとするのなら、次はサフィアを生贄にしなければならなくなると。
「もう私は嫌なんです。こんな、こんな狂った島。私の故郷でもなんでもありません。お願いです!私を赤の街まで連れて逃げて下さい!もうわざわざ犯人を見つけなくても、どうせ近いうちにこの島の大人たちなんてみんな飢えて死にます!そうなればもう…………!!!」
ヤマトの胸に飛び込み、しがみ付くサフィア。ヤマトはサフィアを抱き止めるべきか否かで迷って両手を宙に漂わせる中で、サフィアは涙ながらに叫ぶ。
「私を雇ってとか、娶ってとかみたいなこと言いません!赤の街で一人で生きてみせます!!貴方達に迷惑をかけませんから、連れて行って…………!!」
「連れて行くとも。なぁ、ヤマト君!」
ローランドは一才の迷いのない、曇りなき瞳でそう言い切った。しかしヤマトは内心ではその素直さと善良さが羨ましく思っていた。泣きじゃくって縋り付くサフィアの肩を抱き止めてあげられないのも、ひとえにヤマト自身がある一つの推理が脳裏をよぎって離れないからだった。
「…………貴方を赤の街までお連れする前に、もう一つだけ教えてほしい」
その質問を口にした時、サフィアは驚愕と恐怖に目を見開き、やがてさっきまでとはまた違った涙を流してその場に崩れ落ちた。そしてローランドはその質問の意味を理解するのに数秒かかり、やがてローランドもまた膝から崩れ落ちた。
「やはり、そうだったんですね」
ヤマトは自分自身の推理が正しかった事を悟り、やるせない怒りと虚しさで胸がいっぱいになった。
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