第四話

「首狩り祭りのキリシャさんの番の時、不自然な動きをした人を知りませんか?」

「不自然な動き、ねえ………」


 ワバハリ島の島民を手分けして聞き込みして回るっていたヤマトとローランド。しかし結果はあまり芳しくは無かった。


 まともに話を聞いてもらえないままたらい回しにあい、ようやく漁港の事務所で待機していた首狩り祭りの実行委員長をやっていたモラン氏に話を聞いてもらえた。


 まぁ聞いてもらえたと言っても余り協力的な態度では無かったが。


「不自然と言ってもねぇ。あんな祭りの最中に誰か一人、二人が下手な動きをしても分かりっこないさね」

「そりゃそうかもしれませんけどもね。それでも洞窟に入ろうとする人は見えたんじゃないでしょうか?」

「それなら、見てないとしか言えないな」


 実行委員長のモランは島の漁師の長で、力仕事に慣れているがっしりとした体格だった。道具さえあれば女の首を落とせるくらいには力はありそうだ。しかしそれだけで犯人と断定できる訳ではない。同じくらいの体格の男性はまだ島には数人は居るだろうし。


 モランもヤマトが体格をチラと見ていた事に気づいて眉を顰めていた。


「ひょっとして疑っているのか?俺を」

「いえ。ですが、発見された彼女の首は鋭利な刃物で一気に両断されていました。道具にもよりますが、少なくともあの洞窟に持ち込める様な武器で人の首を切り落とせるのは、屈強かつ剣術についてある程度の心得のある人物と推定されます」

「成る程なぁ。だが、残念ながら俺に剣の心得は無いし、何より人の首を切り落とせる様な武器なんてこの島には無いぞ。冒険者が探しに来る様な名刀や妖刀なんて」

「でしょうねぇ。あれば観光協会の三人が間違い無くそれを利用しようって言い出してたでしょうし」

「フン………ご苦労な事だよ。全く」


 心底不愉快そうに鼻で笑うモラン。その姿にヤマトは思わずこの島に着いた時からの疑問が口をついて出てしまった。


「貴方達ワバハリ島の方々はなぜそこまで観光協会の三人を嫌うんです?島の外の人達を嫌うのは仕方なくても、彼女達は島の人間でしょう?」

「島の人間だからこそさ。彼女達は私達を裏切っている」

「裏切ると言っても、このままでは島が持たないのはみなさんも分かってるのでは?」

「…………その時は最後の一人になるまで残るさ。それがワバハリ島民の覚悟だよ」

「ちょっと何言ってるか意味わからないですね」


 ヤマトのツッコミに思わずと言った様子でムッとした顔を見せるモラン。しかしヤマトもこっちも思わずツッコミを入れてしまった気持ちは分かって欲しかった。


 とりあえずはモランに礼を言って漁港を後にし、頭をボリボリと掻きながら村への道を歩いていく。道中で村人にすれ違って挨拶するが、露骨に視線を逸らされてしまう。


 犯人を見つけると啖呵を切ったが、こんな調子では捜査どころでは無い。人一人が殺されたと言うのに、果たして今回の事件を島民達はどう考えているんだろうか。


「ヤマト君、どうだったかね?」

「いやぁ。収穫無しですよ」

「君もか。全く、どの島民もまともに話を聞いてすらくれないんじゃ捜査のしようが無い」

「話を聞けた島民の人、どれだけ居ました?」

「………農耕会長のズオー氏と村長のバートン氏の二人だけだ。部下達とは話させてくれなかったよ」

「こっちも同じですよ。話を聞いてくれたのは漁業組合長のモランさんと、ゾーラン侯爵だけです。結果は多分ローランドさんと同じですね」

「見てない。知らない。話だけは聞いてくれたが、それで終わり」

「ついでに言うと全員、体格の良い男性で道具さえあれば女性の首を切り落とせる」

「そうだな。武術の心得までは分からないが」


 ハッキリ言って全員怪しいとしか言えない。誰か一人でも潔白を証明出来れば良いのだが、全員が怪しい止まりだ。


「とりあえず二人でキリシャさんの両親に会いに行きましょうか」


 ヤマトとローランドはキリシャの両親には昼過ぎに来て欲しいと言われていた為、キリシャの家に向かうのは聞き込みの後で二人一緒にと決めていた。


 キリシャの家は村の外れのそれなりに大きな農家だった。農具や収穫物の保管庫も兼ね備えている為か、中年夫婦二人とキリシャの三人で暮らすにはちょっと大きいのがヤマトの印象に残っていた。


「キリシャさんの事は、ご愁傷様です」

「…………ありがとうございます」


 真っ青な顔をしたキリシャの両親、父親のジバは俯きながら答えてくれた。隣に座る母親のクレシアに至っては座っているのがやっとと言った面持ちだった。


「辛いとは思いますけど、幾つか質問に答えてもらえますか?」

「答えられる範囲なら………」

「なら、まずは一つ。キリシャさんを殺したいと思っている様な人に心当たりは?」

「そりゃあ、こんな島です。観光協会なんて遊びしていれば島民達が嫌うのは当たり前でしょう」

「なら、島民達はみんなキリシャさんの命を狙っていたと?」

「さ、流石にそこまでは………」


 ローランドが聞き込みをしているのを横目で見ながら、失礼にならない程度にキリシャ宅のリビングを見渡すヤマト。特に理由がある訳では無かったが、事件関係者の情報不足のせいで何か一つでも情報が欲しくなってしまっていたのだ。


 しかしやはりと言うか、特に何か気になるものがある訳では無い。普通に生きてきた農家の実家そのものと言ったところだ。ローランドの質問に答えている二人の返事にも違和感を感じる部分は無い。


「では、観光協会関連以外でキリシャさんを嫌っていた、或いは憎んでいた人は居ますか?」

「………いえ、私たちの知る限りでは」

「うーむ…………」


 参ってしまった様子のローランド。ヤマトはそこでようやく顔を上げた。ジバとクレシアの二人が怯えた様子で身をすくめる。そこまで怯えられるとヤマトもやり辛いのだが、そこは一度置いておくとして。


「一つお聞きします。キリシャさんはここにいるローランドさんと都の高等教育を受けたと聞きました。ですがこの島の人達やお二人の外への嫌い様を考えると、ちょっと不思議に思うのですが」

「そ、それは………」


 ここに来て初めてジバが口籠る。何かある、とヤマトは予感めいた物が背筋を走るのを感じた。


「………私たちも、昔は島を変えようと思って居ました」


 しかし答えたのはこれまで黙っていたクレシアの方だった。


「この島で生まれた子供はみんな、一度は外の世界へ飛び出したいと願います。願わずにはいられませんよ。だけどそう言うのは大人になるにつれて自然に消えていくもんなんです。だけど私たちは、結婚して暫くの間まではその想いが消えていなかった。だからゾーラン侯爵に頼み込んで、一人だけあの子を都の高等学校に入れたんです。戻ってくることを条件に」


 カシャン、とヤマトが持っていた紅茶のカップが机に落ちた。ヤマトの右手が小刻みに震え始めていた。


「あ、ああ失礼。冒険者だった頃の怪我の後遺症が」


 ハンカチで溢れた紅茶を拭き、空になったカップを皿の上に戻す。手の震えは時代に収まり、ヤマトとローランドの二人は目配せをし合う。


「よくわかりました。また、お話を伺いに来るかもしれません」

「私たちで必ず犯人を見つけて見せます」


 宜しく頼みます、と言って頭を下げる二人を背に、ヤマトとローランドはキリシャ宅を後にした。


 暫くは無言で二人は歩き続ける。村の外れのキリシャ宅から見て、村とは逆方向へと突き進んだ。


 二人とも草木を踏み越え、敢えて音の出る木の枝を蹴って道の目立たない所に設置していく。すると案の定、パチリと後ろから音が聞こえてきた。


 ヤマトとローランドが振り向くと、案の定何者かが慌てて走り去る音が聞こえた。追跡がバレたと分かり、逃げ出したのだろう。


「本当に妙な島だ。これは君の言う通り、祭りに見せかけて島にとっての邪魔者を消していると言うのが今回の事件の動機なのだろうな」

「ええ。そしてそれは恐らく今回が初めてではないのでしょう」

「ひょっとして、さっき話したキリシャさんの両親かね?」

「多分ですけど、この島では島の外へ出たいと言う子供達の中から見せしめを選び、首狩り祭りで処刑していたんでしょう。その光景を見て島の外へ行きたいと言わなくなるのを、この島では『大人になる』と表現しているんです」


 余りにも恐ろしい推理に思わず身震いしてしまうローランド。もしもこの推理が正しければ、犯罪の歴史上最も残酷かつ被害者の多い連続殺人事件と言えるだろう。


「そう考えると島民達が僕達に協力したがらない理由も分かりますよ。下手に僕達に証言して島の裏切り者として認定されてしまったら、次の首狩り祭りで処刑されてしまうんですから」

「………うーむ。しかしそうなるとやはり黒幕はゾーラン侯爵、いやゾーラン侯爵一族か。実行犯と併せて動かぬ証拠を集めて、赤の街の憲兵に突き出すべきだな。そうすれば島民達もこの地獄から解放される」

「そうですね。まずは今回の事件の実行犯から捕まえ、それがゾーラン侯爵の指示である事さえ証明出来れば………」




 ヤマトとローランドが二人でこれからの方針を決めていた頃。二人を追跡していた人影は森の中を走り続けていた。


 人影にとって森の中は子供の頃から何度も何度も歩き回った庭の様な場所で、多少焦っていても今更足を取られる心配は無い。


 やがて森を抜けてキリシャ宅が見えて来た頃、人影はようやく気を落ち着けたのか足を止めてその場に座り込んだ。


 その少女、ニナは背後に迫るもう一人の人影に気がつく事はなかった。


 ゴッ


 鈍い音は誰かに聞かれる事はなく、動かなくなったニナの死体は溢れ出る血の中に倒れ込んだのだった。

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