第三話

 キリシャが死んだ。首狩り祭りの真っ最中に、その由来となった伝説をなぞるように首だけの姿にされて。


「赤の街から憲兵を呼ぶべきです。これは明らかな殺人事件ですよ」


 現場の保全をローランドに任せ、ヤマトはゾーラン侯爵に嘆願していた。


「それは出来ない」

「何故です?例えとしてあり得ないですが、事故であったとしても死人が出ている以上は憲兵を呼び、詳しい状況を調べてもらうべきです。ましてや、首を切り落とされて人形の山の上に放置されるなんて、殺人事件以外に何があるって言うんです?」

「君たちにしてみればそうだろう。だが、このワバハリ島は島として独立している。君たちが来ただけでも島民達は揺らいでいるのに、ここに来て赤の街から憲兵がゾロゾロと踏み行って来られれば、間違いなく彼らは怒り狂うだろうな」


 洞窟が見えるゾーラン侯爵の別荘のベランダから見下ろせば、島民達の敵意に満ちた視線がヤマトを睨み返してくる。まるでこの事件の犯人はヤマトとローランドだと言わんばかりの敵意だが、ヤマトにしてみればあの中にこそ犯人がいるのは間違いない。


 しかし確かにあの島民達が、赤の街の憲兵達を前に暴れ回らないとは言い切れない。そうなれば事件の犯人は間違いなく見つけられないだろう。


「なら、僕とローランドさんで犯人を見つけて見せます。その後でなら、憲兵を呼んでも構いませんか?」

「君たちが、か?まぁ出来るものなら構わないが、用心したまえ。恐らく島民達は、今回の事件は君たちがこの島を荒らしたから起きた祟りと信じているだろうからね」

「…………祟り、ですか。そう思っていた方が楽と言うか………都合が良いと言うか」

「ほう?」

「いえ。ふと思っただけですよ。島の観光地化を許せない人にしてみれば、祟りと言い張ればキリシャさんを殺してもバレないと判断したのでは無いか、とね」


 ヤマトの試す様な視線を真正面から受け止めて、ゾーラン侯爵はくっくっく、と笑っていた。その笑いの意味はよくわからないが、ヤマトは何となく底冷えのする様な寒気を背筋に感じていた。


「ならば容疑者は私も含めてこの島の住民百二十人全員かね。なるほど、これはすぐにでも見つかりそうだ」


 明らかに嘲りの混じった笑い声に思わず眉を顰めるが、直ぐにある違和感に気づく。


「貴方も含めて、ですか?貴方は観光協会の要請を受けてくれたのでは?」

「島の若者がやりたいと言えば応援してやりたいさ。だが、このワバハリ島は他所とは関わりを持たない事で平和を保ってきたのだ。唯一、他所と関わったケースが海賊の襲来ともなれば余計にね。だからこそ、彼女たちの頑張りは上手くいかないと分かっていた上で支援したのだよ」

「それは、随分と残酷なのでは?」

「ああそうさ。この島の民は残酷なんだよ」


 そう言ってゾーラン侯爵は堪えきれないと言った様子で笑い転げた。その姿に思わず知らずヤマトは拳を握りしめていた。


 まだ断言は出来ないが、ひょっとすると今回の事件はこのゾーラン侯爵が裏で手を引いているのでは無いだろうか。


 直接手を下したとは思えないし、祭りの間はゾーラン侯爵はやぐらの上で待機していて何処からでも視認出来た。アリバイはある。ならば、実行犯を見つけるところからだ。


「僕とローランドさんで必ず犯人を見つけ出します。くれぐれも捜査の邪魔はしないように、閣下からも島民の皆さんに伝えてもらえると」

「伝えておくよ。まぁ、彼らが聞くとは思えないがね」




 洞窟の奥は未だに血の匂いで充満していて、慣れていないものなら間違いなく吐くか逃げ出してしまうだろうな、とローランドは不意に思っていた。


 状況の保全の為、キリシャの首こそ洞窟の外に出したが人形にこびり付いた血液は消えないし、何より明かりを照らせばあちこちに血の跡が残っている。


 あの時、鐘の音に惑わされることなく洞窟に飛び込んでいれば。そんな後悔がローランドを包むが、過去を思い悩んで目を曇らせてはいけないと気合を入れ直す。


「ローランドさん。やっぱりゾーラン侯爵は憲兵を呼ぶ気はないみたいですね」


 洞窟に戻ってきたヤマトの予想した通りの言葉に、ローランドは思わずため息を吐いた。


「やはりかね。島の人間が犯人だと言うのは間違い無いし、庇っているのだろうか」

「それどころか、侯爵が犯行を指示した可能性すらありますよ。それより現場の状況を改めて確認していきましょうか」

「うむ。本来なら赤の街の憲兵に任せるべきだが、この状況では君にも働いてもらわないとな」


 ローランドは空元気で乾いた笑い声を上げていた。


「まず最初に犯行現場の現状ですね。一本道の洞窟の最奥で、それなりに広いが魔獣は居ない。今は干潮の時間なので所々に水溜まりはありますけど、事件当時は満潮で地面は見えず桟橋しか足場は無かった」


 ヤマトは桟橋を降りて濡れた岩場に足を取られながらその高さを確認していく。恐らく満潮時は成人男性の膝から腰の間までの高さまで海水が上がって来るだろう。


 最奥の広場には少しだけ小高い山の様な石があり、満潮時には島の様になる。そこに人形の首を置いていくのが首狩り祭りだ。桟橋はその島の目と鼻の先まで続いていて、人形の首を簡単に置ける様になっていた。


「キリシャの首は一気に両断されていた。優れた剣か、斧の様な鋭利かつ重みのある凶器で切り落とされたと考えられる。そうなれば、やはり男手の犯行だろうな」

「そして、胴体をどこかに隠した。どこに隠したんだろう?」


 疑問を口にしながらも持ってきたランタンに火を入れ、桟橋の下を探るヤマト。既に半分くらい答えは出ており、その答え合わせはアッサリと出来た。


「ローランドさん。桟橋の下に薄らとですが大量の血液が付着してます。多分、事件直後は桟橋の下に死体があったんですよ」

「私たちがここで首を見つけた時点では、か。だがその後ここからどうやって死体を消したんだ?」

「可能なのかどうかは実験が必要ですけど……………うん。やっぱり」


 桟橋の下を覗き込み、小柄な女性の体ならすっぽりと通ってしまいそうになるくらいには大きめの水溜まりを見つけるヤマト。ランタンで照らせば、チロチロと海の方面に向けて流れている水流に気づいた。勿論、人の死体を流すには不十分な水流だったが。


「何か見つけたか?」

「ローランドさん。もしかしたらここ、処刑場だったんじゃ無いでしょうか?」

「処刑場?」

「島にとって不都合な人物を、祭りの祟りに見せかけて殺す為の装置みたいなものですよ。見て下さい。多分、死体を海に流す為の仕掛けです」


 近くに落ちていた海藻を水溜まりに投げ捨てると、海藻はゆっくりと沈んでいきそのまま岩の影に流れ去っていく。


「今でこそこの海藻を流すのが精一杯ですけど、潮の満ち引きに合わせて島の何処かにポンプか何かあれば、その勢いに乗せて死体を海に流してしまえるんじゃ無いでしょうか。それも、多分ポンプは結構近くにあると思います」


 ヤマトは洞窟を出ると、海と洞窟内で見た水溜まりの水の流れを鑑みて周囲を探る。すると、あった。かなり古いが生活排水の一時保管所だ。


 入ってみると、関係者以外立ち入り禁止の看板こそあるが無人で鍵すら掛かっていない。中は色々な汚れた水の匂いで鼻が曲がりそうになるが、それを我慢して排水タンクを見ると全然溜まっていない。タンク下のレバーを引けば、どこかへ排水される仕組みらしい。


「実験しましょうローランドさん。5分後にこのレバーを引いてみますから、この洞窟に戻ってあの水溜まりの水の流れを見ててください」

「了解した」


 ローランドが保管所を後にし、保管所の時計を当てにして5分後。ヤマトがレバーを引いてタンクの水が勢いよく排出される。中が空っぽになったのを確認してレバーを戻すと、ヤマト自身も洞窟に向かう。洞窟に居たローランドは顔を真っ赤に興奮させて待ち構えていた。


「成功だよヤマト君。水溜まりの水は勢いをつけて流れて行った。今のはタンクに十分の一も入っていなかったな。アレであの勢いなら、タンクに満タンなら人の死体を海に流すだけの水流は十分にあるだろう」

「問題は、誰がやったのかと言う話ですね。ここまで大掛かりな仕掛けも、最初からそう言う目的で作られたのかどうかの判別も難しいですし」

「うぅむ。レバーを引くだけなら誰でも出来るし、何よりあそこまで洞窟から近いなら、実行犯がそのままここに向かっていても時間的には余裕だからな」


 ヤマトとローランドがチケットの為に観光協会の本部に向かいここまで戻って来るまでには大体十五分くらい。キリシャが洞窟に入り、中で待ち伏せていた殺人犯が一太刀で首を落とす。そして首から上を人形の上に置き、胴体を桟橋の下の水溜まりの辺りに配置して保管所に向かいレバーを引く。時間的には無理は無いが、可能性としてはヤマトとローランドが死体に気づいていないうちにレバーを引いて死体を流した可能性もある。


「どちらにせよ聞き込みだな。島の奴らが素直に答えてくれれば良いんだがな」


 ローランドの不安そうな顔に思わずヤマトも真顔になる。余所者への異様なまでの敵意を持つワバハリ島の住民達にまともな書き込みが出来るかどうか。


「やるだけやってみましょう。もしかしたら態度に出すと言う可能性もありますよ」

「だいぶ期待薄だけどもなぁ」

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