ダレの子?
池田蕉陽
第1話 告白
放課後の家庭科室にいたのは、男の教師1人、男子生徒3人、1人の女子生徒の死体、そして眠っている赤ちゃん。
4人の男達は思った。
どうしてこうなった......っと。
事の発端は、靴箱に入っていた大学ノートの切れ端という名の手紙からだった。
俺はそれがあると初めて知った時、ラブレター!? と興奮して、辺りに人がいないか見渡した。
当然、登校してくる生徒達は何人もいたが、幸いにも知っている奴はいなかった。
俺が見渡した理由は、仲の良い奴がこのことを知ったら絶対俺を茶化すに決まっているからだ。坊主頭をチャームポイントにする野球部はいつだっていじられ役なのだ。
俺は友達がこないかというそんな不安と高揚感を抱きながら、手紙を読んだ。
内容はこうだった。
『高藤へ。 放課後、家庭科室にきて』
差出人は無名。もしかしたら知られたくないのかもしれない。家庭科室に現れた人が、告白相手は私でした!っと俺をびっくりさせたいのか。
って! こんなノートの切れ端を使うとか絶対ラブレターじゃないだろ! 心の中でツッコミ、今更それに気づく。
俺は溜息混じりで切れ端の紙を制服のズボンポケットに入れると、中でくしゃくしゃになる音が聞こえた。
終礼が終わり、若い男の教師の田中先生が「さようなら」と礼をすると、生徒達がズラズラと教室から出ていった。
俺もそれにつられて教室を出て、しばらくは生徒の集団に紛れていたが、やがて部活勢と家に帰るものがグラウンドの方へ向かった。
俺も本当なら同じようにグラウンドへと野球部の部室に足を運んでいた。
夏の甲子園が終わり受験に集中しないといけない時期なのに、3年生である俺がまだ部活動をしているのには勿論理由がある。
理由と言っても練習をするというのが理由なのだが、何故練習をするのか。
それは、俺達の高校が甲子園準優勝をし、投手である俺はドラフト候補に『神の肩』を名目に特Aランクに載っているからである。
つまり、俺はプロ入りをするのだ。
まだ100%ではないが、ほぼ100%だ。
そのために、3年生の俺だけがプロで活躍するために練習をするのだ。
ドラフト候補に俺が載った時、両親は号泣し俺より喜んでいた。その日は10年振りに家族で焼肉に行ったくらいだった。
幼い頃から家は貧乏なのに、俺が好きにった野球に関してはお金を惜しまなかった。俺もそれを無駄にしないように必死にプロを夢に練習してきた。みんながゲームして遊んでいる時も、勉強をしている時も、俺はその時間をずっと野球に費やしてきた。
そして、両親の応援と俺の努力が報われ、ついに夢をこの手で掴み取る1歩手前まで来ている。
そんな感じでプロで活躍する自分の姿を妄想している内に、家庭科室の前に到着していた。隣の教室は調理室だ。
さっきまでなんとも思っていなかったはずなのに、急に心臓の鼓動が早くなりはじめる。
周りに人がいないことを何となく確認すると、俺は横扉をガラガラと開けた。
同時に俺は拍子抜けした。
確かに人は待っていた。
それなのに俺が拍子抜けしたのは家庭科室に2人の男子生徒が離れて座って待っていたからである。
しかし、俺はその待っている2人の男が誰か分かると、少し驚いたのも事実だ。
1人は川田 爽太。俺と同じ3年生で背が低く童顔である。気弱そうでいつもおどおどしているが、なんと全国模試一位の東大志望の天才少年なのだ。
2人目は
なぜ2人は俺を呼んだんだ? そして一体なんの用があるというのだ。
俺はそれらの疑問を訊こうとすると、峯に先手を取られてしまった。
「こりゃー驚いた、ドラフト特Aランク候補の高藤 拓斗じゃん」
峯が椅子の前二足を浮かせ、ぐらぐらと揺らしながらそう言った。
「た、高藤くんが僕達を呼んだの?」
一瞬川田の声が小さすぎて何を言っているのか分からなかったが、もう一度それを脳内で再生すると多分こうだろうと言えるものが組み立てられた。そして同時に訝しさを覚えるのであった。
「いや、違う。2人が俺を呼んだんじゃなかったのか?」
川田はかぶりを振る。
「え? 高藤でもないの? じゃあ俺達3人を呼んだのは誰だ?」
峯が『3人』と口にして、峯と川田も俺と同じ呼ばれた側なんだなと分かった。
そしたらこの2人も、告白されるかもしれないと心踊らせながら来たのかもしれない。川田の場合は失礼だが、女慣れをしていなさそうなので、かなり緊張していたかもしれない。峯の場合はきっと女慣れしているだろう。でも、ジャニーズに入るから告白を断る気だったに違いない。
「分からない。でも呼んだなら必ずその人は来るだろうから待つしかないだろ」
俺はそう言って扉を閉め、そこから1番近い机に鞄を置き座った。ちなみに1番遠くにいるのは左端の掃除道具入れロッカーのすぐ横に座る川田だ。教室の中央に峯が座っている。
「てか、あれだな。多分俺たちが呼ばれた理由って3人がこの学校の有名人ってことに関係してるよな?」
峯が頭の裏で両手を組み天井を眺めながら言った。
自分が有名人と認めるのはなんだかナルシスみたいで気が引けるが、それが関係していないと言いきれないのは確かである。
「かもしれないな」
その途端、ドアが開いた。反射的に目をそこに向ける。
そこには俺のクラスの担任、田中先生がたっていた。メガネが光に反射して田中先生の目が見えない。
「た、田中先生?」
俺は意外な登場に思わずそう口から零れた。
「なーんだ、呼んだのは先生かよ」
峯があからさまに残念がる。やっぱり女子と期待していたのだろう。
「先生かよって、君たちだろ? 僕を呼んだのは」
「「はい?」」
俺と峯の声がシンクロする。川田はただずっと黙っている。
「違うのかい? 僕は放課後ここで待っていると書かれた手紙が、教務用のロッカーに入ってたから来たんだけど」
俺達3人が「?」を浮かべながら顔を見合わせる。
「俺達も多分同じ手紙を貰ってここに来たんです」
2人が同じ手紙を受け取ったのかは知らないが、誰もそこに口を挟まないので恐らくそういうことなのだろう。
俺の説明に田中先生は顎に手をやり「ふーむ」と考えた。眼鏡をかけた田中先生のそのポーズはなんだか様になっていた。
「じゃあ僕達4人を呼んだのは誰だろう」
「俺と川田もずっと待ってるんですけどね、まだその手紙の差出人は来てないです」
「そうなのか。ならもうちょっと待ってみよう」
田中先生が扉を閉め、教卓の後ろの椅子に腰掛ける。
「それにしても、なんで僕達が呼ばれたんだろう」
田中先生が先程俺達3人が話していたことについて口にした。
しかし、田中先生が来たことによって理由が覆ってしまった。俺達生徒3人だけが呼ばれていたのなら『有名人』という共通点で説明出来た。でも、田中先生は女子生徒に少し人気があるくらいで別に有名人でもなんでもない。
確か妻と5歳の娘がいるだけだ。
「それをさっき3人で話してたんですけ......」
峯がそこまで言うと、言葉を遮るように扉がガラガラと開かれた。
俺たちは一斉にドアを開けた者に注目する。
「おまたせ、愚か者たち」
そいつはニコッと不気味な笑を見せた。
そして事前に打ち合わせをしていたかのように、4人の両目が野球ボールのように見開いた。
そこに立っていたのが、3年生になってすぐ不登校になった女子、三上 桃だったから驚いたわけではない。
もちろん、それに驚かなかったわけではないが、それだけではこんなにも汗はかかない。
俺達が一番に驚いたのは、そう、三上のお腹だ。風船のように膨らんでいる。それも、もう破裂しそうなくらいに。
三上は妊娠していた。
妊娠についての造詣は俺にはないので詳しくは知り得ないが、もうすぐ産まれそうなのは大きさで何となく分かった。
三上は学校にいるのにも関わらずセーラー服ではなく、妊婦用のワンピースを着ていた。ここまで来るのに、誰にも止められなかったのだろうかと不思議に思った。
しかし、そんな疑問もすぐに吹っ飛ぶくらいに俺は焦燥していた。
そして、糸が絡まった頭でなんとか順を追って整理していく。
約9か月前、3年生になってちょっとした頃、俺と三上はセックスをした。
別に付き合っていたわけでも友達というほど親しいわけでも無かったが、三上が急に「ヤりたい」と誘ってきたのだ。その時、俺は鳩が豆鉄砲を食らった顔になった。
三上とは3年生で初めて同じクラスになった。全然喋ったこともなく、ただ『可愛いな』という認識しかなかった。
あと、特に目立った行動はなかったが、丸山という女子とやけに親しそうにしていたことは、ずっと2人が一緒にいたせいか頭の隅に残っている。
そんなごく普通の女子が突然やろうと誘ってきたら、誰だって愕然とするに違いない。
たしか俺は戸惑いながらも「なんで俺と?」ときいた。
三上は「ヤりたい気分なの、高藤は中の上だから選んだ」と答えた。俺は中の上って細かいなーと思いながらも、悪い気はしていなかった。
俺も好きな人以外ヤらない性というわけでもないし、三上は美貌の持ち主だった。なので最初は困惑していた俺も段々ヤりたくなってきて、三上の誘いに乗ることにした。
俺はその時童貞ではなく、1回だけ高一の時の彼女と経験していた。三上とやった時は勿論別れていて彼女はいなかった。
セックスをした場所は三上の家だった。俺は家の人は大丈夫なのかときいた時、「私、家族いないから」と無表情で言ったのを今でもセックスより鮮明に覚えている。
三上は「中に出していいよ」と言った。俺は流石にコンドームを付けると断ったが、三上は自分が妊娠しない体と言い張った。どんな事情でそんな体なのかはさすがにきかなかったが、俺は「まあ、それなら」と中に出してたのだ。
それなのにどういうことだ。
あんなにも腹が膨れて、今にも産まれそうじゃないか。
俺はさらに頭を回転させた。それからは最悪なことしか思い浮かばなかった。
俺は騙された? もしかして性感染症になってる? 両親にどう説明すればいい?
そして1番最悪な想像が、ドラフト候補から外されてしまうということだった。
勉強は今まで全然してこなかった。知能だけで言えば小6と大して変わらないかもしれない。高校にだって野球推薦で入った。もちろん大学に行く頭脳はこれっぽっちもない。プロ入りが出来なければ、工場かどっかの休みがない給料の少ないクソみたいな所で社畜として扱われる。
俺の夢が儚く散ってしまう。
たった1回のミスで。
その言葉が頭の中で反芻する。
そして、怒り、絶望、焦り、俺はそれらを含んだ怒号を三上にぶつけようとした瞬間。
「ど、どういうことだよ桃!!! 」
椅子から立ち上がって発狂したのは、俺ではない。峯だ。どうやら下の名前で呼び合う関係らしい。
峯の口調からして、不登校だったからか妊娠のことは知らない様子だ。
そう言えばなぜ不登校になったんだ? とふと疑問を抱いたが、妊娠してしまって中絶費を稼ごうとしたのではないかと推測した。家族はいないといっていたので、頼れるのは自分しかいなかったのだろう。
いや待て、頼れる人はもう1人いるはずだ。それは俺だ。三上を妊娠させてしまったのはきっと俺だ。ずっと不登校で俺に何も告げないままでいるのはなぜだ? てか、そもそもどうして他の3人も呼ばれている?
俺は考えれば考えるほど迷宮に奥深く進んでいき、頭が痛くなってきた。
「どういう事って見たら分かるでしょ? 妊娠してるの。多分あと1週間もしないうちに産まれると思う」
三上が他人事のように笑う。俺は顔の筋肉が固まって笑うどころじゃない。
さっきは自分のことを考えるので精一杯だったが、今少し冷静になって皆の顔を一瞥すると、3人して全財産破産したかのような顔つきになっている。田中先生に関しては、背中のスーツが汗で大きく黒い円の染みができていた。
俺は皆にとっても、そんなに三上の妊娠が驚愕させられることなのかと疑問に思ったが、不登校だった三上が妊娠した状態で現れたら驚くか、と腑に落ちた。
「妊娠してるって......お前話が違うじゃねーか!!!」
話が違う? 俺はそのフレーズに妙に引っかかってしまう。
「あなたは騙されたのよ、私に」
嘲笑う三上に、怒りが頂点に達したようで「てんめぇぇ!」と峯が殴り掛かる。
「あ、いいの? 暴力なんか起こしたらジャニーズに入れないんじゃない?」
三上のその悪魔のセリフに峯は足を止めざる負えなかった。額の青筋がマンガのように浮き出ている。
「三上、騙されたってどういうことだ?」
俺はさっきから胸に引っかかっていたことをきいた。
「私が妊娠しない体って言ったら、峯が喜んで中に出してきたってことよ」
「え?」
嘘だろ? それが本当なら峯は全く俺と同じ状況に置かれているってことじゃないか。何がどうなっている。これ以上俺を混乱させないでくれ。
「じゃ、じゃあそのお腹の子は峯くんのってことなんだよね?」
田中先生の発言に気のせいか、安堵の様子が入り混じっている感じがした。
それに三上が「さあ、わからない」と両手を上げ、肩を竦めてみせた。
「え? 分からないって? どうして?」
川田だけがどうでもいいと思っているのか平静としていた。質問だって純粋に知りたいという欲望だけしか感じられなかった。
そんな川田の顔を眺めていると、次の三上の台詞で口をあんぐりとさせ、俺も峯も田中先生もそうせずにはいられなかった。
「だって、私ここにいる全員と同じ時期に中出しセックスしたんだもん」
「「「「は?」」」」
全員の声が合唱コンクール以上にハモった。
全員と中出しセックスしただと? 俺だけじゃなかったのか?
また頭が混乱してきて痛くなる。
ゆっくりと整理する。三上は俺、峯、川田、田中先生全員と中出しセックスをしたと言った。それで峯や田中先生の慌てぶりは納得できた。川田のあの妙な他人事の様子は俺には分からなかったが。
でも田中先生ともセックスしたって、先生は妻と娘もいるはずだ。本当にあの温厚な先生が?
俺は田中先生に目を向ける。峯も川田も俺と同じ考えをしていたようで、田中先生に注目を集める。
田中先生は3人からの視線を感じたらしく、わざと合わせようとはしなかった。
「田中先生、本当ですか? 桃とセックスしたって」
峯は眉間に皺を寄せて険しい顔をしていた。桃と呼ぶ間柄なので、もしかしたら付き合っていたかもしれない。峯はそれで怒っているのか、それとも妻子を持っているのにセックスをしたことに怒っているのか、もしくは両方か。俺には分からなかった。
「ほ、ほんのちょっと間がさしただけなんだ......」
田中先生が俯く。丸まった背中が猫より頼りない。
「奥さんも子供もいるのにどうして?」
俺の質問には田中先生は答えず、ずっと黙ったままだった。
「で、でも君たち3人もしたんだろ!? しかも皆輝いた将来が待っているっていうのに! これが世間にバレたらプロ野球選手にもなれないしジャニーズにも入れないし東大にも行けないかも知れないんだよ!?」
自分だけが責められていることに耐えられないのか、俺たちに矛先を向けてきた。でも、田中先生の言うことは最もだった。それはさっき自覚したことでもある。
俺と峯が反論できなくて訥々とする。
しかし、川田は違った。
「え!? と、東大に行けないってどういうことですか!?」
川田が今日一、目を見開かせていた。どうやら事の深刻さをまだしっかり理解出来ていないようだ。
「どういうことって、三上さんを妊娠させたとなれば、君は責任を負わないといけない。もう中絶は手遅れだから産むしかない。だから川田くんは三上さんと子供を養うために、就職って形になるかもしれないってことだよ」
「え、ちょ、ちょっと待ってください! 僕三上さんを妊娠させていません!」
慌てているのか、川田は早口になっていた。
「は? でも桃がお前とも中出しでやったって言ってるじゃんかよ」
川田はその途端、顔を真っ青にして「な、中に出したら妊娠しちゃうんですか?」と峯にきいた。
俺は呆れてしまった。全国模試一位という肩書きが嘘に思えてきた。
峯も「お前それ本気で言ってんのか?」と目を丸くしていた。
「高3にもなってそれ知らないとかお前やばすぎだろ」
「川田は頭いいくせして性知識は皆無だからね。だから私が誘惑してエッチすることになったら、こいつ理性失った野獣みたいに腰振ってそのまま中に出してきたからね。ほんとバカ」
川田に親指をさしながら三上は冷冷と馬鹿にした。
2人からの罵倒を受けた川田は膝から崩れ落ち、ようやく自分の立場が理解したようで「僕が東大に行けない?」と呪いのように何度も口にした。
その様子をしばらく眺めていると、川田が急に立ち上がり「ぼ、僕は関係ない! 絶対に何かの間違いだ!」と豹変しきった顔で後ろの扉に向かって走り始めた。
逃げる! と俺が思った頃には、一番近かった峯が俊敏な動きで川田の腕を掴んだ。やはりジャニーズに入るだけあって運動神経もいいようだ。
「お前だけ逃げんじゃねえよ!」
「離してくれ!!」
耳に峯の言葉は全然入っていないようで、掴まれた腕を強引に払いのけようとする。それでも力の差は歴然としているので、当然川田は逃げることはできない。
「落ち着け川田! まだお前が東大に行けなくなったわけじゃない! きっと三上はその弱味に漬け込んで、なにか交換条件をだしてくるはずだ」
三上がここに現れた理由を俺は密かに考えていたが、間違いなくそれで合っているはずだ。
あのお腹の子の父親の可能性がある俺達4人を集め、三上がわざわざここにきた理由はただ妊娠報告をするためではないのは確かだ。
それなら妊娠したと分かった直前で俺たちにそうするはず。でも、三上はあと1週間もしないうちに産まれる状態で俺たちの前に姿を現した。これは、俺たちに焦りを与えるため、思考を鈍らすため、中絶をさせないためであると俺は踏んでいる。この条件下で三上が現れたということは必ずなにか交渉をしてくるはずだ。
「なあ、そうなんだろ?」と俺は三上の方を振り向く。
三上は口元を緩めたあと、「その通り、なんだ、川田よりハゲの野球馬鹿の方が頭いいじゃない」と賞賛と侮辱をしてきた。
俺がその考えを導き出せたのは、思ったよりすぐに冷静になれたからである。きっと試合の最終回、ツーアウト満塁サヨナラホームランの危機を何度も潜り抜けた俺だから出来たことだろう。川田が性知識と冷静さを持ち合わせていたら俺よりもっと早くこのことに気づいたはずだ。
俺はそれにうんともすんとも言わなかった。川田も少し落ち着いたようで、峯が警戒しながらも腕を離した。
「ちょっと待って!」
三上の交渉とやらを口から放たれるのを息を潜める気持ちで待っていると、田中先生がそれを遮った。
「どうしたの? 先生」
三上が蔑むようにニヤニヤしている。
「やっぱりおかしい、何度も思い返してみたけど僕は君の中に出していない」
「え?」
峯が眉を寄せる。
「僕はゴムを付けていたはずだ! だからその子供は絶対に僕のじゃない!」
田中先生が俺達に勝ち誇ったようにドヤ顔を見せた。
しかし、「先生そのことなんだけど」三上が手を挙げ言葉を挟む。田中先生がそれに「なんだい?」と首を傾げた。
「先生あの時焦ってたから知らないと思うけど、破れてたの」
数秒の沈黙が訪れる。やがてそれは田中先生の「は?」というソプラノ声で破られた。
「だから、コンドーム破れてたの。全部中に出てた。いや、破れてたは適切じゃないね。私が事前に穴を開けてた。でも、先生イった後、急に罪悪感覚えたのか知らないけど、すぐにゴム取って逃げたじゃん。やっぱり気づいていなかったんだね」
三上がクスクスと笑う姿はまさに悪魔同然だった。女王様として豚男にムチを振る舞う姿が自然と脳裏に浮かび上がる。
「ださ」
峯がそう吐き捨てる。俺も共感してしまう。その姿は想像しただけで情けなさすぎた。イッた後に妻子に申し訳なくなって逃げるくらいなら、元々そんな行為しなければいいのだ。
田中先生が「嘘......だよね?」と声にならない言葉を漏らし、先程の川田同様、膝から崩れ落ちた。
「残念だけど、ほんと」
三上が
「それで桃がそんな真似してまで俺たちに言いたいことってなんだよ」
峯が述べるそんな真似とは、ゴムに穴を開けたり、俺と峯に嘘をついてまでということなのだろう。
三上が一泊置いてから喋り始めた。
「私と産まれてくるこの赤ちゃんを養ってほしい」
三上が自分の膨れたお腹を擦る。
「養うだと?」
峯は眉間に皺を寄せ、田中先生もようやく少し落ち着いたようでひょろひょろと立ち上がった。
「そのままの意味だよ。そこの3人は絶対金持ちなるし、田中先生も今仕事してお金もあるでしょ? でも私は肉親1人もいないし、子育てをしないといけない。だから養って貰う必要があるの」
なるほどな、と俺は思った。
収入の波が上まで達するまで田中先生が養い、俺と峯が有名になってきたらさらに俺達も養う。そして東大を卒業をして大企業に入社した川田が加担する。三上はそういう計画なのだ。
俺たちの進路を知っているのはSNSでも注目されているからそれで得たのだろう。知るには容易かったはずだ。
それを断るとなれば、無論俺たちは世間に訴えられ、俺はドラフト候補から外され、峯はジャニーズ契約を切られ、田中先生は離婚し、川田は東大へは行かず就職の形になる。
しかし、三上のその作戦には穴があった。俺はそれを見逃さなかった。
「三上、俺たち4人から養ってもらおうなんて無理な話だ」
俺の
「なんで?」
「お前は俺たち全員を踊らせようとしたんだろうが、実際一人しかできない。そいつはその子の父親だ。その子が産まれ、血液型で父親が誰か明らかになったら、ほかの3人はトンズラこくに決まっている。自分が父親でないことがわかり、セックスした証拠が消えたならもう怖いもんはないんだからな。今その子は俺達の抑止力でしかない」
痛いところをつかれたようで、三上は舌打ちをした。どうやら自分でもその欠陥は把握していたみたいだ。一見最良な作戦と思われるが、いざ父親が誰か分かった時、ほかの3人は間違いなく逃げる。三上は多分、全員に「お前が父親」と明かし、俺たち同士をお互い近づけないようにして、かつ逃げられないようにし、金を貰うつもりだったんだろう。
しかし、俺に今それを指摘されたことによりもうその作戦は無効になった。
全く、女ってやつは怖い。
「ほ、ほんとだ! じゃあ僕は4分の1の確率で東大に行けるんだ!」
川田が闇の絶望から微かに光の希望を見つけたようで、目が先程と比べ生き生きとしていた。
「4分の1かー」
対して峯は4分の1に自信なさげなようで、渋い顔になっていた。今まで運に助けられたことがあまりないのかもしれない。
「確かに、実質責任を取るのはその子の本当の父親だけでいい。ほかの3人はただ性行為をしたってだけになる。冷静さを欠けていたせいでそんな簡単なことにも気づかなかったよ。ありがとう高藤くん」
まさか感謝の言葉を貰えるとは思ってもいなかったので、急にもどかしくなってしまう。
「あーあ、バレちゃった。こんなことなら高藤を巻き込まない方がよかったのかもね」
俺だって巻き込んで欲しくなかったと心の中で呟く。
「まあいいや、それでも絶対に一人からは養ってもらうから」
俺はその一人ではありませんようにと心に強く願った。
「なら、さっさとみんなの血液型を把握しておこうぜ、俺はB型だ」
峯が先陣を切って明かし始める。
「流石に被るくない?一応私もB型」
確かに被るなと思いつつ「俺はO」と明かした。
「僕はA型」と田中先生が。
「ぼ、僕はO型」
「じゃあその腹の子がB型だったら俺の子ってわけか」
峯がそうでなかってくれと心で祈願しているのがミシミシ伝わってくる。
「O型だったら俺か川田だな」
川田と目が合い頷き合う。
「今思ったんだけど、血液型じゃなくてDNA鑑定でもいけるね」
田中先生の別の方法に「あーそう言えばそれもあったのか」と全員がなる。
話の区切りがつき、気まづい沈黙が数秒訪れると、峯が溜息ついでに口を開けた。
「てか、最悪だな。俺たち兄弟じゃん」
俺は言っている意味が分からなかった。川田は知っているのだろうかと顔を窺うが、首を傾げていた。
「峯くん、嫌なことを言わないでくれよ」
田中先生は意味を知っているようで、目を細める。
「兄弟ってどういうことだ?」
俺はきいた。
「だから、俺たちは同じ穴で繋がりあった兄弟ってことだよ」
あっ......と納得したが、知らなければよかったと後悔した。川田はそれを聞いても首を振り子のように動かしていたが、説明するのが億劫なのでほっとく。
「ふんっ、バカバカしっ」
三上が鼻を鳴らし、踵を返そうと後ろを振り向いた。
「じゃあそういう事だから。また産まれたら連絡する。じゃっ」
三上がドアに手を触れた瞬間、突然「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙」と唸るように低い小さな悲鳴をあげ、しゃがみこんだ。
「三上さん? 大丈夫!?」
田中先生がすかさずしゃがみこむ三上に寄り添った。
俺達子供3人は「え? なに?」と固まっていた。
「ど、どうしたんだよ」
峯が心配そうに首を伸ばすようにして様子を覗く。
「た、大変だ......」
田中先生が血相浮かべて俺たちの方を振り向いた。
「どうしたんですか?」
俺は田中先生の顔を窺い、ただ事ではないと勘づいた。
そして、田中先生は重い口を開けた。
「産まれる」
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