最終話「ソラハとスミカ」

私は、スミカさんと幸せな時間を過ごして。

その気持ちを心で噛み締めながら、家路に着きました。

家に帰るとお母さんは、私の風邪を心配していて。

私は慌てて風邪のふりをする。


「大丈夫?」とお母さん。

「まだ熱っぽい、かな……。今日は休むね。ご飯はいいから」


そういって、私は部屋に入るなり、ベッドに倒れ込む。

今日一日の、幸せな思い出を噛み締めながら。


気付くと私は眠っていました。


窓から差し込む陽の光。

私はシャワーを浴びて、お母さんのご飯を食べる。


「そういえば、昨日のダッフルコートはどうしたの?」

「待島さんに借りたの。身体が冷えるといけないからって」

「今日は学校、大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ。あ、お母さん、ご馳走さま」


私は、急いで身支度をする。


「事故には気を付けるのよ。あと、身体の具合がまだ悪かったら、早退しなさい」

「わかった、ありがとう。いってきます、お母さん」


私が学校に着いて、教室の扉を開けると。

一斉に私に視線が向けられた。


それは、好奇の目。嫌悪の目。


奥で、スミカさんが誰かと言い争ってる。


それを見ていた私に、同じクラスの女の子が近寄ってくる。名前は覚えてない。興味がないから。


「ねえ」


その女の子は――ニヤニヤしながら聞いてくる。

「青景さんって、待島さんとデキてるの?」

「え?」

「昨日、見たの。待島さんが青景さんのほっぺに、キスしてるとこ」


見られて、たんだ―――


堰を切ったように、口々に囃し立てる声が、合唱となる。


「レズ?」「生産性ないよねー」「気持ち悪い」


みんながどっと笑い出す。


私は、急に向けられた悪意に呆然としている。


そうすると、スミカさんが私の方に、つかつかと歩みよってきて。


私に最初に話し掛けてきた女の子に、平手打ちした。


「何すんのよ!」

「黙りなさい」


スミカさんは、短く告げる。


平手打ちされた女の子が、スミカさんに平手打ちを返す。


スミカさんは怯まずに。間髪入れず、二発平手打ちをその子に返す。


「――な」

「黙りなさい。同じことを、二度言わせないで。その薄汚い口を閉じなさい。」


女の子はスミカさんに気圧されて黙る。

不満そうな目を彼女に向けたまま。


まるでそれが合図だったかのように、チャイムがなった。


それから四時間目まで。スミカさんは一言も私には話し掛けなかった。


昼食兼昼休みの時間。私は購買で買ってきたコロッケパンを頬張りながら、フルーツ牛乳を片手に校内放送を見ていた。無難に音楽を流している。手抜き放送。っていうか、何処もこんなもんか。


相変わらず、私とスミカさんのことをヒソヒソ噂する声は絶えなかったけど。


朝のスミカさんのトリプルの平手打ちが効いたのか、私にそのことで話し掛ける人はいなかった。まあ、私に話し掛ける人自体そもそもいつもあんまりいないんだけど。

私はフルーツ牛乳をテーブルに置く。


ザワザワと声がした。気付くと、みんなが校内放送を見ている。


私がテレビの画面を見ると――そこに、スミカさんが立っていた。


どうやって、あの厳重な(知らないけど、簡単に入れるとも思えない)放送室の警備を突破したんだろう。


スミカさんは話し始める。


「わたしが、とある女生徒とキスをした、という噂が流れています」

スミカさんは続ける。

「――確かにしました。ごめんなさい。イタズラ心で、彼女の頬にキスをしました」

「この場を借りて、その女生徒には、謝りたいと思います。すいませんでした」


スミカさんは深々と頭を下げる。


そして、続ける。


「わたしが悪かったのは認めます。でも、くだらないこと、いわないでください。気持ち悪いとか、生産性がないとか。そんなの蛇足です。誰が誰を好きになってもいいでしょう?」


そこまでスミカさんが話したところで、先生が生徒に連れられて入ってくる。


スミカさんは無抵抗で取り押さえられる。


そして、退場。後には、沈黙。


――そしてそれを境に。スミカさんは二度と、学校に来ることはありませんでした。


その後も私とスミカさんの噂話は聞こえたし。

ヒソヒソと、悪口をいう人はいたけれど。

結局私は、「被害者」ということで、結論付けられたみたいです。


学校に来なくなったスミカさんには、面白おかしい噂が飛び交ったけれど。

やがてそれもいつしか、みんな飽きていわなくなりました。


――以上が、待島スミカさんと、私、青景ソラハとの、数日間のお話です。


スミカさんが結局何処に行ったのかは、わからずじまいで。


それでも、教室に行く度に、私はあの鮮やかな瞳を探していました。


それは空の蒼のように気高くて。海の碧のように私を惹きつけた。


これで、私と待島さんの話はおしまい。


「巧く書けたかな………」


私はようやく、スミカさんと私……ソラハの物語を書き終える。


あの後、女子高を卒業した私は絶賛大学生活満喫中。の筈が。不合格で現在浪人中。


受験勉強をする筈が、スミカさんとの思い出話を書いている、というわけなのです。


「コンビニ行ってこよ……」


私は簡単な外出着に着替えて外に出る。


コンビニに行って、簡単な買い物を済ませる。そして、帰るまでの道に。


忘れられない顔を見掛ける。


私より、少し低い背。

茶っぽい黒の、長い髪。

気高い佇まい。

そして、まるで空のような。或いは海のような青い瞳。


彼女は、私に優しく微笑みかける。


「また会ったね、ソラハ」

「スミカさん……ううん、スミカ」


私は、コンビニの袋を落としてしまう。


「ずっと、会いたかった」

「わたしもだよ。ソラハ」


「そしてきっと、また会えるよ」


「え?」


スミカは、私の横を通り過ぎながら、ポンと肩を叩く。

「ダッフルコート、大事にしてね」


そういって、イタズラっぽく笑って、そのまま足早に、私の横を通り過ぎる。


「待っ、て――」


振り返ると、スミカの姿はなかった。


人込みを見渡したけど、見付からない。


コンビニの袋をほったらかしにして追いかけたけど、見付からなかった。


でも、不思議と、辛くはなかった。


スミカは、元気だった。

私のことも、覚えてくれてた。


だからそれで、私は充分だよ。


きっといつか、また会える。



私………青景ソラハが。待島スミカの物語を覚えている限り。

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君の瞳 黒木初 @kirisy

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