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「うわっ! なんだよこれ!?」

「ちょっと! なによこれ!?」


 彼らの宴の後をやっと片付け終わり、部屋の探検を始めた私たちは、それぞれ別の場所で同時に叫び声を上げた。


「おーい波瑠! こっち来てみろよ? こりゃひでぇや……」

 何も無いガランとしたベッドルーム予定であろう部屋からリビングを抜け、声のした方、廊下の先の部屋へ行くとそこは……。


 なんということでしょう。


「う、そ……」


 四畳半ほどの狭い部屋の中に、堆く積み上げられた段ボール箱。いったい何時何処からかき集めて来たのだろうと思うその箱たちの表面には、りんごにみかん、麦茶にビール等々、様々な絵柄がプリントされている。


 当然のごとく、どの箱が誰のものなのか、どの箱に何が入っているのか、開けてみるまで判別不可能という素晴らしいものたち。


「そっちは?」

「なんにもない」


 彼らは、自分たちが履くスリッパを人数分揃え、自分たちが心地よく宴会をするためにリビングセットを設え、自分たちの飲み物を冷やす冷蔵庫を買い、用を足すためのトイレットペーパーと手拭きタオルをセッティングした、つまり、その他は空き家同然なのだ。


 そして、両家にあった私たちの荷物は、とりあえず何処かから調達して来た段ボール箱に詰め込んで、この部屋に運び込み積み上げられたわけだ。この山を一目見れば、中身への気遣いがあったかなかったかなんてことは、考えるまでもなかろう。


 宴の後片付けをしているとき、キッチンに食器や鍋釜が無いのは気がついた。細かいものは好みがあるだろうから自分たちで揃えろという配慮なのかと思いつつ、一瞬、嫌な予感が過ったが、まさか、ここまでとは。


「俺たちのために家具を揃えたって言ってたよな?」

「うん。そう聞いた」

「荷物は全部運んだって」

「そう、運んでるねきっと全部。だから、今日からここで暮らせって言ってたよね?」

「ああ、そうだ。そう言ってたな」

「片付けまで全部してくれとは思ってないけどな」

「それは、そう……」


 続く言葉を飲み込む。呆然と段ボール箱の山を眺めながら暫しの沈黙の後、俊輔がそっと部屋のドアを閉めた。


 リビングへ戻りふたり並んでソファに深く腰を沈めると、背もたれに背を預け脱力して天井を仰いだ。


「どうするよ? これから……」

「どうするもなにも、あれを片付けるしかないよね? あ、その前に収納家具買わなきゃ」

「収納が無いと荷物取り出しても入れる場所がねえもんな」

「ベッドとか布団も」

「無いと寝れねえもんな……」

「それと、食器とか鍋とか生活用品も色々」

「全部かよ……」

「全部だね……」


 目の前に立ち塞がる膨大な雑事に溜め息しかでてこない。


「どのくらいで片付くかな?」

「さあ? やる気次第じゃない?」

「波瑠、おまえ仕事は?」

「うーん、今週は片付ける時間あると思うけど、来週あたりからまた少し忙しくなるかな?」

「俺、週中から週末出張だわ」

「そっか……」


 週中からは私ひとりで片付けか。買い物はある程度通販を利用すればいいが、受け取りのためにここにいなければならないし。時間を見つけてこまめに通い片付けるとしても、仕事のペースを考えたら簡単にはいかないだろう。いったいいつになったら、ここで暮らせるようになるのか。先が思いやられる。


「着替えが足りねぇな……」

「ん?」

「おまえの仕事場に置いてあるやつ、仕事のスーツ二着と普段着と下着」

「いいんじゃない? いまさら誰に見せるわけじゃないし、一日置きに同じの着ていけば?」

「鞄も箱ん中。出張行けねえ……」

「新しいの買えば?」

「嫌だ。そんな勿体無いことできるかよ」

「けち」

「倹約家って言って」


 あれが足りないこれも駄目とブツブツ文句を言いたい俊輔の気持ちはよくわかる。この箱の中から探し出す気力がわかないのは私も同じだし。


 私は、あのだまし討ちの見合いには怒りしかわかないけれど、必要な荷物を実家から運び出すことができてよかったと、こっそり母に感謝した。


「……帰るか」

「……うん。帰ろう」


 そうだ。だらだらと無駄に時間を過ごしても仕方がない。それよりも……。


「腹減ったな。どっか寄って飯食うか?」

「焼肉がいい! もちろんあんたの奢りで」

「ふざけんなよ……」


 睨み合うはずが、顔を見合わせて苦笑いする。


「なあ、俺たち、やっぱりこれからもずっとあいつらに振り回されんだよな?」

「そうだねえ」

「抵抗しても無駄だよなあ……」

「いまさら抵抗のしようがある? 人間諦めが肝心だってば」

「……達観してんのな、おまえ」


 逃げようにも逃げられない縁がある。

 逃げても追いかけてくる縁がある。


 どうせ逃れられないのなら、無駄なことを考えずに諦めて、それを楽しむしか方法はないのだ。


 母はあれやこれやと何かを思いつけば突っ走り、父は空気。口の悪い妹には顔を合わせれば常にグサグサと痛いところを突かれ言い返す術もない。


 愛しのみーさんを除いた面々との付き合いは、少々面倒だが、その面倒もお互いを思い合う気持ちから始まっていることはよく理解しているつもりだ。俊輔にとっての浅野家の人たちもきっと同じだろう。


 彼らの側にいて一緒に過ごせる時間を大切にしたい。だから、文句は言いきれないんだよなあ。 



「鍵閉めた?」

「うん」


 俺は奢らねえぞと宣言をする俊輔を尻目に焼肉焼肉と即興で歌う私に、苦笑する俊輔。顔を見合わせ、もう一度やれやれと溜め息を吐き、私たちは手を繋いで新居予定の家を後にした。


 こりゃ、当分仕事場住まい決定だね……。



--ホント、やれやれだわ。めでたしめでたし? ( ´ ▽ ` )




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わたしたち、いまさら恋ができますか? いつきさと @SatoItsuki

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