第二十七話 あくまで一章の最終話! 春の訪れを告げたキラキラ雪。


「……ちゃんとつづられてる」


「なっ、あたしが話した通りだろ?」


 本当にその通りだった。山田やまだは日記帳の表紙にえがかれているみずきちゃんに夢中なのがほとんどで、中身はサッと目を通しただけ。あとは記憶きおくにあることを話しただけだった。


 だとすれば、おそるべき記憶力きおくりょくで……って、あれ?


「結局、魔法まほう少女はいたの?」


「いたさ。『魔法の天使・瑞希ちゃん、参上!』って、まるで戦隊ものみたいな名乗りをしてからポーズまで決める変なやつ。去年だけでも二回は見たぞ。あたしと喧嘩けんかした時もそうだったけど、イベントの時だって、わざわざおじょうちゃんにお願いまでして、脚本きゃくほんにつけ加えてもらってたもんな。だとすればだ。小学生の時から相変わらずだな」


「じゃあ、わたしは今でも、小学生のままなの?」


いて言うなら、やっと幼稚園児ようちえんじから小学生になったってところかな? ……って、そんなにおこるなよ。あたしの中では、今でもお前は魔法の天使・瑞希ちゃんだからな」


 本当はわかっている。山田は「色褪いろあせない思い出」と、言いたかったのだと思う。


 でも、ちがうの。わたしがふくれ面になったのは。


「何で言ってくれなかったの?」


「えっ?」


「中学校の入学式の日に、『久しぶりだね』って、何で言ってくれなかったの? まるで初めて会ったみたいに……何でなの?」


 実は、大切なお友達だったのに、山田聡子さとこという女の子のことを忘れていた。……ううん、忘れるくらいつらい時期があって、死のうとしたこともあった。


「はあ……」

 と、山田は、深く溜息ためいきいて、


「言えるわけないだろ。……お前があたしを見て、だれかわからなくなるくらいに変わってしまったみたいだし、お前だって変わってしまった。だったら、初めて会ったことにすればいい。そう、思ったんだ」


 もしあの日、わたしが山田のことを『さとちゃん』だってわかっていたら、まともに顔を見ることができたのだろうか?


 きっと……それは、山田も同じだったのかもしれない。



 ほのかに白い空は、いつの間にか夜景へと変わっていた。


「わあ、綺麗きれい……」


 その空を見上げながら両手を広げて、海里さんは感激にも似たような声で、


「ママ、この雪のように、瑞希みずき先生のお話、まだ続くよね?」


 この時期にはめずらしく雪が降っている。


 海里さんの言う通り本当に綺麗で、キラキラとシャンデリアみたいにかがやいていた。


 リンダさんはくすっと笑って、


「もちろん続くよ。どうして玉手箱の中に瑞希先生の日記帳が入っていたのか。どうしてその玉手箱が学校の中庭にめられていたのか……。この名残雪なごりゆきのように、この二つのなぞが残っていて、それが新しい章へとつながっていくのよ」

 と、海里さんと同じように、感激にも似たような声で、


「そういうことで、これからもよろしくお願いしますね、瑞希先生」


「あっ、はい」


 すると、山田がわたしの肩に手を回して、


「瑞希、面白そうじゃないか。あたしとその二つの謎をいてやろうぜ」

 と、にっこりしていた。


 じゃあ、山田もこれから、わたしのインタビューにつきあうのかな?


「こういうのを、『マブダチ』って言うんだね」


 海里さんが、目を爛々らんらんと輝かせると、


「まあ、たのもしいですね」


 リンダさんまで、同じように目を爛々と輝かせた。


 すぐ止むと思っていた雪が、いまだ深々と降り続き、その中を、


「じゃあ、山田さん、瑞希先生、またね」


「おう、またな、お嬢ちゃん」


「海里さん、気を付けて帰ってね」


「うん!」


 元気よく手を振りながら、海里さんはリンダさんと一緒いっしょに帰って行った。


 この二人を見送る中で、わたしは思った。


 わたしと同じ『瑞希』という名前の女の子が綴った日記帳の二冊目、三冊目と、先々のページを見れば、みつるというお兄ちゃんの名前が何回も出てきて、初子というママの名前まで登場する。生まれた年も同じ。生まれた月日まで同じで、わたしと同じ『北川きたがわ』という名字まで出てくる。つまりは同姓同名どうせいどうめい……


 ここまで証拠しょうこそろえば、玉手箱に入っている日記帳が、わたしのものだと認めざるを得なくなって……だったら、辻褄つじつまが合うの。


 実は、小学生のころに綴っていた日記帳が行方不明になっていて、それに気がついたのが中学二年生。でも、日記も半年だけ途切とぎれた時期があって……その頃に、捨てているかもしれないと思っていた。


 でも、玉手箱に入れた記憶も、ましてや埋めた記憶も、まるでなかった。


 それで、山田が言うの。


 旧校舎の魔法少女の正体は……と、思っていたら、


「瑞希、本当に大丈夫だいじょうぶなのか?」


「えっ?」


「外は寒いんだぞ。見送りはいいって言ったのに」

 と、いう具合に、予想とは全く違うことだった。


 今更いまさらだけど、ここは外。公園の近くにある郵便ポストの前で、息も白かった。


 わたしたちは、このとうの三階から、もうすでに下りてきていたの。


「心配してくれるの?」


「当たり前だろ。お前ひとりの体じゃないんだぞ」


 ジーンときた。ママの時とは違って、女の子だったら一度は言われてみたい台詞せりふだ。でも、いくら男みたいなしゃべり方でも、あの人より先に山田が言っちゃった。


「って、おいおい、何泣きそうになってるんだよ? それよりも、平日で大変だとは思うけど、今度の水曜日の夜は開けとけよな」


「何かあるの?」


「大ありだ。その日、何の日なのかわかってるか?」


「ええっと、海里さんのお誕生日会はもう少し先。う~んと、ママの誕生日は五月だったし、お兄ちゃんの誕生日はもう過ぎちゃって。山田の誕生日は、お兄ちゃんと同じ誕生日だし……あれれ? 誕生日じゃなくて、ええっと……何か約束してた?」


 やっぱり。山田は少しあきれたような感じだった。


 それでも、


「あのなあ、まだお母さんのことを『ママ』って言ってるのか?」


「べ、別にいいでしょ」


「まあ、それはいいとしてだ、まだわからないのか?」


「う~ん、わかんない」


「お前が『おめでた』になったのを記念してだな、お誕生日会を盛大に開こうと、あかねさんとあおいさんと一緒に前から計画してたんだ。お兄さんも家族で来てくれるんだぞ。何より、彼奴きゃつも中国から帰ってくることだしな。あの日記みたいにパッとやろうぜ」


 そうなの。


 わたしの大切なあの人が帰ってくる日なの。


 もちろん、忘れたりはしない。


 それで、ああしてこうしてだな……と、山田は話を続けていた。


 小学二年生の時もそうだった。


 山田は……ううん、さとちゃんは、わたしのお誕生日会を開こうと言った。でも、春休みまでは大丈夫だったはずのしが、入居者の都合で少し早まって、わたしのお誕生日会に行けなくなってしまったの……。


 もしかして山田、そのことをずっと気にしていたの?


「あっ、話長くなっちまったな」

 と言って、わたしの言葉を待たずに、


「ごめんな、寒かったよな。じゃあ、帰るわ」

 と、背中を向けて歩き出した。


 ……このまま、山田が遠くへ行ってしまいそうな気がして、


「さとちゃん!」

 と、わたしは呼んだ。


 二、三メートルくらいの所でピタッと、山田の足が止まった。


「……なつかしいな。瑞希がそう呼んでくれたの」


 山田は、背中を向けたままだけど、


「さとちゃん、また遊ぼうね」


「ああ、もちろんだ。……あまり無理するなよ。元気な赤ちゃん生むんだぞ」


 山田は手を振ったけど、こちらを向くことはなかった。そのまま少しふるえているように見えたその背中が、まだ冬の冷たさを感じさせる雪の中へとんで行った。


 でもね、


「瑞希」

 と、わたしを呼ぶ声は温かくて、


「あっ、ママ……じゃなくて、お母さん」


 そして、温かな笑顔で、


「今は『ママ』でいいんじゃない」


「わたしは、まだ子供だなあ……」


「そうね。瑞希はいつまでもママの大切な子供だからね」


 この空からこうのとりが運んでくるわけではなくて、天使みたいな可愛かわいい赤ちゃんがりてくると思っていた。わたしも、見えない羽根を広げながら舞い降りた魔法少女だと信じていた。……あの頃は本当に無邪気むじゃきで、何でも信じられた。


 でも、今はそれ以上に確かなものがある。


 このお腹の中には可愛い赤ちゃんがいる。


 今なら、この子にこう言ってあげられる。


 それは、ママがわたしに言いたかったことなのだと思えた。



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