第二十六話 旧校舎の魔法少女の正体は?
ここは、旧校舎の三階と屋上を
秘密基地からすぐの場所で、もう少し階段を上がれば屋上のドアの前だ。
でも階段を上がらず
「ここにね、
と、言った。
オチは見え見えで、
「魔法少女はどこなのかな?」
と、キョロキョロして、探しているふりをした。
すると、コツ……と、音が聞こえた。
足音?
それも近づいてくる。上の方から……ついにその姿を、見せた。
ま、まさか、
「ま、魔法少女……」
本当にいるとは思わなくて、そう
「
「ヒ、ヒロ君、どうしたの?」
「また『女の子女の子』って、いじめられたよお……」
「
「う、うん」
このままでは、二人の世界に入りそうだから、
「瑞希ちゃん、その子は?」
と、声をかけた。
「ヒロ君。こう見えても男の子なんだよ」
……って、何てこと言うの?
『こう見えても』だなんて。……余計に傷つくよ、その子。
と、思っていたら……あれれ? 泣き止んで笑顔にまでなっちゃったよ。
そして、こっちを向いて、
「さとちゃん、瑞希の秘密、見せてあげるね」
と、一言……
それにしても、いつの間に?
瑞希ちゃん、ボーイフレンドができちゃっている。
……でも、瑞希ちゃんの秘密はそれではないと思う。じゃあ、魔法少女と瑞希ちゃんの秘密とは? どうも結びつかなくて、イメージもできなかった。ヒロ君という男の子は階段を一段だけ利用して座っている。
……
鞄の中から出てきたものは、二つある。
一つ目、金色の
「とっても大切なものなんだね」
「うん。
「健おじさんって?」
「ママの弟。『ビッグバロン』という
……まあ、ビッグバロンというのは、全国チェーンの車屋さんのことだと思うけど。健おじさんはそこのお
そう思いながら、瑞希ちゃんの横顔を見ると、
「えへっ」
と、
それが二つ目だ。
『マジカルステッキ』と、瑞希ちゃんは呼んでいる。
……あの日、瑞希ちゃんから、そのステッキを取り上げた。「返してよ!」って、とても
そう思っていたら、すくっと、瑞希ちゃんが立った。
夏休みに、お母さんと市役所の前で見たマーチングバンドが、メジャーバトンを回すみたいに、くるくると、瑞希ちゃんはマジカルステッキを回した。
あれ? 瑞希ちゃん、左利きだったかな?
確か……ノート書く時は、右手で
すると、ヒロ君が、
「練習したんだよ、瑞希ちゃん。『みずきちゃん』が左利きだから……」
と、言い終えるのと同時に、マジカルステッキが
「設定! 魔法変身!」
と、大きく顔を上げて、瑞希ちゃんは天井に向かって叫んだ。
そして顔を下して、降り注ぐような笑顔を見せた瑞希ちゃんは、そっと両手でマジカルステッキを
「どうしてお
「魔法少女の変身はね、天使さんになっちゃうんだよ」
と、言って……あらら?
「瑞希ちゃん、はだかんぼになっちゃった」
本当にそうなの。パンツまで脱いじゃって、しゃがんでいるわたしの前で、瑞希ちゃんがはだかんぼで立っている。……ヒロ君はというと、夢中? 階段の一段目に座ったまま大人しく、まるで大好きなアニメと同じように、じっと瑞希ちゃんを見ていた。
まあ、魔法少女の変身で、このようなシーンはあるけど、
「
ということで、ちょっと
「うん。裸足じゃ危ないって、ママが言ってたの」
はだかんぼの瑞希ちゃんを見るのは、これが初めてではなかった。プールの時間が始まる前と終わった後、教室で
でも、いつもと
「いよいよ変身だよ」
と言って、また正座。脱いだ野球のユニホームみたいな大きな半袖のシャツ。パンツもきちんと
「魔法の天使・瑞希ちゃん、参上!」
と、魔法少女というよりかは、戦隊ものみたいに勇ましくて、くるっとマジカルステッキを回してから、名乗りもポーズまでバッチリ決めた。
白の
「瑞希ちゃん、かっこいい!」
と、ヒロ君が感激するように……あれれ?
どうしたの? 急に
「これが、瑞希の正体なの……」
と、キラキラ涙が輝いて……って、これって、ぷっと笑っちゃった。
「ひど~い。今、笑ったでしょ」
「だってそれ、マジカルエンジェル・みずきの劇場版のシーンでしょ。ネーミング、もっといいのなかったの? 『魔法の天使』って『マジカルエンジェル』をそのまま縦文字にしただけで、それに、自分のこと可愛いと思って『瑞希ちゃん』だなんて」
自分で言っていても可笑しくて、それでもって、えっ、えっ? というような感じの瑞希ちゃんの顔を見ていると、笑いが止まらなくなっちゃって、
「……でも、ありがとう」
それが、本当に言いたかったことなの。
瑞希ちゃんは、
「えへへ……」
と笑いながら、手で
それから瑞希ちゃんは、また正座。さっき脱いできちんと畳んだ野球のユニホームみたいな大きなシャツと、パンツまで玉手箱に入れて、金色の風呂敷で包んだ。それを鞄に入れようとしたところで手を止めて、わたしの顔を見て、
「どうしたの?」
って、訊いた。
「……欲しいの。そのマジカルエンジェルの鞄」
と、つい言っちゃった。
「いいよ」
えっ? と、耳を疑った。
でも、瑞希ちゃんはにっこり笑って、
「大事にしてね、さとちゃん」
と、マジカルエンジェルの鞄を、わたしの両手に持たせてくれた。
マジカルエンジェル・みずきの主人公は、みずきちゃん。
そんな思いもあって、
「ありがとう。大事にするね、瑞希ちゃん」
すると、ぎゅっ。ぎゅっと、わたしの左手、瑞希ちゃんの右手も握って、
「瑞希ちゃん、さとちゃん、そろそろ行こっ。お姉ちゃんたちが待ってる」
と、ヒロ君が
「そうね、瑞希ちゃん」
「うん、そうだね。ヒロ君、行こうか」
「うん!」
前を歩くヒロ君に、金色の風呂敷で包んだ玉手箱とマジカルステッキを抱いている瑞希ちゃんの横に並んで、わたしもマジカルエンジェルの鞄を抱いて歩いた。
さっきまでいた屋上と三階の境の場所にある踊り場から、秘密基地まで歩くこの短い道のりの中でも、瑞希ちゃんとお喋りしたいことはいっぱいあったと思う。でも、どれも言葉にならなかった。ただ廊下の窓から零れる柔らかな日差しや、見える景色が、いつもと同じはずなのに、とっても
それも束の間で、もう秘密基地の前。両手が塞がっている瑞希ちゃんの代わりにドアを開けようとしたら、中からガラッと開いちゃって、
「こら、
「どこ行ってたの?」
って、ヒロ君が言っていた『お姉ちゃんたち』って、この子たち? ……そう思っていたら、瑞希ちゃんも同じようにびっくりしたみたいで、
「ねえ、ヒロ君のお姉ちゃんたちって……」
「うん、そうだよ」
ヒロ君が答えると、
「まあ、可愛い」
「ねえねえ瑞希ちゃん、これ何のコスプレ?」
と、その声と共に、瑞希ちゃんが囲まれた。わたしと同じで、えっ、えっ? という感じの瑞希ちゃんだったけど、「えへっ……」と笑って、
「魔法の天使・瑞希ちゃんだよ」
って、元気いっぱいに答えた。
……はて? 瑞希ちゃん、『コスプレ』って何なのか知っているのかな? と、思っていたら、あらら、やっぱり。
「瑞希ね、変身できるし、魔法も使えるんだよ」
ポーズまで決めちゃって、調子に乗っていた。
瑞希ちゃんの周りにいるのは、この間、体育館で夏休みの自由研究の展示を一緒に見ていた時に出会ったあのお姉さんたちで、ええっと、確かお兄さんと同じクラスの、
「
びっくりしたことに、上級生のお姉さんたちに向かって『さん』ではなくて『ちゃん』だし。敬語も使わないし。すると、急に瑞希ちゃんが、
「……だよね、さとちゃん」
と、声をかけてきた。……というよりも、お姉ちゃんたちと瑞希ちゃんのハイテンションなお喋りにびっくりして、よく聞いていないだけだった。
さらに瑞希ちゃんが、
「お誕生日会、来てくれるんだよね」
「う、うん」
行くことは行くけど、その大きな声にびっくりして、思わず返事をした。
瑞希ちゃんって、意外と押しが強いタイプなのかもしれない。と思った。
「良かったね、瑞希ちゃん」
「うん!」
瑞希ちゃんは、お姉ちゃんたちと一緒になって喜んでいて、わたしのことなんか見てもいなかった。でも、問題は、それじゃないの……
「どうしたんだい?」
優しい声だった。
「あ、あのね、わたしね、プレゼントできないの……」
「何だ、そんなことか」
えっ? そんなことかって?
「聡子ちゃん、プレゼントはね、何も形じゃないんだよ。聡子ちゃんがお誕生日会に来て楽しんでくれることが、僕にとっての最高のプレゼントなんだよ」
それで、とっても優しいお兄さん。……わたしは一人っ子で、お兄さんがいなくて、瑞希ちゃんがとっても
「
男の人の声がこの廊下に響いた。
「聡子、これからその坊やのプレゼント買いに行くぞ」
それもよく知っている人の声で、
「お、お父さん」
……だった。
コツコツ……と、お父さんは近づいてくる。怖くて足が
「さとちゃん」
と、瑞希ちゃんが、ぽんと、わたしの背中を押した。
お父さんは、わたしのまだ赤く
「昨日はごめんな、痛かっただろ?」
ふ、ふえ~ん、と、泣けちゃった。
「お、お父さ~ん」
「泣く
……えっ? びっくりして泣くのを忘れちゃった。
「どうして?」
「それはな、田舎に帰る金がないってことだ」
と、お父さんは胸を張った。
智美先生は口を押えて……あれ? 笑っている。
「それにな、お父さん
昨日までと違って、今日のお父さんは、とっても優しかった。
入学式の日と同じ
「よし、久しぶりに
「やだ、
って言っても、聞いてくれなくて、そのまま肩車されちゃった。
あ~ん、瑞希ちゃんも、みんなも見ているよお。
「聡子、何も恥ずかしがることないじゃないか。お
とはいっても、お兄さんが坊やなら、多分ヒロ君も。お嬢ちゃんは、瑞希ちゃん、お姉ちゃんたちと三人もいる。
「うん、そうだね。瑞希もパパにしてもらってたよ」
と、瑞希ちゃんが答えた。
「瑞希ちゃんっていうのか、可愛いね」
この子の場合、一人称が『瑞希』だから、名前がすぐわかっちゃうの。
「ねっ、可愛いでしょ、もっと
あわわ、またまたポーズまで決めちゃって、いくら何でも調子に乗りすぎ。どうなっても知らないよ。って感じだ。それに、お父さんが
「最高に面白い子だ。なっ、聡子」
「えっ? あっ、うん」
お父さんは笑っていた。わたしも笑えちゃって、瑞希ちゃんが本当の魔法少女に思えてきた。瑞希ちゃんの魔法は、みんなを笑顔にする魔法のようだ。
そして、お父さんは、わたしを肩車したまま歩いた。
……振り返れば、
「さとちゃん、また明日ね」
と、瑞希ちゃんが元気よく手を振っていた。
わたしも、
「うん、また明日」
と、手を振った。
瑞希ちゃんの目には、涙がいっぱい溢れているみたいだった。
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