第二十六話 旧校舎の魔法少女の正体は?


 ここは、旧校舎の三階と屋上をつなおど


 秘密基地からすぐの場所で、もう少し階段を上がれば屋上のドアの前だ。


 でも階段を上がらず瑞希みずきちゃんは、


「ここにね、魔法まほう少女がいるんだよ」

 と、言った。


 オチは見え見えで、かたから担いでいるそのかばんの中身は、外から見てもわかるようにアイテムがぎっしり。……そうは思っても、瑞希ちゃんがさびしそうに見えたから、


「魔法少女はどこなのかな?」

 と、キョロキョロして、探しているふりをした。


 すると、コツ……と、音が聞こえた。


 足音?


 それも近づいてくる。上の方から……ついにその姿を、見せた。


 ま、まさか、


「ま、魔法少女……」


 本当にいるとは思わなくて、そうつぶやいていた。


ちがうやい!」


 怒鳴どなりながらも、かみにはエンジェルリング。やわらかそうな丸顔で、クリッとした目になみだあふれて、それを手でいている。……ということは泣いていた。


「ヒ、ヒロ君、どうしたの?」


「また『女の子女の子』って、いじめられたよお……」


 る瑞希ちゃんに、その……ヒロ君? って子が、まるでドラマのお約束みたいな感じで……あらら、本当に抱きついちゃった。


大丈夫だいじょうぶだよ。瑞希が魔法かけてあげるから」


「う、うん」


 このままでは、二人の世界に入りそうだから、


「瑞希ちゃん、その子は?」

 と、声をかけた。


「ヒロ君。こう見えても男の子なんだよ」

 ……って、何てこと言うの?


『こう見えても』だなんて。……余計に傷つくよ、その子。

 と、思っていたら……あれれ? 泣き止んで笑顔にまでなっちゃったよ。


 そして、こっちを向いて、


「さとちゃん、瑞希の秘密、見せてあげるね」

 と、一言……


 それにしても、いつの間に?


 瑞希ちゃん、ボーイフレンドができちゃっている。


 ……でも、瑞希ちゃんの秘密はそれではないと思う。じゃあ、魔法少女と瑞希ちゃんの秘密とは? どうも結びつかなくて、イメージもできなかった。ヒロ君という男の子は階段を一段だけ利用して座っている。頬杖ほおづえついて、じっと瑞希ちゃんを見守っているように感じた。それよりも、この踊り場の真ん中で女の子座りをして、ゴソゴソする瑞希ちゃんの鞄が欲しくてたまらない。それも、その鞄というよりか、そこにえがかれた『マジカルエンジェル・みずき』が大好きなの。


 ……なぞは続く。


 鞄の中から出てきたものは、二つある。


 一つ目、金色の風呂敷ふろしきつつまれたもの。ほどけば、まるで『浦島太郎うらしまたろう竜宮城りゅうぐうじょうから持って帰ってきた黒くてつや綺麗きれいな玉手箱』が出てきた。そして瑞希ちゃんは、女の子座りから正座に、座り方を変えていた。


「とっても大切なものなんだね」


「うん。けんおじさんがくれたの……」


「健おじさんって?」


「ママの弟。『ビッグバロン』という巨大きょだいロボットを動かして、地球だけじゃなくて宇宙の平和も守ってる正義の人なの」


 ……まあ、ビッグバロンというのは、全国チェーンの車屋さんのことだと思うけど。健おじさんはそこのおえらいさんか何かで、ロボットではなくて、会社を動かしている人だと思う。多分だけど、健おじさんが冗談じょうだんで言ったことを、瑞希ちゃんが本当のことだと思ったようだ。瑞希ちゃんに冗談が通じないことは前から知っていたけど、去年のクリスマスイブの夜、きっと瑞希ちゃんは枕元まくらもとに赤い靴下くつしたかざっていたことだろう。いい子にしていたら、サンタさんからプレゼントがもらえると信じているようだ。


 そう思いながら、瑞希ちゃんの横顔を見ると、


「えへっ」

 と、無邪気むじゃきに笑っている。それから両手で、あのステッキを持っていた。

 それが二つ目だ。


『マジカルステッキ』と、瑞希ちゃんは呼んでいる。


 ……あの日、瑞希ちゃんから、そのステッキを取り上げた。「返してよ!」って、とてもおこっていた。瑞希ちゃんにとっては、ただのステッキではなかったみたいなの。……でもね、意地悪するつもりはなかったの。少し貸してほしかっただけで、瑞希ちゃんと遊びたかっただけだったの。


 そう思っていたら、すくっと、瑞希ちゃんが立った。


 夏休みに、お母さんと市役所の前で見たマーチングバンドが、メジャーバトンを回すみたいに、くるくると、瑞希ちゃんはマジカルステッキを回した。


 あれ? 瑞希ちゃん、左利きだったかな?


 確か……ノート書く時は、右手で鉛筆えんぴつを持っていた。給食の時も、右手でスプーンを持っていたのに……?


 すると、ヒロ君が、


「練習したんだよ、瑞希ちゃん。『みずきちゃん』が左利きだから……」

 と、言い終えるのと同時に、マジカルステッキが天井てんじょうを指して、先端せんたんが白く光った。


「設定! 魔法変身!」

 と、大きく顔を上げて、瑞希ちゃんは天井に向かって叫んだ。


 そして顔を下して、降り注ぐような笑顔を見せた瑞希ちゃんは、そっと両手でマジカルステッキをゆかに置いた。背番号二十四の野球のユニホームみたいな大きな半袖はんそでシャツをまくり上げて……って、えっ? パンツ、あっ、おへそまで見えちゃって、


「どうしてお洋服脱いでるの?」


「魔法少女の変身はね、天使さんになっちゃうんだよ」

 と、言って……あらら?


「瑞希ちゃん、はだかんぼになっちゃった」


 本当にそうなの。パンツまで脱いじゃって、しゃがんでいるわたしの前で、瑞希ちゃんがはだかんぼで立っている。……ヒロ君はというと、夢中? 階段の一段目に座ったまま大人しく、まるで大好きなアニメと同じように、じっと瑞希ちゃんを見ていた。


 まあ、魔法少女の変身で、このようなシーンはあるけど、


上履うわばきと靴下くつしたいたままなの?」


 ということで、ちょっと可笑おかしい。


「うん。裸足じゃ危ないって、ママが言ってたの」


 はだかんぼの瑞希ちゃんを見るのは、これが初めてではなかった。プールの時間が始まる前と終わった後、教室で着替きがえる度に見てしまうの。瑞希ちゃんは、お風呂と同じように、堂々とはだかんぼになって着替える子だった。


 でも、いつもとちがって、ここが教室や体育館ではないからかな? それとも上履きと靴下だけ履いているからかな? ここよりも、もっと上の方からこぼれるおだやかな光にらされて、くせのない黒いかみにエンジェルリングがかがやいて、くるっと回る瑞希ちゃんが、本当の天使さんに見えた。そして、ゴムまりみたいに柔らかな笑顔で、


「いよいよ変身だよ」


 と言って、また正座。脱いだ野球のユニホームみたいな大きな半袖のシャツ。パンツもきちんとたたんで、あの玉手箱のふたをそっと開けた。白いけむりが出ない代わりに、白い布が出てきて、大人に変身することもなく、その白い布が、ふわっと、はだかんぼの瑞希さんを包んでいった。指切りの黒いグローブが手を包み、またマジカルステッキを持って、すくっと立ち上がって、


「魔法の天使・瑞希ちゃん、参上!」


 と、魔法少女というよりかは、戦隊ものみたいに勇ましくて、くるっとマジカルステッキを回してから、名乗りもポーズまでバッチリ決めた。


 白の長袖ながそでワンピースというよりも、まるで純白のドレス。青いリボンがちょうネクタイみたいに飾られて、天使の羽根を表現するような白いマントも素敵すてきなものだった。


「瑞希ちゃん、かっこいい!」

 と、ヒロ君が感激するように……あれれ?


 どうしたの? 急にさびしそうな顔をして。


「これが、瑞希の正体なの……」

 と、キラキラ涙が輝いて……って、これって、ぷっと笑っちゃった。


「ひど~い。今、笑ったでしょ」


「だってそれ、マジカルエンジェル・みずきの劇場版のシーンでしょ。ネーミング、もっといいのなかったの? 『魔法の天使』って『マジカルエンジェル』をそのまま縦文字にしただけで、それに、自分のこと可愛いと思って『瑞希ちゃん』だなんて」


 自分で言っていても可笑しくて、それでもって、えっ、えっ? というような感じの瑞希ちゃんの顔を見ていると、笑いが止まらなくなっちゃって、


「……でも、ありがとう」


 それが、本当に言いたかったことなの。


 瑞希ちゃんは、


「えへへ……」

 と笑いながら、手でれたほっぺたを拭いていた。


 それから瑞希ちゃんは、また正座。さっき脱いできちんと畳んだ野球のユニホームみたいな大きなシャツと、パンツまで玉手箱に入れて、金色の風呂敷で包んだ。それを鞄に入れようとしたところで手を止めて、わたしの顔を見て、


「どうしたの?」

 って、訊いた。


「……欲しいの。そのマジカルエンジェルの鞄」

 と、つい言っちゃった。


「いいよ」


 えっ? と、耳を疑った。


 でも、瑞希ちゃんはにっこり笑って、


「大事にしてね、さとちゃん」

 と、マジカルエンジェルの鞄を、わたしの両手に持たせてくれた。


 マジカルエンジェル・みずきの主人公は、みずきちゃん。偶然ぐうぜんにも瑞希ちゃんと名前が同じ。そして、お友達が『さとちゃん』という。名前は『さとみ』といって、わたしと一字違い。でも、わたしは『さとこ』で、同じように『さとちゃん』だ……


 そんな思いもあって、


「ありがとう。大事にするね、瑞希ちゃん」


 すると、ぎゅっ。ぎゅっと、わたしの左手、瑞希ちゃんの右手も握って、


「瑞希ちゃん、さとちゃん、そろそろ行こっ。お姉ちゃんたちが待ってる」

 と、ヒロ君が上目遣うわめづかいで言った。


「そうね、瑞希ちゃん」


「うん、そうだね。ヒロ君、行こうか」


「うん!」


 前を歩くヒロ君に、金色の風呂敷で包んだ玉手箱とマジカルステッキを抱いている瑞希ちゃんの横に並んで、わたしもマジカルエンジェルの鞄を抱いて歩いた。


 さっきまでいた屋上と三階の境の場所にある踊り場から、秘密基地まで歩くこの短い道のりの中でも、瑞希ちゃんとお喋りしたいことはいっぱいあったと思う。でも、どれも言葉にならなかった。ただ廊下の窓から零れる柔らかな日差しや、見える景色が、いつもと同じはずなのに、とっても綺麗きれいに見えた。


 それも束の間で、もう秘密基地の前。両手が塞がっている瑞希ちゃんの代わりにドアを開けようとしたら、中からガラッと開いちゃって、


「こら、宏史ひろし


「どこ行ってたの?」


 って、ヒロ君が言っていた『お姉ちゃんたち』って、この子たち? ……そう思っていたら、瑞希ちゃんも同じようにびっくりしたみたいで、


「ねえ、ヒロ君のお姉ちゃんたちって……」


「うん、そうだよ」


 ヒロ君が答えると、


「まあ、可愛い」


「ねえねえ瑞希ちゃん、これ何のコスプレ?」


 と、その声と共に、瑞希ちゃんが囲まれた。わたしと同じで、えっ、えっ? という感じの瑞希ちゃんだったけど、「えへっ……」と笑って、


「魔法の天使・瑞希ちゃんだよ」

 って、元気いっぱいに答えた。


 ……はて? 瑞希ちゃん、『コスプレ』って何なのか知っているのかな? と、思っていたら、あらら、やっぱり。


「瑞希ね、変身できるし、魔法も使えるんだよ」


 ポーズまで決めちゃって、調子に乗っていた。


 瑞希ちゃんの周りにいるのは、この間、体育館で夏休みの自由研究の展示を一緒に見ていた時に出会ったあのお姉さんたちで、ええっと、確かお兄さんと同じクラスの、


あかねちゃん、あおいちゃん、それでね……」


 びっくりしたことに、上級生のお姉さんたちに向かって『さん』ではなくて『ちゃん』だし。敬語も使わないし。すると、急に瑞希ちゃんが、


「……だよね、さとちゃん」

 と、声をかけてきた。……というよりも、お姉ちゃんたちと瑞希ちゃんのハイテンションなお喋りにびっくりして、よく聞いていないだけだった。


 さらに瑞希ちゃんが、


「お誕生日会、来てくれるんだよね」


「う、うん」


 行くことは行くけど、その大きな声にびっくりして、思わず返事をした。


 瑞希ちゃんって、意外と押しが強いタイプなのかもしれない。と思った。


「良かったね、瑞希ちゃん」


「うん!」


 瑞希ちゃんは、お姉ちゃんたちと一緒になって喜んでいて、わたしのことなんか見てもいなかった。でも、問題は、それじゃないの……


「どうしたんだい?」


 優しい声だった。けばお兄さんが微笑ほほえんでいて、それでわたしは、


「あ、あのね、わたしね、プレゼントできないの……」


「何だ、そんなことか」


 えっ? そんなことかって?


「聡子ちゃん、プレゼントはね、何も形じゃないんだよ。聡子ちゃんがお誕生日会に来て楽しんでくれることが、僕にとっての最高のプレゼントなんだよ」


 それで、とっても優しいお兄さん。……わたしは一人っ子で、お兄さんがいなくて、瑞希ちゃんがとってもうらやましかった。もっと一緒にいたい。と思った。


えらいぞ、ぼうや」


 男の人の声がこの廊下に響いた。


「聡子、これからその坊やのプレゼント買いに行くぞ」


 それもよく知っている人の声で、


「お、お父さん」

 ……だった。


 にぎやかなおしゃべりが止み、お兄さんと瑞希ちゃん、ヒロ君、それにお姉さんたちも、お父さんを見た。そしてそのとなりには、智美ともみ先生がいた。


 コツコツ……と、お父さんは近づいてくる。怖くて足がすくんだけど、


「さとちゃん」

 と、瑞希ちゃんが、ぽんと、わたしの背中を押した。


 お父さんは、わたしのまだ赤くれているほっぺたをさわった。


「昨日はごめんな、痛かっただろ?」


 ふ、ふえ~ん、と、泣けちゃった。


「お、お父さ~ん」


「泣くやつがあるか。これからもお友達といられるんだぞ」


 ……えっ? びっくりして泣くのを忘れちゃった。


「どうして?」


「それはな、田舎に帰る金がないってことだ」

 と、お父さんは胸を張った。


 智美先生は口を押えて……あれ? 笑っている。


「それにな、お父さん頑張がんばったんだぞ。半年の間だけどな、仕事が決まったんだ」


 昨日までと違って、今日のお父さんは、とっても優しかった。


 入学式の日と同じこんのスーツを着ているの。とってもかっこいい。そして、わたしを抱き上げて……って、ええっ?


「よし、久しぶりに肩車かたぐるましようか」


「やだ、ずかしいよお」

 って言っても、聞いてくれなくて、そのまま肩車されちゃった。


 あ~ん、瑞希ちゃんも、みんなも見ているよお。


「聡子、何も恥ずかしがることないじゃないか。おじょうちゃんもそう思うだろ?」


 とはいっても、お兄さんが坊やなら、多分ヒロ君も。お嬢ちゃんは、瑞希ちゃん、お姉ちゃんたちと三人もいる。だれに言っているのだろう? と思っていたら、


「うん、そうだね。瑞希もパパにしてもらってたよ」

 と、瑞希ちゃんが答えた。


「瑞希ちゃんっていうのか、可愛いね」


 この子の場合、一人称が『瑞希』だから、名前がすぐわかっちゃうの。


「ねっ、可愛いでしょ、もっとめて褒めて」


 あわわ、またまたポーズまで決めちゃって、いくら何でも調子に乗りすぎ。どうなっても知らないよ。って感じだ。それに、お父さんがふるえて……って、あれ?


「最高に面白い子だ。なっ、聡子」


「えっ? あっ、うん」


 お父さんは笑っていた。わたしも笑えちゃって、瑞希ちゃんが本当の魔法少女に思えてきた。瑞希ちゃんの魔法は、みんなを笑顔にする魔法のようだ。


 そして、お父さんは、わたしを肩車したまま歩いた。


 ……振り返れば、


「さとちゃん、また明日ね」

 と、瑞希ちゃんが元気よく手を振っていた。


 わたしも、


「うん、また明日」

 と、手を振った。


 瑞希ちゃんの目には、涙がいっぱい溢れているみたいだった。



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