第二十五話 「さようなら」は言わないよ。


 ……青空は広がって、わたしたちを明るく照らしていた。


「えへへ……」と可愛かわいく笑う瑞希みずきさんの顔が、「さっきまで泣いてたのがうそみたい」って語っているようだった。お兄さんは、うんうんうなずいて、


えらいぞ、瑞希」

 と、声をかけたら、地面に置いてあるランドセルを拾って、


「もっとめて褒めて」

 って、瑞希さんがお兄さんにひっついた。


 やっぱり瑞希さんは、あまえたさんで、


 でも、それもまた可愛くて……そう思っていたら、


聡子さとこさん、セーターなら大丈夫だいじょうぶだよ」


 そう言って、瑞希さんはわたしの方に顔を向けた。


 あのセーターのことだ。昨日のあさだれもいないことをいいことに、みんなの夏休みの自由研究が展示されている体育館からこっそり持ち出し、机の中にかくしていたものだ。そして一日のお勉強の時間が終わり、教室のみんながいなくなってから、セーターを机の中から出して、ランドセルの中に入れようとしたところに、帰ったはずの瑞希さんが教室に入ってきて……それで見つかっちゃって、瑞希さん、ものすごくおこっていた。


 それもそのはずで、そのセーターは、瑞希さんがお兄さんにプレゼントするために、夏休みいっぱい使って、丁寧ていねいに編んだものだ。わたしはそのことを知っていた。知っていたはずなのに……と、そう思っていたら、


「じゃあ、聡子さん、お兄ちゃんのお誕生日会に来てくれるよね?」

 と、突然とつぜん、瑞希さんがいてきた。


「えっ? えっ?」


 もしかして、まだ怒っているのかな? と思えるくらい、ぱっちりした目で、まっすぐ見るの。そんな瑞希さんがこわくて、きょろきょろしていると、お兄さんが、


「おい瑞希、聡子ちゃんこまってるじゃないか」

 と、瑞希さんに言った。


 すると瑞希さん、まゆを下げて、目を細めて、


「……聡子さん、お引越ひっこしだったね」


 ぐすっ……とひとみまでうるませちゃって、って、何で知っているの? と、思ったけど、


「あっ、泣かないで。お誕生日会……いつなのかな?」


「今度の月曜日」


「それなら大丈夫よ」


「本当?」


「うん、絶対行くから」


 そうわたしが言うと、さっきまで泣きそうだった瑞希さんが、


 ええっ? と思うくらいにケロッとしちゃって、


「あはっ、聡子さん大好き」


 おまけにきついてきた。


 本当に調子のいい子だ。瑞希さんがパパに欲しい玩具おもちゃ強請ねだる時って、きっとこんな感じだろうな、と想像できた。それでもって少し笑えた。もしわたしがあの場面で断っていたら、瑞希さんは「やだやだ」と、幼稚園ようちえんの子みたいに大きな声で泣いちゃって、結局は断れなかっただろう。……でも、そんな瑞希さんが可愛くて、できるならこのままずっと瑞希さんといたい。と、そう思えた。



 それでも……

 あっという間だった。


 楽しい時間が過ぎるのは、本当に速かった。


 チャイムの音が、まるで日曜日の夜みたいに切なかった。そうはいっても、お勉強の時間がそれくらい好きというわけでもない。……あっ、智美ともみ先生が聞いたら、ちょっと怒るかな? その智美先生も、「また月曜日ね」と言って教室を出た。


 今日はもう金曜日。智美先生が、「聡子さん、月曜日のお勉強の時間が終わったら、クラスのみんなにさようならの挨拶あいさつしようね」と、言っていた。


 クラスの子たちのにぎやかなしゃべごえもなくなって、となりの席には、もう瑞希さんもいなかった。……月曜日で、さようならになる。


 さびしくて、泣きそう。


 もっと瑞希さんと遊びたかった。


 ぐすっ……とすすり上げ、ランドセルを背負しょって、少し急ぎ足で教室を出て廊下ろうか。そこには、同じようにランドセルを背負って、うでを組んで立っている瑞希さんがいた。


「待ってたの?」

 と、訊いたら、


「瑞希ね、さようならは言わないよ」


「どうして?」


「さとちゃん、瑞希のお友達だから」


「さとちゃん?」


 瑞希さんはニッコリ笑って、


「うん、さとちゃん」


「じゃあ、瑞希ちゃん……かな?」


「うん!」


 瑞希ちゃんは、わたしの手をにぎって、


「じゃあ、行くよ」

 と、そのまました。


「瑞希ちゃん、どこ行くの?」


「秘密基地」


 何それ? って訊く間もなく、そのまま旧校舎の階段を駆け上がった。いつもは走るのがおそいのに、なぜかこの時だけは速かった。それに力が強いみたいで、グイグイとわたしの手が引っ張られているの。


「着いた!」

 と、瑞希ちゃんが元気よく声を上げた場所は三階の、今は使われていない放送室のドアの前だった。「じゃあ、入るね」と言って、そのドアを開けた。


 そこには、


「やあ、いらっしゃい」


「お兄さん?」

 が、地球儀ちきゅうぎを前にして、椅子いすに座っていた。


 ええっと、地球儀とけてお兄さんと解く。その心は、どちらも世界征服せかいせいふく……ではなくて、きっと瑞希ちゃんと同じ、世界の平和を守る正義のヒーローってことだね。


 それに地球儀だけではなくて、大きな机の上は機械もいっぱいかざられていて、


「すごいね、本当に基地みたい」


「でしょ。ここが瑞希とお兄ちゃんの秘密基地なの。さとちゃんは瑞希の大切なお友達だから、特別に教えてあげたの」


 うれしそうにしゃべる瑞希さんに続いて、お兄さんも、


ぼくたち『青空戦隊あおぞらせんたい』は世界の平和を守るために、まず自分たちがいる学校の調査を進める中で、ここに秘密基地を築いた。聡子ちゃん、今日から僕たちの仲間だよ」

 と、秘密基地を語る上で、戦隊ものみたいな名前までつけていた。


 それから、お兄さんの顔こんなに近くで見るの初めてだった。男の子だけど、とっても綺麗な顔で、優しそうな眼をしていて……瑞希ちゃんが甘えたさんなのも、わかるような気がする。きっと、お兄さんを好きな子は、いっぱいいるのだろうなあ。


 このいもうとにしてこのあにあり。……あっ、それ逆だ。まあまあ、やっぱり兄妹きょうだいということで……って、思っているうちに、


「あった!」


 突然とつぜん、瑞希ちゃんが大声を出したので、びっくりした。


 クリームみたいな色の布地に、あの『マジカルエンジェル・みずき』のイラストが入ったかばんかかえて、瑞希ちゃんがニコニコしながら、わたしの方に近づいてきた。


 そして、ぎゅっと手をにぎって、


「お兄ちゃん、ちょっと行ってくるね」


「おっ、聡子ちゃんも一緒だな。いっぱい遊んでおいで」


「うん!」

 と、元気よくお兄さんに返事して、


「行こっ」

 と言って、またわたしの手を引っ張った。


 その鞄、すでに左のかたから担いでいて、この秘密基地のドアを開けて、そのまま飛び出し駆けて行く。……廊下だけではなくて階段も。


 まだ上を目指しているようで、


「ねえ、行こって、どこへ?」


「こっちこっち」


 えっ?

 と、思っているうちに、瑞希ちゃんの足が止まった。


 つないでいる手もはなして、ぺったんぺったんと歩きながら、


「ここね、瑞希が見つけた秘密の場所なの」


「かくれんぼでもするの?」


 すると、瑞希さんは顔を左右、横にった。



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