第二十四話 わたしから見たあの子。
わたしは、あの子が
ちょっと
だから、ちょっと意地悪して……でも、やりすぎちゃって、あの子、泣きながら帰っちゃった。
泣きたいのは、あの子だけじゃない。
わたしだって、思い切り泣きたいの。
それなのに、お家には、もうお母さんがいなくて、
「お父さん、お酒飲みすぎちゃ
って、
きっと、わたしが学校に行っている間、ずっとテレビつけっぱなしで飲んでいたと思われるの。でも、今日だけではなくて、いつものことだけど……
「うるさいな、あの女みたいなこと言うなよ。
もう慣れた。
そう言われるのも、夏休みが終わってからいつものことだ。
「お母さんもきっと、お父さんの体を心配して言ってたのよ……」
それしか、言葉が出なかった。
「はあ?
そうお父さんは言った。
とても悲しいのに切り泣けなくて、キッと
「何だその目は?」
と、お父さんは、ゆっくり立ち上がりながら、
「文句があるなら、はっきり言えよ!」
と、怒鳴り声と一緒に手の
ほっぺたがとても痛くて、ごりっという変な
「おい、小学二年生にもなっておもらしか?」
……ぼろぼろ
「痛いよお……」
と、やっと声になったと思ったら、バサッと、バスタオルが頭を
「お前の
それだけ言ったお父さんの声と足音。それに続いて、ガチャッと閉まる玄関のドアの音が聞えた。わたしが見ているのは、バスタオルの
「お母さん……」
どうしてわたしを置いて行っちゃったの?
一人ぼっちになった部屋で、声にならなくても、そう
わたしは、悪い夢を見ていた。
……そう思いたかった。
鏡を見れば、前歯が一本なくなっていた。ほっぺたも赤く
洗面所を出て忍び足で、そっと
わずかな段数の階段を下りれば、
「
って、そこにいる近所のお姉さんに
何でもないよ。と答えようと思ったけど、何でもないってことないでしょ? と返ってきそうで、そのまま何も言えなくなった。
そして、近所のお兄さん二人が来たところで出発だ。今日も学校まで
それから、昨日、あの子と
わたしは、その子のことを「
小学校に入学してから、ずっと同じクラスだ。
おかっぱ……とは
そんな瑞希さんが、ものすごく
そう思いながら周りを見れば、まだ夏休みの続きを思わせるように、
「あっ、あの、瑞希さん、昨日は、ごめんなさい」
「う、うん……」
返事はしてくれたけど、瑞希さんは
「ほら瑞希、
と、お兄さんは背中を押すように、ぽんぽん瑞希さんのランドセルを叩いていた。
「聡子さん、昨日はごめんなさい。瑞希と仲直りしてくれますか?」
……敬語だった。
いつもの幼稚園の子が
まだ怒っているの? と思えて、
「もちろんよ。だから、顔上げて……」
泣きそうになった。このまま何を話しかけても敬語で返事するだけで、もうわたしに顔を見せてくれないと思うと、とても悲しくなった。……あれ? 瑞希さん、ランドセルの中をごそごそするのを止めて、ゆっくり立った。
そして息がかかるくらい顔が近づいた。今にも
「瑞希が初めて編んだものなの。……聡子さんにあげるね」
すると、お兄さんが、
「そのマフラーは、お前がパパにプレゼントするために
その時のお兄さんの顔は、わたしからは見えるけど、瑞希さんはお兄さんに背中を向けていて、わたしと向かい合わせのままだ。せっかく顔を見せてくれたのに、お兄さんのその一言で、また俯いてしまった。そんな瑞希さんを見て、わたしが思ったことは、『パンダさん』って何? というよりも、えっ、そうなの? だった。
瑞希さんのパパが、もういないということは知っていた。きっとそのマフラーは、瑞希さんが父の日に、パパにプレゼントするために編んだものだろう。それなら、何があっても持っていたいはず。……なのに、どうしてそんな大切なものを、わたしに?
そう思っていたら、
「……いいの」
と、瑞希さんが顔を上げた。
とうとう両方の目にいっぱい溜まっていた涙が、ぽろぽろ零れちゃって、
「聡子さん、本当にごめんね。瑞希が思い切り叩いちゃったから、ほっぺたまだ痛いでしょ? 歯も取れちゃって……」
と言って、瑞希さんはぐすぐす泣き出した。
「えっ? あっ、違うの。瑞希さんのせいじゃないよ。昨日お父さんに叩かれちゃったからなの。……それよりも、わたしの方こそ本当にごめんね。痛かったよね。思い切り叩いたから、瑞希さんの歯、取れちゃったんだね」
そうなの。瑞希さんも歯が一本取れちゃっているの。
それも、わたしと同じように前歯なの。
「あっ、これ? 前からぐらぐらしてたの。聡子さんが思い切り叩いてくれたから取れたんだよ。だからね、瑞希の場合、聡子さんに『ありがとう』だね」
と、いうことは、
「乳歯だったの?」
「うん、ママが言ってたの。聡子さんのもきっと乳歯だよ。だからね、仲直りしてほしいの。聡子さんのパパ、本当はとってもいい人だと思うよ」
少し腹が立った。何も知らないくせに……と、思った。
けど、瑞希さんは、
「叩かれてもパパはパパなの。パパがいなくなったら……『ごめんなさい』も、仲直りもできないんだよ。だからね、聡子さんにはパパと仲直りしてほしいの」
と、にっこり笑った。
その笑顔がいじらしくて、思わず瑞希さんをぎゅっと抱きしめた。瑞希さんのほっぺたを濡らす
「……うん、瑞希さんの言う通りだね」
と、いっぱいいっぱい涙が零れて、いっぱいいっぱい泣いちゃった。
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