第二十三話 証言する者、ついに現れる。


「あの……」


 その声が、また景色を変えた。


 木製机に置いてあるわたしと同じ名前の女の子がつづった日記帳。そしてうすいカーテンしに見えるベランダのほのかに白い外の風景。その前に、向かい合わせに座っているリンダさん。その左隣ひだりとなりには、わたしに声をかけた海里かいりさんが座っている。


山田やまださんって、小学生からのつきあいだったの?」

 と、海里さんは続けていてきた。


 でも、わたしには、海里さんの言っている意味がわからなくて、


「山田は、中学の時からのくさえんだけど……」

 と答えた。


 山田と出会ったのは、中学の入学式だった。


 でも海里さんは、あのクイズ番組の「ファイナルアンサー?」って訊いてきそうな司会者みたいに、じっとわたしを見ている。ほんのわずかな時間だと思うけど、だまったままわたしを見る海里さんの表情が、ちょっと? こわかった。


「でも、瑞希みずき先生が小学生の時に喧嘩けんかした子って、聡子さとこさんだよね?」

 と、海里さんが言ったことで、わたしはハッとなった。


 確か、山田の下の名前は『聡子』


 まだ結婚けっこんしていないから名字はそのまま……


 そして日記帳に綴られている『聡子さん』は、お父さんが連れて行ったので、結婚していなければ、この子の名字も『山田』ということになる。


 ……まさかね。


 少し変なあせを感じる中、玄関げんかんのチャイムが連続でひびいた。


 そのチャイムを押しているのは誰か、すぐに想像できた。その人物はきっと、わたしが玄関のドアを開けるまでチャイムをつづけることだろう。……ったく、もういい大人なのに、昔と何もわってないじゃない。そうは思っても、わたしは大人だ。


「は~い、今でますよ」


 それに、今は生徒の前だ。この部屋のふすまを開ければ、玄関は目と鼻の先。にっこりスマイルに努めて、いつもと変わらないよう玄関のドアを開けた。


 やっぱりだ。


「よお、久しぶり。元気にしてたか?」


 昔からそうだった。男みたいなしゃべかたでテンション高め。これでも聡子という名前だから女だけど、むらさきのジャンパーの背中にリアルな竜がえがかれていて、黒のジーパンとよく合っている。ママはわたしより十センチくらい背が高いけど、それ以上に高くてショートヘアー。それに風になびく赤いマフラーは欠かせられなくて、目力が強いのも特徴とくちょうだ。つまりうわさをすればなんとやらで、今、目の前にいるのが、その『山田聡子』だ。


「とか何とか言って、韓国かんこくドラマでよくある『急に恋人こいびとの顔が見たくなったシーン』みたいに、わたしに会いたくなったとか?」


 つい言ってみたくなった。


「おいおい、何ニヤニヤしてるんだよ?」


「あっ、失礼ね。こんな可愛かわいい女の子が天使のようなスマイルで、あなたをむかえてあげてるのよ。せめてにっこりとか、にこにこって言ってほしいよねえ」


「ねえ。って、意味わかって言ってるのか? もうすぐ一児のママになる三十手前のおばさんが、ぶりっこしても似合わないぞ。それにな、念のために言っとくけど、あたしは女だ。『女同士がラブシーン』っておかしいだろ? 別のドラマになっちまう」


「あのね、さりげなく四捨五入しないでよね。まだ二十五歳さいの青春真っ盛りの女の子なんだから。わたしより一つ上になって三十に近づいたからって、ひがんじゃみっともないよ」


「そう言ってられるのも、あと何日かな? もうすぐ誕生日なんだろ。二十五をえたら三十まであっという間だぞ。それよりもだな、あたしはたまたまこの近くを通りかかっただけで、別にお前とのラブシーンなんて期待してないからな」


 はあ? という感じだった。


 それに、山田は顔を赤くして、わたしから少し目をらしている。


「相変わらず変なやつね」


 とは言ったものの、はて? 山田はわたしに何を期待していたのだろう? と、それも気になるところだけど、それ以上に気になっていたこともあって、……ええっと、それが何だったのか思い出そうとしていたら、くすくすと笑い声が聞えた。


「二人とも、似た者同士だね」


 と、玄関からすぐのわたしの部屋、海里さんが襖から顔を半分だけ出していた。それが昔のスポ根アニメの『木の陰から主人公を見守るお姉さん』みたいで、あまりにも可笑おかしくて、わたしは笑いをこらえきれなくて、くすくす笑っちゃって、


「まあ、せっかくだから中に入りなよ」


「まあ、せっかくだから、お邪魔じゃましてやるか」

 と言いながら、山田も同じように笑っていた。


 と、まあ、そんなこともあって部屋に入ると、木製机をはさんで、リンダさんと海里さんと向かい合わせに、わたしのとなりに山田が座った。


 いつもは胡坐あぐらなのに、山田にしてはめずらしく、正座をしていた。


「リンダさん、おじょうちゃん、お久しぶりです」


 そして頭も下げた。


「山田さん、お久しぶりです。先日は色々とお世話になりました」

 と、海里さんまで正座で、頭も下げて、礼儀正しく挨拶あいさつをした。


 本当に、珍しいことだ。……と、思っていたら、


「なんてね。お譲ちゃん、かたい挨拶はなしにしようよ」


「それもそうね」


 山田の一言をきっかけに、海里さんがコロッと変わっちゃった。


「まあ、この子ったら……」

 と言いながらも、くすっと笑って、「山田さん、お元気そうですね」


「はい、おかげさまで。リンダさんも、お元気そうで何よりです」


 と、まあ、こんな具合に、人には硬いと言っておきながら自分も硬い。いかにも山田らしい挨拶だ。もちろん山田は、リンダさんと海里さんとは面識がある。去年の八月二十四日のふるさと祭りのイベントで、わたしが演劇部の担当になって一般の方もむかえる初めての劇ということもあって、山田は、お節介せっかいなまでに色々と助けてくれた。


 それにしても、海里さんたち生徒をんで、学校に知られると大きな問題になるような喧嘩までした後なのに、どうしてそこまでして助けてくれたのだろう?


 そう思っていたら、


「ところで瑞希、リンダさんたちと何してるんだ?」

 と、そんなことも忘れているように、山田が訊いてきた。


「前にリンダさんが新作を書くって、話したことあったでしょ?」

 と、答えるわたしも、山田と同じだ……。


「ああ。瑞希が劇のエンディングのナレーションでバッチリ決めたやつだな」


「それで、その新作の主人公のモデルをリンダさんに頼まれたから、今こうしてインタビュー受けてるってわけなの」


 と、言ったものの、引っかかっている問題は何も解決していなかった。このまま進めていいのかさえ、疑問に思えてきた。でも、それに気づく人はいなくて、


「へえ、瑞希がね……」

 と、物珍ものめずらしそうに、わたしの顔を見る山田も、そうだった。


「あっ!」

 と、いう大きな声が、わたしの耳元で響いた。


「ど、どうしたの?」


「どうしたもこうしたも、お前が持ってるそれ、あのなつかしき『マジカルエンジェル・みずき』の日記帳じゃないか。それも初回限定版。発売日すぐ売り切れたから、女の子の間では『まぼろしの日記帳』って呼ばれてた貴重なものなんだぞ」


 と、山田が言い終えた時には、木製机の上の日記帳が消えていた。あれ? と思っていたら、山田が両手で持っていて、さっきまで開いていたはずなのに閉じられて、その表紙を見る山田の表情が、えっ、そうなの? って思わせた。


 それを知っているということは、山田はこのアニメが大好きで、きっと映画館で劇場版を見て泣いちゃった女の子たちの一人にちがいない。わたしも同じ。今でもこのアニメが大好き。マジカルステッキなどのグッズも持っていて、よく真似ていた。その初回限定版の日記帳だって、のどから手が出るほどに欲しかったものだ。


「……わからないの。その日記帳が、わたしのかどうか」


「えっ? だってこれ、『瑞希』って大きく名前が書いてあるじゃないか」


 そう。山田の言う通り、名前だけならわかる。


「でも、名字がわからない。『瑞希』って名前は、わたしだけじゃない。卒業アルバムでも同じ名前の子が三人もいた。……去年の文化祭の日、学校の中庭で演劇部のみんなが集まってタイムカプセルをめたの覚えてるでしょ?」


「ああ。確かその時、お嬢ちゃんがこした土の中から何か見つけたな」

 と、山田は、ちらっと海里さんを見た。


「うん。とっても綺麗きれいな玉手箱だったよ」


 海里さんの言う玉手箱こそ、今ここにある玉手箱。黒くてつやのある輪島塗わじまぬりみたいな感じのもので、専門家が見た訳ではないけど、わたしにはとても手が出ないような高価なものみたいだ。そして、おそる恐るその玉手箱を開けたことを覚えている。その中に、この日記帳が入っていた。それ以外にも何冊かあったけど、怖くてまだ全部は見ていなかった。


「その玉手箱の持ち主が、もしかしたら……」


 頭の整理ができなくて、誰に言うわけでもなくつぶやいていたら、


「それ、魔法まほう少女の忘れものだよ」


「えっ?」


 一瞬いっしゅん、耳をうたがった。でも、山田は確かにそう言った。それも笑顔でだ。


 ……お金持ちの子。そう思いかけたけど、この日記帳に綴られている瑞希という女の子は、どう読んでもお金持ちの子ではない。普通の子よりも貧乏びんぼうみたいで、違う所を見つけるのが難しいくらいに、わたしと家庭環境までよく似ていた。ママが学校の先生で、お兄ちゃんがいる。……あっ、でもこれって、家庭環境だけなら『マジカルエンジェル・みずき』のみずきちゃんによく似ている。違う所といえば、さっき山田が言ったみたいに、その子が魔法少女というくらいだ。……あれ? それが一番の問題だ。それだと、今までリンダさんに話してきたことが、実写版のマジカルエンジェル・みずきのアナザーストーリーみたいになっちゃうよ? それでもって、恐る恐るリンダさんの顔を見れば満面な笑顔。何で? と思いながら、その隣の海里さんの顔を見れば両方のひとみ爛々らんらんかがやかせている。……とてもこわくて、あ~ん、訳がわからなくなっちゃった。


 くしゃくしゃと、両手でかみさわっていたら、


「なるほど……」

 と、山田の呟きが聞えた。


 じっと表紙を見ていたはずの山田が、ぺらぺら日記帳をめくっている。綴られている文面に目を通していた。すると、わたしの視線に気づいたみたいで、


「瑞希、どこからなんだ?」


「えっ?」


「リンダさんに、どこまで話したんだ?」


「あっ、ええっと、聡子さんと喧嘩けんかして智美ともみ先生におこられて、ランドセルを学校に忘れたまま、泣いて帰っちゃったところまで……」

 と、答えた。


 先に訊けよ。と思うところだけど、それが山田らしくて、


「あっ、今『くすっ』て笑ったな?」


「あっ、うん……」


「上等だ。ちょうど魔法少女の話だな。あたしが話してやるよ」


 その山田の一言に、わたしはこくりとうなずいた。


「証言する者、現れるだね、ママ」


「そうね」


 海里さんの一言で、リンダさんは薄っすらと、ちょっと怖い笑みをかべた……



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