第二十二話 ……考えてもいなかった。
……ぐすっと。
まだ
「
声をかけられ
「どうしたの? いじめられたの?」
と
「痛い! 首取れちゃうよお!」
「あっ、ごめんね」
ほっとした。千尋先生の手が止まった。
わたしの黄色に赤のチェックが入ったシャツはボタンが二つ飛んでいて、
「あっ、瑞希ちゃん」
と、千尋先生は呼び止めるけど、もう
季節は終わったの。
そしてシャツの中から取り出したもの。それはね、
「瑞希、これはお守りと同じ。大切なものだからなくさないでね」
そう言って、ママがわたしにくれたものなの。色はピンク。少し大き目のハートの形をしたペンダント。新しい
……だったら、
「開けこら!」ではなくて、ここは
「Open the Tobira ! ……開けドアってことかな? とにかく優しく言ってあげないと
と、
……開いちゃった。
「あはっ、瑞希も『鍵っ子』になっちゃった……」
思わず
そしてお家も中にも、誰もいなかった。
玄関すぐの子供部屋よりも、その
……そこは、パパの部屋だった。
それらすべてが思い出になるようにと、窓から
……
ほら、この大きな窓を開けてベランダに出れば見えるでしょ。この近くの公園で、パパとサッカーボールで遊んだ日のことを思い出すの。
ボールが
「泣くな! 一度やり始めたことは
って、パパが言ったの。
「……できそうにないよお」
今はね、窓も
するとね、玄関のドアが開く音が聞こえたの。
それに、だんだん足音まで近づいて、
「瑞希いるんだろ? 勝手に帰っちゃ
何も言えないまま、お兄ちゃんに
それで、この部屋の
「ぐすぐす………」から、余計に泣けてきちゃって、
「泣いてちゃわからないだろ?」
そんなこと言っても、どうしていいかわからないよお……と、思っていたら、
「
と、女の人の優しい声も聞こえ……って、あれ? 智美先生も
びっくりした。と、いうよりも、
どんな顔して会ったらいいの? って思った。
わたしは、智美先生に「大っ
襖に背中を向けて、
「……何しに来たの?」
って、言ってしまって、智美先生の顔も見なかったの。
「瑞希さん、ごめんね。先生、怒ったりして……」
えっ? 智美先生の予想外の言葉にびっくり。
「瑞希ね、すぐ泣いちゃうの。わがままで
「うんうん……」
「でもね、一生懸命直しているのに……直らないの。夏休みの終わりの日に、お兄ちゃんに見せてあげて……あんなに
「
「えっ?」
びっくりして、涙で濡れた顔を上げて、智美先生を見た。
「先生が直してあげるね」
智美先生は
「さてと……」
智美先生は、畳の上に置いてあるセーターを膝の上に乗せた。
「瑞希さん、編み物の道具、借りるね」
と言って、編み始める。
するとね、みるみるうちにセーターが、
「もう直っちゃった」
と、自然に言えるくらい、あっという間だったの。
「でしょ? 先生ね、編み物得意なのよ。昔はこうやってね、よくお兄ちゃんのセーター編んだり直したりしてたの……」
そう言い終えると、膝の上のセーターも、わたしの顔も見ないで、智美先生はぼんやりと窓の方を見ているようだった……。さっきまでの笑顔とは違って、智美先生らしくない初めて見る表情だった。きっとこの景色を染めるセピアという色が、そう見せているだけで……と、そう思おうとしていたら、
「ねえ瑞希さん、聡子さん好き?」
って、急に智美先生が訊いたので、びっくりしたけど、
「嫌い。瑞希に意地悪ばっかりするんだもん」
と、わたしはふくれ面で答えた。
「じゃあ、何で聡子さんは、瑞希さんに意地悪するのかな?」
「えっ?」
……考えてもいなかった。
「聡子さんもね、
「どうして……?」
「聡子さんのお父さんとお母さんが、
「……りこん? って?」
それって、寂しいことなのかな? と、思っていたら、
「あっ、ごめんね、瑞希さんには難しかったかな? パパとママがさようならすることなの。それで聡子さん、もうすぐパパとお
そう智美先生が言ったの。
「聡子さん、もうママに会えないの?」
「変な言い方になるけど、もう聡子さんのママじゃないの。それに、聡子さんの引っ越す所がここからとっても遠くて、もう会えないと思う……」
智美先生は
「もし瑞希さんが、お兄ちゃんとさようならすることになったら、どうする?」
「やだ!」
「きっと、聡子さんも同じだったと思うの」
また泣きそうなくらい……悲しくなった。
「……ごめんなさい。瑞希ね、ひどいことしちゃった」
「じゃあ、聡子さんと仲直りしてくれるのね」
「うん」
わたしは
「このマフラーは?」
「瑞希が初めて編んだの。……パパにね、プレゼントするはずだったんだけど、できなかったの。このマフラーね、聡子さんに
「でもそれは、瑞希さんがパパのために一生懸命編んだ大切なものじゃないの?」
智美先生は、びっくりしたのもあったけど、どちらかといえば困った顔だった。
「いいの。聡子さん、瑞希よりもっと寂しいんだよ。瑞希が聡子さんにしてあげられるのは、これしかないもの……」
そっと優しく、智美先生はマフラーを持っているわたしの手を
「じゃあ、このマフラーは受け取れない」
「どうして?」
「それはね、瑞希さんが明日、聡子さんに渡してあげるものだから」
またね、ぽろぽろ涙が零れた。
「大っ嫌いなんて言って、ごめんね」
智美先生は、にっこり笑っていて、
「いいのよ」
と、いつもと変わらない優しい声だった。
「瑞希ね、明日、聡子さんと仲直りするね」
と、わたしは両手で涙を拭きながら、そう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます