第十九話 女の子と男の子?


 わたしの教室は旧校舎の二階で、そこからこっそり紺色こんいろふくろかかえて、ここまで走って来た。お空をあおげば、さっきまでの雨がうそみたいに晴れ晴れで、


「まあ、綺麗きれい


 って、お上品に言えちゃうほど、まるでクリスタルパズルみたいに、運動場の水溜みずたまりさえもキラキラしているの。このわた廊下ろうかを中心に、今日もその反対側にある体育館へ入って、できるだけおくへと、できるだけすみっこへと。


 ……それでも、


「ねえ、何してるの?」

 と、声をかけられた。


 いたら、しゃがんでほおづえついていて、くりっとした目でわたしを見ているの。それに、ほっぺたぷにぷにできちゃいそうな丸い顔で……というか、とっても可愛かわいい子。見た感じは、わたしと同じとしくらいの女の子。でもクラスにいなくて、同じ学年でも見かけない顔。……とにかく今日初めて会った子なの。


「何で、はだかんぼなの?」

 と、さらにいてくるの。


 それでもってびっくり。というのか、ギクッという表現がピッタリで、


「あっ、ええっとね、……プールなの」


 わたしは女の子座りで、紺色の水泳袋すいえいぶくろの中に手を入れてゴソゴソしていた。その手も止まっちゃって、つやの綺麗なゆかの上を黄色に赤のチェックが入ったシャツ、青色のスカートと、白いパンツがおおっていて、それらすべてが、この子のひとみに映っていた。


駄目だめなんだよ、ちゃんと教室で着替きがえなきゃ。先生におこられるよ」

 と、この子の言う通りなの。


 でも夏休みのプールの日は、ここで着替えて……ではなくて、


「教室にいたくないの……」


「いじめられたの?」

 って、この子が訊いてくれたから、こくりとうなずいた。


 そうなの。意地悪されるの。


 ……あらら? 今日まだ聡子さとこさんに意地悪されてない。というのか、わたしはぷいっと顔をらしちゃって、どうしていいのかわからなくなっちゃって、


「ううん、ちがうの。お友達に会いに来たの。……でも、いないの。今日も一緒いっしょにね、瑞希みずきのセーター……」って言っても、この子にはわからないよね。「ええっとね、瑞希の自由研究の展示を見ようと思ってたの」


 今は『中休み』といって、ちょっと長い休み時間。この体育館で行われている自由研究の展示が今日までなの。見納めということもあって五人くらいかな? たぶん自分以外のお友達のとか、それぞれの展示を見ている。この子もだけど、どの子も初めて見る顔ばかりで、あかねちゃんもあおいちゃんもいなかった。


 聡子さんと仲直りできてないから、瑞希のこときらいになっちゃったの?


 そう思うと、今にも泣きそうなの。


 それでも、この子はにっこりして、


「可愛いね。瑞希ちゃんって名前なんだね」


「う、うん……」


ぼくと遊ぼっ、一緒に自由研究の展示を見ようよ」


「うん!」


 お空は晴れ晴れとしている。それと同じように、わたしの心もすっきりした。とってもうれしかったの。「君の方が可愛いよ」って言ってあげたかったけど飲み込んだ。それからこの子ね、自分のこと「僕」って言っちゃって……って、ええっ?


 あっ、でも、ちょっと待って。


 今は女の子でも自分のことを「僕」って言う子もいて……って、それはアニメの世界の話で、わたしはまだ現実の世界で会ったことがないけど、


「君って、男の子なの?」

 って、頭の中まとまらないまま訊いちゃった。


「そうだよ。僕、よく女の子と間違われるんだ」


「あっ、その……ごめんね」


「ううん、気にしないで。それよりも瑞希ちゃんが自由研究で作ったもの見たいなあ。僕のも見せてあげるよ。とってもかっこいいんだ」


 この子はね、笑顔のままそう言ったの。何だか嬉しくなって、


「行こっ、見せてあげる」

 と、わたしは大はしゃぎで、手を引っ張った。


「あっ、ちょっと瑞希ちゃん」

 って、大慌おおあわてのような感じで、この子が呼び止めるの。


 それで手をつないでったつもりが、引っ張られて、


「どうしたの?」

 と、かえったら、


「はだかんぼのままだよ」

 って、この子が言った。


 ほんの少しうつむいたら、お腹の下には何もついてない。このままでも宇宙から来た正義のヒーローみたいでかっこいいの。スーツははだの色なの。どちらかといえばソフトビニールのお人形さん。でも、やっぱり可愛いのが大好きなの。


「いいの。今ね、大きなつばさを広げてるんだよ」


「でも、見えないよ」


「うん、翼は見えないの。だからはだかんぼなの。瑞希ね、本当は天使さんなんだよ」


 嬉しさいっぱいでそう言ったら、この子は目を丸くしちゃった。


 するとね、それぞれの展示を見ている子みんな、こっちを向いて、ぷっと。それも「あははは」って、思いっ切り笑っちゃったの。


 それでね、わたしも、


「えへへ………」


 と『天使の微笑ほほえみ』……ではなくて、あはははと『天使の大笑い』になっちゃった。



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