第十八話 三日目の出来事。
学校の一番高い鉄棒の下で、くるくる『マジカルステッキ』を回していたら、
「あっ」
「取り返してみなよ」
と、目の前を走って行く女の子が言った通りなの。
「あ~あ、砂まみれになっちゃって」
「
そう。その女の子のことなの。今ね、わたしから取り上げたマジカルステッキを手に持っている。パンパンと、お洋服に着いた砂を
「そんなに泣かなくても大丈夫。
「マジカルステッキ返してよ!」
「そ、そんなに
と、聡子さんが言い切らないうちに、バッと取り上げた。
「ご、ごめんね、また遊ぼうね」
そう言って、聡子さんは走って行った。……いつもと
何で
という思いがいっぱいになって、ブルーになった。
こんな時も、思い出すのはパパのことばかりなの。
「ねえパパ、これ欲しいの」
「ごめんな。買ってあげたいけど、なっ、わかってくれ」
「やだやだ! 絶対欲しいのお!」
するとね、
「瑞希」
と、わたしを呼ぶ温かな声が聞こえた。
男の子の声なの。お
「どうした? 転んだのか?」
「うん……」
そう返事したら、お兄ちゃんがおんぶしてくれた。
お兄ちゃんの背中、とっても温かいの。するとね、聞こえてくるの。
ちゅん、ちゅん……
って、何で小鳥のさえずりなの?
目を開ければ、お兄ちゃんの顔が近かった。ううん、ドアップなの。それに温かいのは背中にしがみついているからではなくて、同じお
……夢だったの? と思っていたら、急に
「
と、ママの声が聞こえた。
あっ、そうだった。夏休みはとっくに終わっていて、ましてや毎日が土曜日や日曜日というわけでもない。そう思っているうちに、もっともっとお兄ちゃんの顔が近づいて、
ちゅっ!
されたの。というよりかは、まるでコントみたいなお約束。パパみたいにおでこやほっぺたではなくて、口づけ、
「や、やあ、瑞希、おはよう」
「お、お兄ちゃん、おはよう」
と、朝のご
「二人とも、仲いいのね」
顔がニコちゃんマークになっていた。
……夢ではなかった。今ここにお兄ちゃんがいるの。夏休みが終わっても、変わることなくそばにいてくれる。二学期も、今日で三日目なの。
教室では二人三人、また五人くらいの子が、それぞれ輪を作ってお話しているけど、わたしには難しくて
でも、パパと約束したの。
「瑞希、お友達つくろうな」
って。
ほんの小さな勇気しか出せないけど、行き先を変えた。
昨日は一日のお勉強の時間が終わってからだったけど、今日は給食を食べてから行ったの。行き先は体育館。そこには、一年生から六年生までの色んな子たちが、夏休みの自由研究の展示を見に来ているの。展示されているものは大きなものから小さなものまで様々で、それにね……そうそう、
「瑞希ちゃん」
って、声をかけられた。
「あっ、
ここで、また会えたの。
学校の、わたしの初めてのお友達。「ちゃん」付けで呼んでいるけど、わたしよりもお姉ちゃん。お兄ちゃんと同級生なの。ツインテールの元気なお姉ちゃんが茜ちゃんで、ポニーテールの大人しそうなお姉ちゃんが葵ちゃん。今日も
ということでね、
「まるで
って、とうとう言っちゃったの。
「まるでじゃなくて、わたしたち双子なの」
あら、本当にそうだった。
「瑞希ちゃん、わたしたちの名前、もう覚えてくれたのね」
「うん、お友達だもん」
「まあ、
さらに声までそっくり。茜ちゃんも葵ちゃんも嬉しそうに、いい子いい子ってなでなでしてくれるの。……あっ、忘れていたわけではないけど、お兄ちゃんの自由研究は、
「からくり人形」
そうプレートに書いてあるの。
初めて見たわけではないけど、何でだろう? 夏休みに、お兄ちゃんが机に向かって
ぽつりと、
「まるでひな祭りね」
茜ちゃんが、笑いを
「そうね、言われてみれば、おびなとめびなに見えるよね」
葵ちゃんも同じように、そのからくり人形に夢中だった。よくわからないけど、とにかく百人一首の
でも、何だか一人ぼっちになっちゃったみたいで、「もっと瑞希と遊んで」という思いの中、茜ちゃんの手を引っ張りながら、
「ねえねえ、ひな祭りって、なあに?」
って、
すると、茜ちゃんだけではなくて、葵ちゃんまで一緒になって振り返って、
「三月三日の女の子のお祭りなの。瑞希ちゃん、ひな祭りしたことないの?」
と、ここでも二人の呼吸はピッタリ。
「う、うん……」
多分そうだと思う。
少なくとも、お家でしたことはなかった。
「じゃあ、今度の三月三日が楽しみね。お兄ちゃん、きっと瑞希ちゃんに
「うん!」
まだまだ先のことだし、よくわかってもいないけど、元気よく返事をした。ただ茜ちゃんと葵ちゃんの笑顔を見ていたら、『ひな祭り』って楽しいことだと思えた。
でも、その前に、
「瑞希ちゃん、もうすぐだね」
「お兄ちゃんのために、
「うん!」
それはね、わたしが編んだセーター。自由研究であり、またお兄ちゃんのお誕生日プレゼント。真っ白な中を横切る七つの色が、まるで
茜ちゃんと葵ちゃんは昨日も一緒に見てくれて、褒めてくれた。
そう思っていたら、
「瑞希ちゃん、今日はあの子と一緒じゃないの?」
と、茜ちゃんが訊いた。
「えっ?」
「ほら、赤いリボンの女の子」
と、葵ちゃんは茜ちゃんに続いて、あの子のトレードマークを言った。
それって、聡子さんじゃない。
あっ、そうか。茜ちゃんと葵ちゃんは、その女の子の名前を
ようだ。でも今は、その名前を言いたくない。それどころか、
「……お友達じゃないもん」
と言って、
茜ちゃんは、そんなわたしの顔を
「あらあら、
「そう顔に書いてあるよ、瑞希ちゃん」
と、葵ちゃんも一緒になって、「やだ、そんなに見ないで」と思うばかりで、
「だって、クラスのみんなにまで言っちゃうんだもん……」
それはね、朝、教室に入った時のことだった。
やっとね、
「おはよう!」
と元気よく、大きな声で言えたの。
すると、二人三人と男の子女の子が、わたしの周りに集まって来て、
「瑞希さん、おはよう!」
と、みんなにっこり。
いつも見ていた光景に、わたしも入れたと思うと嬉しくて、
「えへへ……」
笑い声が弾んだ。
「ねえねえ、今日は大丈夫だった?」
女の子が一人、訊いたの。
「聞いてびっくり。二年生で、それができる子いないから」
もう一人の女の子が続けて言ったの。
「えっ、えっ?」
「おねしょ。昨日しちゃったんだよね」
「ええっ?」
「それでパジャマの下はだかんぼで、お
男の子なんてひどいの。わたしの泣き
う~んとね、よく考えてみたら、
「おはよう瑞希さん、みんなとお
と、
「ねえ、何でみんな知ってるの?」
と、訊いてみた。
どう考えてもそうなの。
あの日、このクラスで体育館にいた子は聡子さんだけ。何が言いたいのかといえば、わたしがおねしょしちゃったことを知っているのは、
「やっぱり聡子さんの言った通りね、お兄さんの見ている前で、パジャマの下だけはだかんぼになって、ママにお尻ペンペンされちゃったのね」
「ちがう!」
って、言いたいところだけど、言うと
「う、うん……」
本当にそうなの。
「あらあら、泣いちゃうくらい楽しかったのね」
それで、聡子さんが言うように本当に泣いちゃったの。
「だって瑞希さん、みんなとこんなふうにお喋りしないでしょ。だからね、小学二年生で誰にもできそうにないこんな
と、笑顔が、どや顔に変わったの。
「聡子さんなんて大っ嫌い! 瑞希ね、おねしょしたくてしたんじゃないんだよ!」
って、
ふうふうと、
下がはだかんぼで……って、あっ、思い出した。
「今度ね、下がはだかんぼにならなくていいように、教えてあげるね」
と、前に聡子さんが言っていた。……まだ教えてもらっていないの。聡子さんとは一年生の入学式から一緒で、わたしばっかりに意地悪してくる子だけど、一番よく話しかけてくれる子だった。泣き止んで教室に帰って来ても、席だって隣なのに、わたしは思いっ切りふくれ面。顔も向けず口も聞いてあげなかった。
何だか、わたしってとっても悪い子。そう思えて、聡子さんにどんな顔をしてあげればいいのか、わからなくなっちゃったの。本当はね、勇気でも何でもなかった。
「気にしないの」
茜ちゃん、そっとほっぺた
「そうよ。恥ずかしいことでも、瑞希ちゃんのチャームポイントなんだから」
葵ちゃんも、お手々にぎにぎしてくれたの。
「仲直りしないとね」って、茜ちゃんが、
「お誕生日会、あの子も来てくれるといいね」と、葵ちゃんまで言うの……
そう。もうすぐなの。
お兄ちゃんのお誕生日は今度の月曜日。その日までは二つ上。でもね、そこから一年の半分が三つ上なの。どうしてかというとね、わたしのお誕生日が『三月三日のひな祭り』より、もう少しあとだからなの。
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