第十五話 新展開! 遠い未来のあなたは、もしかして?


瑞希みずき先生、速読できるの?」


 突然とつぜんの……

 思いがけない海里かいりさんの質問で、さっきまで見ていた景色が一瞬いっしゅんにして変わった。


 それと、八月二十四日のふるさと祭りが終わってから、わたしのことを「先生」と呼んでいたのに、いつの間にか『名前プラス先生』にもどっている。


「そ、そうね。小さいころママの真似まねしたら、できるようになったみたい」


 また「お母さん」ではなくて「ママ」って言ってしまった。それも自分の生徒の前なのに、海里さんの前なのに……。あ~ん、顔が真っ赤だ。


 わたしは『速読』というものを知らなかった。きっと『本を速く読むこと』なんて軽く思っていた。それなのに、海里さんの前だからって、いいかっこして知ったかぶりまでしてしまった。……そのことをママが知ったら、やだ、間違まちがいなくおこられちゃう。


 だから怒られる前にと、『わたしはこの子の担任として、いや、それ以前に先生として本当にあるまじき行為こういだ』と、猛反省もうはんせいしてから、そんな思いを表情に乗せて海里さんを見る。でも心の準備ができないまま、目が合ってしまって、どきっとした。


「瑞希先生?」


 海里さんは目を丸くしているけど、『げちゃ駄目だめ』と、心の中でかえして、


「あの、海里さん……」


 ごめんね。と正直に、知ったかぶりしていたことを言おうとしたら、


「あっ、海里、思い出したけど」

 と、リンダさんがんだ。


「ママが学校に通っていたころね、数学の文章問題がわからなくて、よく先生に教えてもらってたの。先生の……瑞希先生のお母さんも文字を読むのが速かったのよ。それが『速読術』だってこと、この間、図書館に行ってわかったの」


 海里さんのおかげで、リンダさんもわたしのことを「瑞希先生」と言い直してくれたから、少しはややこしくなくなった。この家には「先生」と呼ばれる人が二人いて、名字をプラスして呼んでも同じ……って、それもあるけど、今はそこではなくて、


「確かにそうだよ。『The day August 24, 2015.~It together also family and also everyone from now on.~(その日は二〇一五年八月二十四日。これからも家族とみんなも一緒だよ)』の脚本きゃくほんをチェックしてる瑞希先生の目の動きが、おばちゃんにそっくりだったの」

 と、この二人の話を聞いているうちに、本当に不思議な関係だと思えてきた。


 わたしが生まれる前から、ママは中高一貫いっかん私立大和やまと中学・高等学園の先生だった。リンダさんがママと知り合ったのは中等部の時で、高等部の二年間は担任の先生だったという。それから十何年か後に、わたしはこの学園の生徒になって、ちゃんと卒業して、今はこの学園の先生。そして海里さんは、わたしが担任をしているクラスの生徒だ。


 海里さんはしゃべり方もふくめて実年齢じつねんれいより幼く見えるけど、英語はずばけている。きっと学園では、高等部の最終学年をえてナンバーワンではないだろうか? いや、それどころか英語の先生までも、この子が高等部へ上がるのに冷や冷やしているようだ。それに今年の……あっ、これも去年の話になるのか。わたしがチェックしていた脚本は、八月二十四日のふるさと祭りのイベントで演劇部がやった劇の大切な脚本だった。内容もさることながら、海里さんは英語の素敵すてきなタイトルをつけてくれた。それほどまでに、わたしはこの脚本にむすめから母への熱いメッセージが込められているのを感じた。わたしは個人的にも大感激で……って、この親子は、


「やっぱり、そうよねえ」

 と合唱までして、もはや二人だけの世界に入っていた。


 イメージではチョコレート頂戴ちょうだい! みたいなポーズで、


「ちょっと待って」

 って、言いたいところだけど、もうその世界からもどれないほど、話がエスカレートしてしまって、速読術がわからないまま、速読術ができることになってしまった。



 ……風を感じる。


 体から感じるの。


 温かい感じ。それでも、かたくて冷たい感じ……とてもなつかしい感じなの。


 それは、とても不思議なこと。


 そして、ミラクルなことなの。


 まるでピノキオみたいに……お人形さんが、元の普通ふつうの女の子になれた。


 あの子たちは、あの場所でまた会えた。


 あの白い光が包む世界で、旧校舎の屋上前のおどで……


「良かったな、瑞希」

 と、お兄ちゃんが横で一緒いっしょに見てくれて、


「うん!」

 とってもうれしかった。


 もともとは、劇場版が最終話の予定だったの。


 きっとね、わたしみたいなファンの子が沢山たくさんいるから、タイトルは変わらないまま、また今日から、テレビシリーズ第二十七話からのセカンドシーズンとして再開した。


 さとちゃんが中心のお話だけど、後半で、みずきちゃんと再会する。……でも、普通の女の子になったから、もう魔法まほうが使えなくなった。


 それでも、第二第三のサターンがめてくるの。


 しかも、劇場版のラスボスみにまでパワーアップして……


 夏終わり物思う秋を感じさせるように、マジカルステッキは考えた。一応はマジカルステッキも、ずっとお姉さんだけど女の子。……それで、こうなったの。


 さとちゃんと、みずきちゃんの『お友達思い』がシンクロした時、マジカルステッキの『魔法の目』がひかかがやいて、二人一緒に変身するの。つまりね、この回から何と『マジカルエンジェル』が二人になったの。名前はね、さとちゃんが『ひまわり』。みずきちゃんが『あさがお』なの。……何だか、夏休みの宿題に出てきそうな名前だね。


 そういう意味では、これから新展開をむかえる大切な場面だというのに……


 今日は八月三十一日。


 今日で、夏休みも終わりなの。


 蝉時雨せみしぐれは聞こえず、しとしと雨が降っている。


 お昼すぎると、きっと一日前に戻りたいと思うことだろう。


 ……だから、大きな声で元気よく、


「できた!」


 と、夏休みの宿題を終わらせた。今はまだ午前の十時三十分。さっさと明日の準備を済まして、パンダさんと、お兄ちゃんも一緒に、お家の中で思いっきり遊ぼうと思った。でも、お兄ちゃんはまだ机に向かってお勉強している。ちょっとのぞいてみると、わたしには難しくて……という以前に、算数が苦手なの。


「お兄ちゃん……」


「ん? 何だい?」


 算数が得意なの? と思えるくらい、お兄ちゃんは笑顔……う~んと、ちょっと違って何だったかな? じゃあ、わたしも、


「じゃん!」


 できたばかりのセーターを広げた。


 それは自由研究にしているもので、編み方もそれらしくノートに書いている。セーターは自分で日記をつづれないから、わたしが綴ってあげて……って、これって、朝顔あさがおさんと同じだ。そう思うと、くすっと笑えて、でもね、ここからが本題。大好きなお兄ちゃんのお誕生日プレゼントもねているの。


「これ、瑞希が一人で編んだのか?」


「うん、そうだよ」


 さっきのお兄ちゃんと同じ。


 あっ、そうそう、どや顔だ。


 でも、お兄ちゃんは、わたしの顔ではなくて、セーターをじっくりながめている。


「ねえねえ、着てみて」


「そうだな、瑞希が編んでくれたんだ。着てみるかな」


 ……あっ、マフラーもそうだったけど、夏にセーターを着るのも暑いと思うの。そう思いながらも言えなくなっちゃって。ごめんね……って、心の中でつぶやいた。


 でも、着ちゃったの。お兄ちゃん。


「瑞希、これすごいよ。サイズもぴったりだし、かっこいいな」


 それで、大喜びでめてくれたの。


 降り続けるこの雨がむようにと、願いをめて編み終えたセーター。そしてお空ににじかるようにと、七色のラインを入れたの。


 きっと明日は晴れるねって、そう思ったの。


「瑞希、ありがとう」


「えへへ……」


 でもね、まだあるの。


「あのね、お兄ちゃん」


「どうした? 顔赤くして。おしっこもれそうなのか?」


 あれは、プールの日や登校日以外に学校へ行った日。……ううん、わたしとお兄ちゃんだけの秘密基地へ行った二十四日の日だ。その日、おもらししてから、一人でトイレに行くのが怖いのだと思って、そういてくれるの。


「ううん、ちがうの」


 その通りなの。でも夜はやっぱり一人でトイレに行くのが怖い。……って、そうではなくて、わたしのすぐ後ろでぺたんと座っているぬいぐるみのパンダさんから、赤いマフラーを外してあげて、それを持って、


「これも、あげる……ね」


 もっとお兄ちゃんの喜ぶ顔が見たかったの。


 それもあるけど、わたしにはまだ言葉にできないそれ以上の気持ちなの。


 でも、お兄ちゃんは顔を横に振った。マフラーを持っているわたしの両手を、そっとつつむようにしてにぎったの。


「どうして? お兄ちゃんは瑞希といっぱい遊んでくれたんだよ。かみなりさんから瑞希を守ってくれたんだよ。おままごとだって……パパみたいに、優しかったんだよ」


 げてきて、えっ、えっ……と泣いちゃった。


「泣くな!」


 びくっとした。


「お、お兄ちゃん?」


 泣き止んじゃった。


「このマフラーは、やっぱり瑞希がした方がいいよ。パパも喜ぶと思うよ……」


 お兄ちゃんはマフラーを手に取って、わたしに巻いてくれた。


「ほら、とっても可愛かわいいじゃないか」


「えへへ……」


 まだなみだれた顔だけど、嬉しくて笑えたの。


 あっ、でも、何でこんな時に?


 と、思ったけど、思い出しちゃったの。


「お兄ちゃん、ごめんね」


「ん? どうした?」


「瑞希ね、お兄ちゃんの夏休みの宿題、邪魔じゃましちゃったね……」


「なあに大丈夫だいじょうぶだよ。あと読書感想文だけだから」

 って、それが一番大変だよ。


 ご本を読むのも……って、あはっ、読みたくなっちゃった。


「手伝ってあげる」


「あ、ありがとう。って、言いたいところだけど、瑞希にわかるかな?」


「うん、任せて」


 わたしは、お兄ちゃんのお勉強机に置いてある……あっ、これだな。読書感想文で使うご本を手に取って読み始めた。一年生の夏休みは、パパとよく図書館に行った。どのご本も面白くて、いっぱいいっぱい読んだの。お兄ちゃんの読書感想文で使うご本は『はれときどきぶた』だ。前にも読んだ。


 ……と、思ったけど、あれれ? 忘れちゃった。


「ちょっと瑞希、そんなに早く読んで大丈夫なのか?」


「大丈夫。すぐ終わるから話しかけないで」


「は、はい……」


 それから十五分くらいかな? 雨音が聞こえなくなった。


 それをきっかけに、うすくて白いカーテンの隙間すきまからこぼれる日差しは、また赤いマフラーをしたパンダさんと、きっちりたたまれている自由研究のセーターを優しく包み込んだ。その真ん中であしばしてすわっているわたしは、くすっと笑ってから、


「読み終わったよ」

 と声をかけて、静かにご本を閉じた。


 それで寝転ねころがっているお兄ちゃんが、


「ん? 瑞希、パンツ見えてる……って、えっ、もう?」


 びっくりして起き上がった。


 少しめくれた熊さんの白いワンピースの裾を直しながら、わたしも立って、


「じゃあ、まず椅子いすに座って」


「は、はい」


 まるで音声対応のスーパーロボットみたいに、お兄ちゃんは椅子に座った。

 これって、面白い。と思いながらも、


原稿げんこう用紙と鉛筆えんぴつを用意して、瑞希がお話しすること書いてね」


「わ、わかった」


 机の上には、ちゃんと原稿用紙に鉛筆。お兄ちゃんは、それを目の前にした。


「じゃあ、始めるね」


 わたしは、この本に書かれてある物語で感じたことを語り始めた。お兄ちゃんは、わたしが話した通りに、原稿用紙に書き始めた。……パパはお布団ふとんの中でも、お風呂ふろの中でも色んなお話をしてくれた。それでね、七歳さいのお誕生日にプレゼントしてくれたみずきちゃんの日記帳に名前を書いた。するとね、パパびっくりして「瑞希、すごいじゃないか」って褒めてくれたの。わたしの名前の『みず』という字は小学校で習わないと言っていた。中学校でもどうかな? とも言っていた。でも、わたしは自分の名前を漢字で書けるだけではなくて、小説に書かれている漢字もふりがななしで読めちゃうの。その漢字も書けちゃうの。……だからね、


「あっ、お兄ちゃん、その漢字ちがうよ」


「えっ、そうなの?」

 と、いうことになっちゃうの。


 そんなこともあったけど、このご本の感想は、


「おしまい」


 ……あれ?


「何書いてるの?」


「これはな、お兄ちゃん思いの可愛い妹への感想文」


 今日は二回も、わたしのこと「可愛い」って言ってくれた。


 とっても嬉しくて、その夜、わたしは絵日記にお兄ちゃんのことを書いた。


 実は、絵日記のことを忘れていた。でもこれで、夏休みの宿題も終わりだ。


 それから、今日の日記には……


「瑞希、明日から学校だ。早くるぞ」


「うん」


 今日の終わりを告げるように……あっ、この場合は、夏休みの終わりを告げるようにお部屋の明かりが消えた。わたしのお布団とお兄ちゃんのお布団が、きっちりと綺麗きれいに並んでいる。でもね、別に寝相ねぞうが悪いわけではないの。だけどね、


「どうした? ひっついてきて」


「ここがいいの」


 豆電球だけの明かりになっても、お兄ちゃんはにっこり笑って、


「瑞希はあまえんぼうだな」


「違うもん。瑞希は女の子だよ。『甘えん坊』じゃなくて『甘えたさん』なの」


 わたしも、くすくす笑った。


 去年の夏休みの終わりは、同じお布団の中で、こんなふうにパパと寝ていた。


 ……でもね、この夏休みはお兄ちゃんが一緒にいてくれた。一緒におままごとしてくれて、一緒に学校のプールも行った。図書館に行くのも一緒だった。それから学校の登校日があって、劇場版のみずきちゃんを見に、一緒に映画館へも行ってくれた。秘密基地の戦隊ごっこも、お兄ちゃんが一緒で楽しかった。


 綴りたいことがあふれちゃって、まとまらなくて、


「お兄ちゃん、大好き」


 の一言で、今日の日記をくくった。



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