第十四話 同日、八月二十四日。


 ……思えば、予想外の展開になっちゃった。


 長い時間をかけて、だいぶお話したように思ったけど……まだね、お兄ちゃんは台所に向かってお昼ご飯に使った食器を洗っていて、


「ついにラスボスが乗り移ったみずほさんと、マジカルエンジェル・みずきちゃんの対決が見られると思ったのに、あの場面でまさかのえ。さとちゃんが、みずきちゃんの必殺技の、ええっと……『マジカル・フラワー・アタック』も通用しない最強のラスボスになるなんて……」


 と、いう具合に、まだお話を続けているの。


 劇場版に登場したサターンの名前が、いつの間にか『ラスボス』になっていた。


 それとね、


「アタックじゃなくてシュート! せっかく瑞希みずきがパーフェクトなまでに真似まねてあげたのに……それにね、あれなの。う~んとね……ほらっ、わかんなくなっちゃった!」


 それで、わたしはちょっぴりふくれ面。


「ごめん、ごめん」

 と、お兄ちゃんは謝ったけど、軽くて顔が笑ったままなの。


「もう!」


「まあまあ機嫌きげん直せよ。『秘密基地』へ連れてってやるから」


「えっ?」


 わたしは目を丸くしちゃったかも。


「秘密基地。一緒いっしょに行こう」


「うん!」


 もうすっかりご機嫌。……とはいっても、


(そんなものあった?)

 って、思わなかったの。お兄ちゃんの口から「秘密基地」という言葉を聞いたのは、今日というよりも、今初めてのことだけど、全然気にならなかった。


 あっ、それで今日は八月二十四日。


 わたしたち兄妹きょうだいは、今も『劇場版のマジカルエンジェル・みずき』の話題で持ちきりだけど、映画館に行った日からだいぶ日にちもっていて、やっぱりお兄ちゃんの言う通りで、もうすぐ夏休みも終わりなの。ちょっとさびしくなったけど、お兄ちゃんのさわやかな笑顔が、わたしを笑顔にしていたの。


「ねえねえ、お兄ちゃん」


「何だい?」


「秘密基地って、何かかっこいいね」


 お兄ちゃんは笑顔の上に、さらにくすっと笑って、


「戦隊ものに出てきそうだな。瑞希も大好きだろ?」


「うん、大好き!」

 と、まあ、そんなことを話しているうちに、


「ほら、あそこだ」


 お兄ちゃんが指をさした。


 ここはまだ歩道橋で、たぶん……もうすぐだと思うの。


 わたしは何度も、お兄ちゃんの人差し指の先にあるものを目で追いかけているけど、


「お兄ちゃん、あれ学校だよ」


 ……どう見ても、そうなの。


 でも、お兄ちゃんは胸を張って両手をこしに、


「そう。学校だからこそ『秘密基地』なんだ」

 と、ガハハ笑い。普段ふだんのイメージがくずれた。


 わたしは、今それどころではなくて、


「わかんないよお」


「まあ、とにかく行こう。ついてくればわかるよ」


「うん」


 その言葉の通り、わたしはお兄ちゃんについて行った。登校するのと同じ感じで一緒に正門をくぐってから、旧校舎を三階まで上がって四年一組。そこはお兄ちゃんの教室で、その向かって右隣みぎどなりに小さなお部屋? があるの。さっそくドアを開けたら、灰色の机の上にケーキが……ではなくて計器が乗っかっていて、つまり機械が並んでいて、マイクがあって、テレビ……ではなくて、モニターがあるの。ええっと、それからね……。


 何で、ここに地球儀ちきゅうぎがあるの?


 そう両方の目でうったえていると、


「ここはな、瑞希が入学するまでは放送室で……」


「ほうそうしつ?」


「あっ、瑞希には難しかったか。お昼休みに音楽が聞こえるだろ? あれだよ」


「ふ~ん」


 それよりも、地球儀に興味があった。


 すると、お兄ちゃんは椅子いすに座って、


「ここは指令室、瑞希隊員、応答せよ」

 と、マイクに向かって話しかけたの。


「はい、こちら瑞希、どうぞ」

 と、応答しちゃった。


 お兄ちゃんはいて、


「と、まあ、こんな感じだけど、気に入ってくれたかな?」


「もうバッチリだよ、隊長!」


 わたしは隊員になりきって、敬礼した。


 おままごとよりもこっちの方が好き。お兄ちゃんは笑っているけど、とってもうれしかった。それで、これから宝探しでもするの? みたいな絵を、お兄ちゃんは黒板ではなくて白い板……ええっと、ホワイトボードいっぱいにいて、お星さまマークを五つかざった。


 コトッ……と、お兄ちゃんは専用のマジックを置いてから、


近頃ちかごろこの旧校舎でサターンが暗躍あんやくしているという情報が数多くせられた。これはその見取り図で、各箇所かくかしょの星印はサターンが目撃もくげきされたという場所だ。そこで、今回の我々の任務は、この星印の場所を極秘裏ごくひりに調査すること。そしてその調査は、ぼくと瑞希隊員の二名で行うこととする」


了解りょうかい!」

 と、また敬礼。でも、ちょっとちがうの。


 サターンはね、姿形がないの。人の弱い心。それから……そうそう、迷う心だ。あと悪い心の中に入ってくるの。働きとして現れるものだから、見ることができないの。……そう言いたかったの。でもね、こうしてわたしと遊んでくれるお兄ちゃんの笑顔を見ていると、言えなくなっちゃって、……ちょっと泣けてきちゃったの。


「瑞希隊員、行こうか」


「は、はい」


 と、いうことで、旧校舎を舞台ぶたいに、わたしとお兄ちゃんの小さな冒険ぼうけんが始まった。


 コツコツ……と、二種類の足音が聞こえる廊下ろうか


 そして階段。屋上へ向かう途中とちゅうで、お兄ちゃんが急に立ち止まった。


いたっ」


「どうした、瑞希?」

 と、お兄ちゃんはかえって、


「お兄ちゃんの背中に、顔ぶつけちゃった」


 わたしは手の平で鼻をさえた。


 くすっと、お兄ちゃんは笑って、


「見てごらん。ここは階段の手摺てすりかべで外から見えにくい。いいかくれ場所だ」


「わあ、とっても明るいね。かくれんぼするには、いい場所だね」


 それはね、もっと上の方からなの。ふわふわとつつむような白い光が、鼻の痛みも忘れちゃうくらい素敵すてきで……。その光景が、ここに来る前、お兄ちゃんに言った『ほら、わかんなくなっちゃった!』の答えを、そっと導いたの。



 ……この物語とは思えないほどの激しいバトル。


 あり得ないほど攻撃こうげきかえされ、必殺技も通用しない。


 校内のすべてのものをみながら、舞台は旧校舎の屋上から運動場へ。


 ラスボスの強さは、まるで鏡のようで……


 みずきちゃんはどんどん傷ついていき、ふらふらと見えるものまでかすんでいた。


「そろそろ無駄むだなことは止めておれと手を組んだらどうだ? 何のために戦う? こいつらを守ることに何のメリットがある? ……なかったじゃないか。何も変わらず同じことの繰り返し。せっかく守ってやっても、お前はこいつらにいじめられてばかり。何をなやむことがある? お前が俺と同化したなら、この世から『いじめ』を根こそぎ消滅しょうめつさせることができるんだぞ」


 さとちゃんの声のまま、ラスボスは言った。


「……わかった」

 みずきちゃんはうつむいたまま、変身を解いた。


 ガシャッ……と、マジカルステッキは地面を転がった。


「よし、聞き分けのいい子だ」


 と、スピードは光の速さと同じ。ラスボスはさとちゃんからはなれて、今度はみずきちゃんに乗り移る……はずだった。でも、そこには……


『何だ? 何にもないぞ。こいつには心がないとでもいうのか?』

 と、ラスボスは困惑こんわくしていた。


『あるよ、たましいの中だけなら。……わたしはもう死んじゃってるの。みんなを守るために天国にも行けなくなって、魔法の力で作られたこのよくできたお人形さんの中で彷徨さまよってたの。……でも、もうつかれたの。あなたの言う通り同化してあげる。それで、わたしは魔力のすべてを使って……あなたを道連れにして、ここから消滅しょうめつしちゃうの』


 変身の時と同じ光が、みずきちゃんを包んだ。


『や、やめろ!』

 というラスボスの断末魔だんまつまさけびと共に、


「みずきちゃん、ダメ!」

 という、声が聞こえた。


 えっ? 今は声が存在しない世界の中のはずなのに?


 そこには、たおれていながらも起き上がろうとしているさとちゃんが、ぽろぽろと顔をなみだらしながら、みずきちゃんを見ていた。


 ……グスッと、


「さとちゃんと、もっと遊びたかったなあ……」


 そしてキラキラと涙を残して、魂の中ではラスボスをつかまえたまま、まるでロボットアニメのように、白いけむりとバチバチ火花も散らしながら、みずきちゃんは爆発ばくはつした。



 あの子は、わたしの大切なお友達。


 だからね、さようならなんかしないよ。……そう願ったの。



 聞こえるの。劇場版のエンディング曲に乗せて、マジカルステッキをかかえたさとちゃんが、この旧校舎の階段をがってくる足音……


 きっとこの場所で、あの天使のような魔法まほう少女と、また会えるような気がする。


 そんな思いの中で、


「第一の場所が一番安全だな、よし次へ行こう」

 と、お兄ちゃんが言うから、わたしはまた、


「はい、隊長!」


 ビシッと、敬礼しちゃった。


 それから階段を下りて三階。


 あっ、この階はさっき行ったから、そのまま通り過ぎて二階だ。


「瑞希、『学校だからこそ秘密基地』って意味、わかったかい?」


 う~ん……とね、


「やっぱり、わかんない」


「秘密基地って田んぼのそばにあるような小屋か、誰もいない建物って思ってただろ?」


「う、うん」


「『秘密』なんだから、目立つ場所では『秘密基地』になんないだろ?」


「あっ、そうか」


 ぽん! と、わたしはパーの左手に、グーの右手を打ちつけた。


「わかったみたいだね」


「えへへ……わかっちゃった」


「答えは『まさか学校にあると思わないから秘密基地』なんだよ」


「さすがお兄ちゃん、頭いいね」


 わたしは、お兄ちゃんの背中をぽんぽんたたいた。


「そうかい?」


 お兄ちゃんのほっぺたが真っ赤になっちゃった。


 そして二階。二年一組の教室がある。そこがわたしの教室なの。その前に、この階段から近い理科室へ向かう。……こわい。さっきまで明るかったはずなのに、いつの間にか廊下ろうかまで暗くなっているの。どんよりした雲が、お空をおおっちゃったみたいで……でも負けないよ。映画館も大丈夫だいじょうぶだったし、お兄ちゃんも一緒だから大丈夫なの。


 きっと、大丈夫……


 すると、ピカッと、見える限りすべての窓から青白くまぶしい光がんだ。そしてドキドキと心臓の音を痛く感じる中で、地面の割れるような音がひびいた。


 何で? と思うくらいに、ふうふう……と、息があらくなって、ガチガチと歯の音が聞こえるくらいに体がふるえて、立っていられなくて、その場にしゃがんだ。


 ぽろぽろと涙、鼻水まで零れちゃって、


「瑞希、どうした?」


「こ、怖いの……」


 この時のことは、何が起こったの? って感じで、何かわからないの。きっと『かみなりが怖い』ではなかったのだと思う。とにかく我慢がまんできないくらい怖かったの……


作戦変更へんこう! これより瑞希隊員の救出に移る」


 お、お兄ちゃん?


「……なっ、ちょっとはマシだろ?」


「うん、頑張がんばる」


 ガタガタと両脚りょうあしふるえているけど、今言った通り頑張って立った。そして、お兄ちゃんの温かい背中にしがみついた。お兄ちゃんは、わたしをおんぶした。


「よし、えらいぞ。一階までるから、しっかりつかまってるんだ」


「うん」


 お兄ちゃんは走り出した。旧校舎から新校舎へつながる廊下をけて、休むことなく一階へ繋がる階段も駆け下りた。そして玄関げんかん辿たどくと、地面をたたきつけているたきのような雨が、お兄ちゃんの足を止まらせた。さらに追い打ちをかけるように、お空を覆うどんよりした雲を、青白い光がいて、雷の音が雨の音まで支配した。


「あっ……」


 さーっと上から下へと流れるように、頭の中が真っ白になっていって、じわっと、何かれちゃうような生温かいものまで感じた。


 おしっこ、出ちゃった。……って、やだ、止まらないよ。勢いよく出ちゃって、わたしのパンツとくまさんの白いワンピースを濡らして、そのままお兄ちゃんの青い半ズボンから両脚まで濡らして、足元には大きな水溜みずたまりができちゃった。


「お兄ちゃん、ごめんね……」


 おんぶされていても、お兄ちゃんが足元を見ているのがわかるの。


「おっ、いっぱい出たな」

 ……って、おこってないの?


 と、いうよりも、その声の感じから、お兄ちゃんは喜んでいるみたいで、


「濡れついでにこのまま家まで走るから、もう少しだけ我慢できるかい?」

 この雨の冷たさまでもつつむように、優しくそう言った。


「うん、我慢する」


「よし、その意気だ」


 お兄ちゃんは、わたしをおんぶしたまま、雨の中を走った。


「お兄ちゃん……」


「ん? どうした?」


「瑞希たち、上履うわばきにえるの忘れてたね」


「あっ、そうだったな」


「それからね、瑞希のおしっこで廊下が濡れちゃったね」


「あっ、それ内緒ないしょだからな」


 そのあとね、お兄ちゃんが「きっと雨が流してくれるよ」って言ったの。


 どんよりくもから少し晴れ間が見えて、「雷がいなくなったよ」とも言っていた。


 あの時のドキドキとは全く違う少女漫画まんがにも似たようなものを感じて、


「ねえ、お兄ちゃん……」


「何だい?」


「大好き」


 子供だけど、やっぱりわたしは女の子。


 さっきよりも、ぎゅっと、お兄ちゃんの背中にしがみついた。


 そして、もうすぐだ。本屋さんの手前を曲がって、千尋ちひろ先生がいる幼稚園ようちえんの前を通り過ぎれば、マンションの入り口。そばには公園があるけど、今は寄らないの。


「お兄ちゃん、もう歩けるよ」


「いいから任せとけって」


 えっ? そのままエレベーターに乗っちゃった。わたしとお兄ちゃん二人っきりで誰にも会うことなく、止まることもなく三階まで上がった。ぽたぽたと、水滴すいてきを落としながら廊下を歩いてここは玄関のドアの前。お兄ちゃんは、そっとわたしを下した。


 そして敬礼。


「瑞希隊員、任務ご苦労であった。よく頑張ったな」


「えへへ……」


 智美ともみ先生が言っていたの。学校の遠足は、お家に帰るまでが遠足だって。それと同じように、戦隊ごっこもお家の玄関の前で終わった。あおげば、お空もお洗濯せんたくしたみたいに、どんよりした雲も白い雲に変わっている。もう雨もなかった。


 お兄ちゃんが玄関のドアにかぎを差し込むと、


「あれ? 鍵が開いてる」


 一難去ってまた一難? やだ、泥棒どろぼうさんとばったり会っちゃうよ。でもお兄ちゃんの手が、そのままドアノブを回した。『武勇伝ぶゆうでん』とも呼べるような勇気ある行動で……と思っていたら、開けたドアの向こうには、


「ママ、お帰り。もうお仕事終わったの?」


「それを言うなら『ただいま』でしょ。今日はお仕事早く終わったのよ。それでね、瑞希がお兄ちゃんの言う事をちゃんと聞いてお利口にしてるから、三時のおやつにケーキ買ってきてあげたのよ」


 泥棒さんよりも、もっと素敵な光景がここにあったの。わ~い、ケーキだ。という以前に、お家で三時のおやつそのものが初めてのことなの。ママはね、お兄ちゃんのこともめてくれたの。ママとお兄ちゃんも一緒に三時のおやつ。とっても楽しみなの。


「あっ、でもお兄ちゃん、瑞希おもらししちゃったよ」


「おいおい、それ内緒だって言っただろ」

 と、お兄ちゃんは慌ててわたしの口をふさいだ。


 ママは、くすくす笑って、


「それにしても二人仲良くびしょ濡れね。お風呂ふろかしてるから、すぐ入りなさいね」


 雨で濡れたのを、すっかり忘れていた。


「は~い」

 と、二人仲良く返事。


「よし瑞希、洗いっこだ」


「うん!」


 二人仲良く手を繋いで、お風呂場へ向かった。



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