第十三話 どうして泣いちゃったの?


 ……やっぱり、お話は続いちゃった。


 確か、第十四話だったかな? 先生の気紛きまぐれで、席替せきがえがあった。


 それから一週間がって、みずきちゃんは自分の意志で、左手からマジカルステッキを出せるようになった。その次の日のことなの。


「ねえ、昨日何があったの?」


「えっ、何のこと?」


 となりの席の子がマジマジと見るから、みずきちゃんはタジタジした様子なの。


 その子は、この前の自習の時間、みずきちゃんを助けようとしてくれたの。第一話から見てきたけど、初めてのことだった。……いじめられているみずきちゃんを見て、泣いちゃった子も、それまでだれもいなかったの。むしろみんな笑っていた。


 あっ、まだ会話の途中とちゅうだ。……ええっと、


「お昼休み、この校舎の三階よりも上……つまり屋上の方から、あなたが下りてくるのを見かけたの。もしかしてあなた、あの……」


「そ、それ。た、た、他人の空似そらにじゃない? ……ええっと、ええっとね、『世の中にはね、自分と似た人間が三人いる』って言うじゃない。そうそう、きっとそれよ」


「いいえ、絶対あなた」

 と、その子は、明らかに疑いの目で……


「ううん、空似だったら空似」


 みずきちゃんは一歩もゆずらない。ではなくて譲れない。


 それもそのはず。……昨日あの場所で、初めて自分の意志でマジカルステッキを左手から出して、マジカルエンジェルに変身して戦ったの。相手はクラスの男の子をあやつっているサターン。この子が持つ『テストの結果に対する不満』を増大させて、職員室を襲撃しゅうげきさせようとしていた。サターンの攻撃こうげきといえば、接近戦は『ブラックホーク』と呼ばれるおの距離きょりを開けたら赤い目から放つ光線。……がおもなの。


 それを、見られちゃったみたいなの。


 それが証拠しょうこに、


「声も聞こえたよ。確か『マジカルなんたら……』って。いつもとちがって、とっても大きな声。それに何かまぶしい光が見えて……って、本当に何があったの?」

 って、だんだんこわかおになっていてきたの。


 わあ! 本当に大ピンチだよ。


 ええっと、どうする? あ~ん、どうしよう。


「……た、探検! そうそう探検してたの。この旧校舎にはね、まだまだ七つ以上の不思議があるの。だからパパ譲りの、ぼくのね、探検家の血がさわいじゃったってわけなの」


 その子は、目を丸くして、


「ぼ、僕?」


「そう、僕。内緒ないしょにしてたけど、お家では『僕』って言ってるんだ。僕ね、本当は男の子になりたかったんだ。この前は隅々すみずみまで見られちゃったから、体はしっかり女の子なんだけど、ハートは男の子なんだ……ぜ」


「はあ?」

 と、その子は声を出したけど、ぷっと笑っちゃって、


「なあに、それ?」

 と、さらにお腹までかかえちゃって、


「ほんとうそつくの下手へたなんだから……歯止はどめが利かなくなっちゃったからって、仕舞しまいには『ボクッ』にまでなっちゃって……もう最高!」


 見ての通り……思い切り笑われちゃった。


 もう! 誤魔化ごまかすの大変だったんだから。


 と、心の声によって、みずきちゃんはふくれ面。


「でも、まあ、いいか……」


 笑いすぎて、ちょっぴりなみだが出ちゃって、ヒイヒイと息を切らしながらも、


「仲良くしようね、みずきちゃん」

 と、その子は、ニッコリ笑った。


「こ、こちらこそ……よ、よろしくお願いします……」

 と、ご挨拶あいさつを返したら、


「ダメダメかたすぎ! 本当にあなたのこと気に入ったんだから、何も警戒けいかいすることないじゃない。それに声も小さいよ。せっかく『ちゃん』付けで、あなたのこと呼んであげてるんだから、あなたも『ちゃん』付けで、わたしのこと呼びなさいよ」


 ……おこられちゃった。


 じゃあ、次は笑顔で、


「よろしくね、さとちゃん。……かな?」


「うんうん、『よくできました』の桜マーク付きよ!」


 その子は、さとみさん。……今日から『さとちゃん』になった。



 この前の自習の時間、まだ他のクラスでも授業しているにもかかわらず、激怒げきどしたみずほさんは女の子二人と一緒いっしょに、みずきちゃんをはだかのまま教室から連れ出し、トイレに入るなりどろまみれの体操服を投げつけて、バケツの水をぶっかけた。それから、お洋服を着ていても、個室の上から大量の水が降ってきて、びしょれになったこともあった。


 それでまた……

 同じトイレつながりで、こんなことがあった。


 さとちゃんが「一人じゃ危ないから」って、トイレまでついて来たの。教室に戻るのも一緒で席まで行くと、机の上が紙屑かみくずでてんこ盛りになっていた。


 それでいくつもある丸まった紙屑を、一枚二枚……と広げると、


『バ~カ』


『あほ丸出し』


『キモイ』『いつもヘラヘラしてんじゃねえ』


 その他にもEtc(エトセトラ)……


 その中には『死ね』という言葉まであった。そして周りを見渡みわたしたら、どの子もこちらに顔を向けて笑っている。クスクスやヒソヒソと、声まで聞こえてきた。


「ひど~い!」


 と、その中でも、大き目の声が耳元で聞こえたかと思うと、『死ね』と書かれた、

その広げて見ている紙を、サッと取り上げられた。


 びっくりしていたら、


「さとちゃん」

 が、べったり後ろにいたの。


「もうだまってることないよ。これ持って職員室に行くから」


 ふうふう……と、荒い息遣いきづかいと、おにのような顔もしながら、みずきちゃんの右の手首をぎゅっとつかんで教室の、この席に近いドアから出ようとした。


「ま、待って!」

 と、足を止めた。


「みずきちゃん?」


 振り返るさとちゃんの顔が、鬼ではなくなってきて。


 ……その顔が、ちょっとにじむようにぼやけてきて。


「……ありがと。でも、いいの。本当はもう死んじゃってて、痛み感じないの。ここにあるのは天国に行けなかったたましいと、とてもよくできた魔法まほうのお人形さんだから……」


 とうとう喋っちゃった。


 魔法少女であることは、絶対に秘密なのに……


 それでも、みずきちゃんは、


「だから、心配しないで。さとちゃんのその気持ちだけで頑張がんばれるから」

 と、微笑ほほえみながら言ったの。


 すると、ぎゅっときしめられた。


「さ、さとちゃん?」


「みずきちゃんのバカ。ダメじゃない、そんな悲しいこと言っちゃ。もう頑張らなくたっていい。思いっ切り泣いちゃえばいいのよ。もっとあまえなさいよ」


「もしかして、おこってるの?」


「当たり前じゃない。大切なお友達にそんなこと言われたらショックよ」


 ……大切なお友達。


 ここに来て、初めて聞いた言葉だった。


 ぽろぽろと、なみだこぼれた。


「……ごめんね」


 と、一言……そして、ここが教室であるということを忘れて、周りにはクラスのみんながいることも忘れて、まるでダムが決壊けっかいするみたいに……って、見たことはないけど、とにかく、思いっ切り、みずきちゃんは泣いちゃったの。


「……もう魔法少女なんてやだ」


「うんうん」


普通ふつうの女の子に戻りたいよお」


「うんうん……」


 さとちゃんは、何も訊かなかった。


 みずきちゃんが魔法少女ということも、日々、サターンと戦っているマジカルエンジェルということも、言葉をえて、もう何もかも知っているみたいに、ただただ優しく聞いてあげた。それから、みずきちゃんが、もう変身して戦いたくない……ということも。


 その一部始終を見ていたみずほさんを中心とする女の子三人組は、この後どの様に、みずきちゃんたちをいじめるのか、計画しながらも、


「キモっ、まるで百合ゆり


「もっと面白いもの見せてくれると思ってたのに」


「……ほんと、白けちゃったね」

 と言って席を立ち、そのまま教室を出て行った。


 そして周りを見ると……


 何事もなかったように、お喋りの続きをする女の子たちがいれば、「おい、ドッジボールやろうぜ」と言って、ここから元気よく外へ、飛び出していく男の子たちもいた。それとは無関係に、大人しくご本を読んでいる真面目っ子もいて……と、様々なの。


 一見バラバラでまとまりがないようだけど、どの子にも共通点がある。それは、自分たちのクラスで起きている『いじめ』に対しては見て見ぬふり……だけではないの。どの子もみずほさんに加担し、みずきちゃんをいじめているということだ。


 そして、どの子も、


『自分でなくて良かった』

 と、きっと、そう思っている。


 でも、その中でも、さとちゃんだけは違っていた。


 今こうして、みずきちゃんにっている……



 実は、このお話が第二十五話。劇場版に入る前のお話だった。


 この物語のお話の数は全部で二十六話……になる予定だった。


 このクラスの児童は、全員で二十四人。そして、この物語には、その人数と同じ二十四種類のお話が用意されている。第一話と第二話が主人公のみずきちゃんのお話で、第三話で魔法少女になって、ついにマジカルエンジェルの戦いが始まった。


 第四話からは、みずきちゃんを除いた一人一話ずつのお話で、毎回、何らかのなやみをかかえたクラスの子にサターンがはいんで、そこで、みずきちゃんがマジカルエンジェルに変身。必殺技の『マジカル・フラワー・シュート』でサターンをたおして、その子の悩みを解決してあげる。……そして希望のお花を、クラスの子一人ひとりの心にかせてあげたら、その積み重ねで、この旧校舎からサターンがいなくなって、このクラスから『いじめ』もなくなって、みんなが笑顔で仲良くなれる。……という展開になるはずだった。


 でも、現実はまったちがっていた。


 とはいっても、これもまたアニメの世界で……。一度サターンに操られた子が、また操られるというケースがあったり、最近では三人、五人単位と複数で、みずきちゃんをおそうケースまであるの。回を重ねるごとにサターンがレベルアップして、みずきちゃんが苦戦した末に『イチかバチか、やっと倒せた』という感じになってきていた。それと比例するように『いじめ』も激しくなって深刻化……


 それだけではなく、サターンに操られていないクラスの子が、まだ十人もいる。


 その十人の中には、一番サターンに操られそうなみずほさんをふくむ女の子三人組が残ったまま……劇場版を迎えた。



 八月六日の登校日、それは起こった。


 ついにみずほさんがサターンに操られ……というよりかは、まるで『ラスボス』が乗り移ったように、残りの九人を操り、他の子もみながら、魔女まじょりならぬ『魔法少女狩り』を決行した。


 明らかに、みずきちゃんを狙っている……としか思えない設定だけど、十字架じゅうじかに手足をしばられけられているのが、さとちゃんで、『火炙ひあぶりの刑』といって、足元には大量のまきが……。さらに松明たいまつを持った男の子の手が、そっと薪に近づいて、


「やめて!」


 と、夢から覚めそうな大きな声で、さとちゃんのところに向かって、みずきちゃんが走る。この状況じょうきょうには似合わない青くわたったお空の下を……そして、その次なの。


 ササッと左手から、マジカルステッキが出た。そのままフェスティバルに出場するマーチングバンドみたいに、くるくると回す。すると先端せんたんの、とお水晶玉すいしょうだまのような『魔法の目』が、まばゆいほどの光を放ち、


「マジカルチェンジ・セットアップ!」


 と、マジカルステッキをお空にかかげて、みずきちゃんはさけんだ。


 真っ白な光に包まれながら、お洋服が破裂はれつするように消えて、はだかんぼになっちゃった。……でも、それが天使のように美しいの。少し茶色のかみが黒く変色して、あざやかなエンジェルリングがかがやいた。背中から広げた白いつばさは、同じ色のマントになって、この星の優しい水の色と、純粋じゅんすいで真っ白な天使の心の色で作り上げたコスチュームは、そっとこの子の素肌すはだを包んだ。そして大地に咲くたくましいお花の黄色のシューズと、正義の戦士としてのちかいを込めた真紅しんくのグローブ。


 その姿こそが、


「やっぱり、あなたがマジカルエンジェルだったのね……」

 と、ぽつり、さとちゃんが力なく言った。


 ハッとしたみずきちゃんは、


「……ごめんね、これがわたしの正体なの」

 と、一粒ひとつぶ……涙を零した。


 みずきちゃんの涙の理由は、自分が魔法少女だと知られないようにしようとして、さとちゃんが身代わりになってしまったこと。そして自分が、もう普通の女の子に戻ることのできないマジカルエンジェルだと、知られてしまったからなの。


 ……するとね、


「マジカルエンジェルが、みずきちゃんで本当に良かった……」


「さとちゃん?」


「だって、みずきちゃんがクラスの中でも一番に普通の女の子だから。わたしね、みずきちゃんのお友達になれて、本当に良かったと思ってる。何があっても、わたしは、あなたの味方だから……お友達に、『さようなら』なんてないんだから……」



 きっと、周りにいた女の子たちも同じだったと思うの。わたしが映画館で泣いちゃったのは……これまでのエピソードたちとの思い出があるように、この二人の思い出がカタカタと動く八ミリ映像みたいに、心の中を流れるからだったの。



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