第十二話 じゃあ、どんなお話なの?


 昨日がどんなに楽しくても……

 夜が明けて、今日という日をむかえる。そして今、歩いている。


 今日から、また学校。……できるなら、昨日にもどりたかった。


 その方が、安心できるから。


 何が起きるか不安で仕方のない中、下駄箱げたばこにあるはずの上履うわばきがなくなっていた。


 でも、負けないの。


 だからいだ運動靴うんどうぐつを下駄箱に入れて、よごれてもいいからと、靴下くつしたのまま廊下ろうかを歩いて階段をのぼる。通り過ぎる児童たちが足元をジロジロ見るけど、満面な笑顔をして気にしないの。……それから教室のドアを開けて、元気よく大きな声で、


「おはよう!」

 と、ご挨拶あいさつをした。


 何種類ものしゃべり声が、ピタッと止まった。


 どの子も、ちょっとだけいた。どの子も冷たい視線で……。そして何事もなかったように、最初からそこには誰もいなかったように、すぐご挨拶する前の、教室のドアを開ける前の状態に戻った。そこには「おはよう」という言葉が存在しなかった。


 水の入った牛乳のびんに、お花がかざられていた。


 そこは、一番後ろの席。そこに……向かった。


 そこがこの教室の、このクラスの、たった一つの居場所だった。


 でも、途中とちゅうで転んだ。


 席が、前から三番目の女の子のあしかった。


「やだ、パンツ丸見え」


「なあに、この子供パンツ。今時そんなのかないよねえ」


 クスクスとこだまする笑い声の中から、そう聞こえたの。


 それでも立って、めくれたスカートを直して、精一杯せいいっぱいの笑顔で、一番後ろの自分の席まで歩いて行った。そこから見えるものは蜂起ほうき塵取ちりとりなどが入っているロッカー。


 その近くに、お掃除用そうじようのバケツ……。


 そして、その汚れた水の中に、上履きがあった。



 ……汚れた水。泥水どろみず。そして運動場。


 体育の次が急に自習になって、その間の休み時間。教室に戻ると、ざわざわと、物音が充満じゅうまんする中で、みんなが着替きがえていた。どの子も楽しそうにお喋りしていて、その中に入るには、まだまだ遠いと思いながら、そそくさと席に向かった。


 今は、体操服からお洋服へ……それが普通ふつうの流れだった。


 でも、お洋服がない。


 自分の席の、机の上。みんなと同じように置いていたはずなのに……。


 それで机の中、ランドセルの中、手提袋てさげぶくろの中にもなくて、

 そしてバケツの中も見て、ロッカーを開けてまで探していたら、


「あらあら、お洋服なくなっちゃったの?」

 と、声をかけられてけば、そこにはクラスの女の子が一人いた。


 こくりと、うなずいた。


「困ったねえ、お洋服を探してあげたいけど、もうすぐ休み時間が終わっちゃうね。後で探してあげると言っても……その汚れた体操服じゃ、席にも着けないよねえ」


 それは、ドッジボールではなくて、どろボール。いっぱい当たったからなの。


 それから、少し茶色の同じ感じのボブが印象的で、それに一字違ちがいで『みずほ』というのがその女の子の名前。このクラスではリーダー的存在……と、いうことで、


「でも大丈夫だいじょうぶ。あなたには、この自習の大役をお願いしたかったから」

 と、決断も早いの。


 ……本当は、とてもいい子なんだ。


 と、胸をろした。……でも、束の間というには短すぎて、ほんの一瞬いっしゅん。男の子も女の子も関係なく、どの子もこちらを見ていた。まるでアニメの場面が、何分間か飛んだみたいに、この教室の空気は冷たくなっていた。


 それでも、みずほさんは微笑ほほえんでいて、


「じゃあ、いで」


「えっ?」


 耳を疑った。でも、どんどん近づいてくるの。周りにいる他の子たちも。


 それで、みんなが、


「ぬ~げ、ぬ~げ」って言うの。


 その中でも何人かの男の子は、


「ヘラヘラしないで、さっさと脱げよ」


「ほらほら、早くしろよ」

 って、怒鳴どなるの。


 とっても怖くて、ううん、怖くても、

 ……泣いちゃダメ!


 もう泣かないって決めたんだから。


 勇気を持って、手をかけたの。……体操服のすそ


 でも、みずほさんは、


「ねえ、空気読めないの? 体操服だけじゃなくて全部よ、全部!」

 と言って、お腹をった。


 転がって、けほっ、けほ……と、んだ。


「わたしたちのクラスはね、どのクラスよりも優秀ゆうしゅうなの。わかる? 逸早いちはやく保健体育のお勉強をしようと思ってるの。あなたみたいなのでもね、役に立つように考えてあげてるんだからね。さっさとはだかになって、黒板の前に立ってればいいの」

 と、お腹を押さえて咳き込んでいる間も、みずほさんは話し続けていた。


 さっきまでの微笑みの顔から……まるで悪魔あくまのような顔に変わっていた。


 それでも現れないの。この左手の中から。


 ……実は、このころはまだ、自分の意志でマジカルステッキを出すことができなかった。


 でも何で?


 おかしいよ。みんながサターンにあやつられているとしか思えないこの状況じょうきょうで、それもピンチなのに、いくら心の中で呼んでも、マジカルステッキは現れてくれないの。


 すると、後ろから、


「……そんなこと、しなくていい」

 と、か細い声だけど、しっかりした口調。


 それで、みずほさんの前に立った。さらに、その女の子は続けるの。


「先生に言われたでしょ? 自習時間は『各自、国語の教科書の六十七ページから七十ページまでを黙読もくどくし、ノート一ページ分の感想文を書くように』って。……それに見たのよ。この子のお洋服、あなたたちがトイレにかくしてたの……」

 と、勇気のある子だった。その女の子の名前は『さとみ』といった。


「だったらどうする? 先生に言うつもり? ……わかってるよね? この学校の理事長の一人娘ひとりむすめであるわたしに歯向かったら。……まあ、わたしは心が広いから、あなたに二つの選択肢せんたくしを用意してあげるね。一つは、あなたがこの子の代わりになってあげるか。もう一つは、あなたがこの子を脱がしてあげるか。その時はこの子が暴れないように、男の子たちが手伝ってくれるから安心して。むしろその方が面白いんだけど……」


 さとみさんは、ゆっくり振り向いた。


 今にも泣きそうな顔をして、


「……ごめんね」

 と一言……そのまま、たおしたの。



「ふう……ふぐっ」


「なあに? わかんな~い」


「もっとハッキリ言ってね」


 そう言われても、丸まったパンツが、お口に入っちゃって、


「いい格好ね、あなたはやっぱり子供パンツがお似合いね」

 と、みずほさんが言うの。


「なあんだ、つまんねえ」


「本当に何もついてないんだなあ……」


 と、男の子たちの声も聞こえるけど、広げられた両脚りょうあしだけではなく、両腕りょううでまで押さえられて動けない。それでも、みんなニコニコしているの。


 ……でも、一人だけ泣いていた。


「何泣いてるの?」


「別にあなたじゃないんだから、泣くことないじゃない」

 と、周りの子が言う中で、さとみさんが泣いていたの。


「それにしても、ほんと泣かないね、この子」


 その声を聞いたのか、みずほさんは、


状況じょうきょうわかってる? 教室で、しかも自習とはいえ授業中に裸になっちゃったのよ。体操服だけじゃなくてパンツまで脱がされて、みんなに見られながら……とってもずかしいことされてるのよ。女の子なのに、何で泣かないの?」

 と、とても怒っていたけど、この子はニッコリ笑っていたの。


 だって泣くよりも、笑っている方が、ずっといいに決まっているから。



 この子……みずきちゃんは、第三話で魔法まほう少女になってからも、クラスのみんなにいじめられていた。それでもサターンからみんなを守るために、マジカルエンジェルに変身して戦ってきた。だから、この子は笑うの。


 それはね、


 泣きながら学校の帰り道を歩いた、あの第二話のエンディング……つまり、マジカルエンジェルになった日。サターンと戦うため、この教室にいるクラスのみんな、この旧校舎にいるみんなの笑顔を守るために、『もう絶対に泣かない』って決めたからなの。



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