第十一話 まだまだ早いよ。


 場所が変わって、ここはお家。


 今はもうお昼で、


瑞希みずき、オムレツ好きなんだな」


「うん、大好き」


 テーブルはさんで、お兄ちゃんと向かい合わせ。


 オムレツは、わたしの大好物。


 でも、給食のオムレツよりも、きっと高級レストランのオムレツよりも、わたしにとってママが料理したオムレツが一番なの。このオムレツはね、ママがお仕事へ行く前に、あさごはんと一緒いっしょに作ってくれたものなの。とってもおいしいのよ。


 ……あっ、それから、

 この間の登校日から、だいぶ日にちもっていた。


 それでも、物思う秋にはまだ遠くて、


 この窓の向こう側では、「これでもか」と言わんばかりにせみ時雨しぐれそそいでいる。


 それなのに、一足お先に頬杖ほおづえと、溜息ためいききながら、まるで物思いにふけるように、お兄ちゃんは、この窓から見える景色をながめていた。


 それでもって、わたしが、


(もしかして、好きな女の子がいるのかな?)


 と、思えるような仕草しぐさで、

 何か、ヤキモキしちゃって……


 その間にもまた、お兄ちゃんが溜息を吐いて、


「あ~あ、夏休みももうすぐ終わりか……」

 と、つぶやいたの。


「はあ?」

 と、思わず声に出ちゃったけど、


(な~んだ)

 というちょっぴり残念な気持ち。


 それとね、ほっとしたような気持ちが合体して、戦隊ものに出てくるスーパーロボットみたいなかっこいい気持ちになるのかと思っていたら、少女漫画しょうじょまんがの「やだ、ちょっと顔が熱い~」みたいな感じ? の変な気持ちになっちゃった。


 それで、きっと面白い顔になっていると思いながらも、


「も、もうすぐだね」


「色々あったなあ。パンダのぬいぐるみをいて家から出なかった瑞希が、急に『学校行こっ』と言って、それがちょうどプールの日で、それでバスタオル持って、はだかんぼの瑞希をいかけてたし……って、お風呂ふろでもか。それから瑞希と出掛でかけることが多くなって、遊園地の観覧車に乗ったら急に『おしっこ』って泣き出すし、デパートへ行ったら迷子になっちゃうし……」

 という具合に、まだまだあるの。


 とはいっても、本当のことだし、お兄ちゃんを困らせてばかりだった。


「あっ、それから……」

 って、やだ。


 天国のパパが聞いたら、


「こら、瑞希」

 って、おこられちゃうよお。


 それでも、容赦ようしゃなく……というのか、


「瑞希と一緒にいて、本当に楽しかったよ」


「えっ?」


 思いがけない言葉だった。


 微笑ほほえみながら、お兄ちゃんがそう言ってくれたの。


 わたしはね、


「えへへ……」

 と、うれしすぎて、笑えなくなっちゃった。


「瑞希と二人で映画館へ行ったの、初めてだったもんな」

 って、さらにお兄ちゃんはしゃべつづけるの。


「映画館ではびっくりしたぞ」


「どうして?」


「瑞希が急に泣き出したから」


 そうだったの。


 この間の……八月六日の登校日だけではなくて、映画館でも泣いちゃったの。


「でもね、瑞希だけじゃないんだよ、周りの女の子みんな泣いちゃったんだから。だってね、今まで経験したことのない強さを持つサターンが、さとちゃんに乗り移って、みずきちゃんを攻撃こうげきしちゃうんだよ」


「そうだよな、マジカルエンジェルが大好きな女の子にとってはショックだったよな。人を傷つけずにサターンだけを粉砕ふんさいする必殺技の……ええっと、何だったかな?」


 すくっと、わたしは立ち上がった。……椅子いすから。


「じゃあ、お兄ちゃん受けてみて。『今あなたの心に希望のお花をかせてあげるね。マジカル・フラワー・シュート!』……えへっ。これであなたの心もお花畑だね」


 よし、完コピ。


 台詞せりふもポーズもバッチリだ。


 でも、お兄ちゃんは、ぷっと笑いながら、


「そうそう、それ。……全然通じないんだもんな。それで手が出せなくなって、正義の魔法少女がサターンの攻撃を受けまくってたもんな」


「ううん、きっとね、みずきちゃんは負けてなかったの。どんなに傷ついても、さとちゃんを守ってたの。それで、みずきちゃんはね……」


 ぐすっ。


 ここで泣いちゃったの。


 それはね、毎週日曜日のテレビシリーズなしでは語れない内容なので、まだまだお話が続いちゃうの。この次の……たぶん一話分で足りないと思うから、まるまる二話分、使ってしまうような感じなの。


 ヒントは、さとちゃん。


 ごめんね、よく考えたら……

 どんな女の子なのか、まだ語っていなかった。


 それにね、今日は、まだ八月二十四日。


 この夏休みを思い出にするのには、まだまだ早いよ、お兄ちゃん。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る