第十話 今日は何の日?


瑞希みずき、行くぞ」


「は~い」


 一緒いっしょ玄関げんかんを出て、一緒に歩いている。

 そして、手をつないでいる。


 今日もお兄ちゃんと一緒。


 プールの日とちがって、夏休みで一日だけの登校日。一年生の時は風邪かぜで休んじゃったから、初めてのことなの。とってもわくわくしている。


 それでね、学校に着いたら、


「お早う!」

 と、元気のいい先生たちに、体育館へ行くようにと言われた。


 体育館に入ると、窓はみんなカーテンにおおわれていて、みんなゆかの上で体育座り。知っている子よりも知らない子がほとんどで、一年生の子、同じ学年の子、わたしやお兄ちゃんよりも上の学年のお兄ちゃんお姉ちゃんたちもいたの。


 ……それで、ちょっとこわくて、


「お兄ちゃん、何が始まるの?」


大丈夫だいじょうぶ。お兄ちゃんがついてるからな」


 う~ん、何が大丈夫なのかわからないけど、お兄ちゃんは微笑ほほえんでいた。


 すると、急に明かりが消えて、真っ暗になって、


「やっぱり怖い~」


 わたしはお兄ちゃんにひっついた。


「大丈夫。すぐ始まるから」


 優しく、お兄ちゃんはわたしの頭をでた。


 真っ暗な体育館に、ほんのり明かりがともった。おくの方で、ぼやっと、でっかい紙がかびがって……ではなくて、大きなスクリーンに白黒の画像がうつされて、それが動いているの。わたしは泣くのも忘れて、お兄ちゃんの顔を見た。


「なっ、怖くないだろ?」


「う、うん」


「じゃあ明日、ぼくと『マジカルエンジェル・みずき』を見に、映画館へ行こうな」


「うん!」


 とってもうれしかった。


 お兄ちゃんが初めて、わたしをさそってくれた。


 それもあるけど、たまらないほどこの劇場版を見に行きたかったの。


 マジカルエンジェル・みずきは、戦隊もののあとに放送しているとっても大好きなアニメで、もちろん毎週欠かさず見ていて、グッズだっていっぱい持っているの。


 主人公は、わたしと同じ『みずき』という名前の女の子。教室が旧校舎にある四年二組に入ってきた転校生で、大人しくて、いつも笑顔の優しそうな感じの子で。


 それでね、いつもクラスのみんなにね、……いじめられているの。



 そんな第二話のエンディング。みずきちゃんがうつむいて、泣きながら学校の帰り道を歩いていると、車がもうスピードでんできて……目を開けたら、オープニングからいきなりストーリーが始まる第三話。そこで見たものは、真っ白に広がるファンタジックな世界。ポンッと『マジカルステッキ』という魔法まほうのアイテムが現れて、話しかけてきた。


 ……えっ?


 つまり、ステッキが空中にいたまま、お話しているの。


 声は、眼鏡めがねをかけた真面目な中学生くらいの女の子みたいなイメージで、それも現れていきなり自己紹介じこしょうかいを始めていて、それも、「あなたがお願い事をしてくれたら、一つだけ魔法でかなえてあげる。だから、よく考えてみて」って、言ったの。


 だったら、今すぐ何とかしてほしい。


 そう思って、みずきちゃんは言われた通り、たった一つのお願い事をした。


「……本当にいいの? 確かにあなたの命の時間は、少しだけならもどすことはできるけど、それをお願いしたら、もう普通ふつうの女の子では、人間ではなくなるのよ」


「それでもいいの」


 ――それで、みんなも一緒に笑顔になれるなら。心の声で深く、そう言っていた。


「じゃあ、叶えてあげる。準備はいい?」


「うん」


「これからもよろしくね、みずきちゃん」


 その言葉を最後に、テレビ画面いっぱいに、白くてまぶしい光が広がった。……気がついたら、ここは見覚えのある風景。旧校舎の、それも屋上前のおどだった。


 ……何も変わってない。


 じゃあ、夢だったの? と、思ったみたいだけど、


 クシュン! と、くしゃみが出ちゃって、


「やだ、何ではだかなの? お洋服どこ行っちゃったの?」

 と、キョロキョロしながら言っていた。


 それに左手にはしっかりと、あのマジカルステッキがにぎられている。そしてすぐ、マジカルステッキは、さっきみたいにしゃべることもなく、スーッと左手の中へとまれるようにして消えちゃった。


 いくつもの、たぶん七つ以上の不思議を残しながらも、魔法少女になって、みずきちゃんは元の、いつもの現実の世界に帰ってきた。


 そのことについては、のちにマジカルステッキが語っていた。


 この世界の魔法少女は、宿命があると。それは、また使命なのだと。


 みずきちゃんの場合は、戦うこと。そして守ること。それは、人の心のやみはいんで邪悪じゃあくみちへとあやつる『サターン』という悪魔あくまから、旧校舎にいるみんなを守るために『マジカルエンジェル』という魔法少女に変身して戦うことだった。



 それとね、第三話からバラード調のエンディング曲に乗せて、みずきちゃんが日記をつづっているシーンがあるの。ちょうどその日が、わたしのお誕生日。そして『みずきちゃんの日記帳』の発売日だったの。みずきちゃんみたいな強くて素敵すてきな魔法少女になりたくて、わたしも同じように、パパに買ってもらったその日記帳に、毎日綴っている。


 それでね、昨日やっとね、くるくるとマジカルステッキを回せるようになったの。もうすぐなの。もうすぐ魔法少女に変身できそうなの。


 お兄ちゃん、ありがとう……と、胸いっぱいでスクリーンを見ていたら、周りに様々な学年の児童たちがいるのを忘れて、それどころか、すぐそばにお兄ちゃんがいることも忘れて、その映画に夢中? になっていた。男の人の淡々たんたんとした声が、スクリーンに映る出来事を説明しているけど、わたしには難しくて……と、思っていたら、


「……瑞希」

 と、声が聞こえて、


「大丈夫か?」

 と、お兄ちゃんが、わたしの顔を見ていた。


「えっ?」


「お腹、痛いのか?」


「ううん、どうして?」


「泣いてるから……」


 ほっぺたをさわると、手がれた。

 それで「ひくっ」と、悲しくなってきて、思い切り泣いちゃったの。


「えっ? ちょっと、瑞希」


 お兄ちゃんのあわてふためく声が聞こえて、ひそひそと周りからも声が聞こえて、


「あらあら、瑞希さん、どうしたの?」

 と、女の人の声も聞こえて……って、それも聞いたことのある声で、


「あ、先生、瑞希がこの映画を見たら泣き出しちゃって……」


 その「先生」とばれる女の人に、お兄ちゃんがそう言ってくれた。


「瑞希さん、この映画を見て悲しかったのかな?」


 と、少し目を細めて微笑ほほえんでいる。そして、どことなく千尋ちひろ先生に似ていて、今日は白色の半袖はんそでブラウスに、膝下ひざしたまであるこんのスカートで、とっても綺麗きれい。わたしの担任の先生なの。それでね、わたしもそうだけど、みんなも名前プラス先生で、「智美ともみ先生」って呼んでいるの。


「……わかんないの」


「まだ瑞希さんには難しかったかな? 第二次世界大戦といってね、昔、世界で戦争が起こったの。今日八月六日は、広島市という所に原子爆弾げんしばくだんという悪魔あくまが落とされた日で、たくさんの人がくなられたの。二度とあってはならないことなの。……瑞希さんは、その人たちのために泣いてくれたのね」


 わたしは、手でなみだきながら、


「……わかんないの。でも、わかんないことが悲しいの」


 そう言ったみたいなの。すると、


「お兄ちゃん?」


 お兄ちゃんは、ぎゅっとわたしをきしめた。


「お前は、本当に最高の妹だ!」

 と言って、お兄ちゃん泣いちゃった。


 それに、智美先生まで……どうなっちゃったの?


「瑞希さん、その気持ちを忘れないようにね」


「うん!」

 と、返事したものの、智美先生のその言葉の意味は、まるでわかっていなかった。



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