第九話 遠い未来のあなたもまた。


「あ、あの、先生……」


 リンダさんの一声で話が中断され、景色まで変わった。


 ……もし瑞希みずきちゃんと出会えていたなら、わたしはきっと無二の親友になっていたかもしれない。そんな思いを残しながらも、さっきまでとはちがう世界の中で、……どちらかといえばタイムスリップでもしたみたいに、目の前には木製机があって、空のマグカップが三つ。クリームが少しついたお皿が三枚……などでかざられていて、その向かいにはリンダさんと海里かいりさんが座っている。そして、これ自分の? と思えるような、頭の中をめぐっている声を出して、


「どうしました?」


「この間の劇で、海里と海斗かいとが悪役の人たちにおそわれそうになった時に、先生が登場した場面と、先程さきほどのお話がよく似ていると思いましたので……」


 海斗君は、海里さんの双子ふたごの弟。女の子と男の子の双子もめずらしいケースだけど、さらに誕生日が一日違いというよりも、わずか数分の差で日がまたがったために一学年違うというのは本当にまれなケースだ。海里さんが高等部一年生になったら、海斗君は中等部三年生になる。それでもクラブは同じ。演劇部もこの学校と同じで中高一貫ちゅうこういっかんだからだ。


 それで、思い出した。


「それは、『正義の戦士・瑞希先生参上!』の場面ですね?」


 名前にプラス先生。

 学校では、みんながわたしをそう呼んでいる。


「えっ? ええ、その通りです」


「まあ、こればかりはこだわりがありまして、せっかくのチャンスでしたから、海里さんにお願いして脚本きゃくほんに入れてもらいました」


「あの、よくされるのですか?」


「ええ、喧嘩けんかする時は必ずやっていました。でも、先生になってからは、なかなかやる機会がなかったものですから、どうしてもやりたくなりましてね」


「はあ……それで、喧嘩というのも、よくやられたのですか?」


 実は、その通りなの。今は大和やまと中学・高等学園の先生だけど、この学園の卒業生でもあって、さらに『やんちゃ』していた子で……って、今も変わってないか。


 それに、わたしの名前も漢字二文字で『瑞希』という。


 ねっ、全然違うでしょ? 同じ名前でも、この日記帳につづられている瑞希ちゃんは、わたしと違って『文学少女という言葉が似合いそうな真面目っ子』と、そう思えた……。


「そのことについては、またあらためてお話させていただきますね」


「え、ええ、お願いします」


 と、まあ、えず今日のところは……って感じだったけど、リンダさんはおどろきながらも、そんなことまでノートにめている。その様子を海里さんが屈託くったくのない笑顔で見守っていた。わたしはそんな二人を見ながら、何故なぜこのような運びになってしまったのだろう? と、頭の中の整理もねて、軽い原因追及げんいんついきゅうを始めた。


 わたしが演劇部の担当になったばかりのころは、高等部一年生の女子部員が一名。二か月の内に部員数を五名にしなければ廃部はいぶと、校長から宣告を受けた。それから、担任をしているクラスの中等部三年生の男子生徒が入部を決心した。その男子生徒がとなりのクラスの男子生徒を入部へと導いて、あと二名にまでなった。


 ちょうどそんな時、海里さんが入部を決心した。やはりそれが事の始まりのようだ。それに双子だからかな? 海斗君は、海里さんが入部したから、それに合わせて入部したみたいだ。毎年恒例まいとしこうれいの八月二十四日に行われる『ふるさと祭り』のイベントとして、初めて劇にいどむことになった。……とはいっても、あらかじめ計画をしていたことで、部員数五名の達成を条件に、校長に許可をもらっていた。それに合わせたかのように、いや、不思議なことに、まるで始めからストーリーが決まっていたかのように、海里さんは脚本の担当を強く希望していて、すでに内容まで決めていた。脚本は予想以上の仕上がりで、劇も予想以上に大成功で、そこに集った多くの人が次回を期待するまでとなった。


 蘇生そせいという言葉が似合うくらいに、廃部はいぶ寸前すんぜんだった演劇部を大きく変えたのも、こうしてリンダさんが新作にったのも、きっと海里さんのおかげなのだと思えた。


 ……あっ、それから、双子とはいっても、海里さんが海斗君と見分けがつかないくらい似ているということはない。それならリンダさんの方が、海里さんと瓜二つと言ってもいいくらいだ。じゃあ、海斗君はパパの方に似たのかな?


 そんなことを、整理したての頭の中で想像しながら、


「海里さん、演出よくできてたね」


「うふふ……わたしも先生と同じで、戦隊もの大好きなの」


 海里さんは少女漫画しょうじょまんがの女の子みたいに、きらきらひとみかがやかせていた。


「やっぱりね、海里さんノリノリだったもんね」


「そうですね、この子たちも同じ部屋で毎週見てますね。どちらかといえば、海斗がこの子に合わせているみたいですけどね」

 と一言、リンダさんが付け加えた。


「海斗君らしいですね」


 そう思えた。双子で、生まれた時間が少し違うだけで、普通ふつうなら「海里」と名前で呼ぶところだけど、海斗君は「お姉ちゃん」と呼んでいる。


「でもね、海斗に言われちゃった。『お姉ちゃん、めがあまい』って。『盛り上げるんだったら名乗りだけじゃなくて、変身ポーズも入れなきゃ』って」

 と、海里さんは、海斗君の『ものまね』までして、そう言った。


 海里さんの表情が、さっきまでの海斗君のイメージを一変させてしまった。


「海里さん、ごめんね。本当はね、変身シーンも入れたかったの。それにね、戦隊ものだけじゃなくて魔法少女もできるのよ」


「えっ、そうなの? 見たい見たい」

 と、その言葉と一緒に、海里さんは瞳を輝かせているだけではなくて、さらに軽くにぎっている両手を胸元に持ってきて、仕草まで少女漫画の女の子みたいになっちゃった。


 それを見て、ぷっとリンダさんが笑って、


「海里、乙女おとめチックになってるところ悪いんだけど、それは先生の赤ちゃんが無事に生まれるまではおあずけね」


「へっ?」と、きょとんとする海里さんだけど、


「あっ、すっかり忘れてた」

 との一言で、窓から見える空よりもはるかに明るい笑い声に、この部屋が包まれた。


 こうして、わたしはまた、この日記帳に綴られている出来事を語り続けるのだった。



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