第八話 そして夏休み。


 わたしが、パパに何があったのかを知るのには、もう少し時間が必要だった。


 ママは話した。……ううん、話してくれた。


 あの日、パパはお昼からお仕事をお休みにしていたそうなの。お家に帰る途中とちゅう玩具おもちゃ屋さんに寄った。そこで、わたしへのプレゼントに、パンダのぬいぐるみさんを買ってくれたの。それから玩具屋さんを出て、信号機のない横断歩道の前を通りかかると、向かい側から、わたしと同い年くらいの女の子が道路へ飛び出した。そこに一台のトラックがスピードを上げて走って来て、


「危ない!」

 というさけび声と一緒いっしょに、パパも道路へ飛び出した。


大丈夫だいじょうぶ? 怪我けがはない?」


「う、うん……」


「危ないからね。急に飛び出しちゃ駄目だめだよ」


「おじさんは、大丈夫なの?」


「ありがとう。大丈夫だよ。おじさんはスーパーヒーローだからね」


 その女の子に怪我はなくて、その周りに集まった人たち、通りかかった人たちも安心して、何事もなかったように思われた……。


 でも、横断歩道をわたえて、その女の子が手を振るのを止めて歩き始めてから、


「瑞希、今帰るからな……」

 と、パパは何度もそうつぶやいて、そのままたおれたそうなの。


 ……ママが話してくれた日も、それから数を忘れるくらいの日がっても、またつかれてねむっちゃったみたいで、ぐすっ……となみだきながら目を覚ましたら、同じお布団ふとんにパパがいないの。……夢だったの? ここは玄関げんかんからすぐのお部屋で、同じお布団にはお兄ちゃんが眠っていて……って、いつもの通りなの。


 でも、ちがう。


 もしわたしが、みずきちゃんみたいな魔法まほう少女なら、きっと泣かなかったと思う。


 お写真ではないパパがいて、何もかもパパの言う通りにできて、いつもパパがめてくれるの。仲のいいお友達もできていたのかな? 同じ名前なのに、まったく違う。


 枕元まくらもとにはパンダさんがいて、そばにわたしのランドセルがあるの。その中にね、ランドセルと同じ色のマフラーが入っていて、パパにプレゼントするつもりだったの。


 起きてランドセルからマフラーを取り出して、パンダさんに巻いてあげた。ぎゅっとパンダさんをきしめると、また、ぐすっ……と、泣きそうになった。


 するとね、


瑞希みずき、おはよう」

 って、声が聞こえた。


 びっくりしていたら、お兄ちゃんが起きていて、にっこり笑っていたの。


 それで、涙がちょっと出ちゃうけど、


「おはよう、お兄ちゃん」

 って、わたしも、にっこり笑えたの。



 玄関げんかんのドアを開けたら、そこにはさわやかな午前の風が流れていて、


朝顔あさがおさん、今日も元気だね」

 って、声をかけてあげるの。


 橙色だいだいいろ植木鉢うえきばちの上で広がるお空をあおぎながら、お空よりも青い色をした可愛かわいいお花さんたちを咲かせている。一年生の時はパパが一緒だったけど、二年生になったら一人で育てるって約束していたの。それからノートを広げて、鉛筆えんぴつを持って、今日も朝顔さんのことをつづってあげるの。朝顔さんはね、自分で日記を綴れないの。


 わたしは、ものを書くことが大好き。


 日記はお誕生日の日から今も続いているし、自分の名前だって、ちゃんと漢字で書けるよ。まだ学校で習ってない漢字でも、読み書きできちゃうの。それにね、一年生に続いて二年生の宿題にも絵日記があるの。それも楽しいの。


「うんしょっ」と、また玄関のドアを開けたら、


「瑞希、朝顔の観察日記は一年生の時の宿題で、二年生にはないよな?」

 って、お兄ちゃんがいてくるの。


「うん、そうだよ」

 と、わたしはあっさり答えた。


「そうか」

 と、お兄ちゃんは、それ以上は訊かなかった。


 ……と、思っていたら、


「それからな、絵日記を書いて日記も書いて、それって面倒臭めんどうくさくないか?」

 って、お兄ちゃんが訊いたの。


 絵日記は宿題なの。一年生の時にもあったけど、二年生でもあるの。面倒臭いなんて思ってことがない。理由は簡単。絵をくことも大好きなの。


「ううん、楽しいよ」


 でも、お兄ちゃんみたいに、読書感想文がないのが残念だ。


「お前って、変わってるな」


「えへへ……ありがと」

 という感じで、お兄ちゃんは別にめたわけではなかった。


 また編み物もしているの。男の子なら……と、いいたいところだけど、最近は女の子も模型を作っている。今ね、ロボットの模型が流行はやっているの。お兄ちゃんの自由研究もロボットかな? 確か……からくりロボットとか言っていた。とっても楽しそうだけど、わたしが作るとテープだらけになりそうなので、編み物にした。


「瑞希、何を編んでるんだい?」


「セーター」


「へえ、お前って器用だなあ」


「えへへ……ありがと」


 まあ、わたしが器用かどうかは別として、


「このセーターね、自由研究が終わったら、お兄ちゃんにプレゼントしてあげるね」


「ありがとう、楽しみにしてるよ」


 お兄ちゃんが喜んでくれた。何よりもうれしかった。


 そして、今はもう夏休み。


 今年はね、パパが「海へ行こう」って言っていた。

 パパもママもお兄ちゃんも、みんなで特急電車に乗って行くの。


 そこにはね、パパのパパがいるの。あっ、それって、わたしのお祖父じいちゃんだ。お祖母ばあちゃんもいるの。……でも、まだ会ったことがなくて、まだ海も見たことがなくて、その近くにお墓ができた。あの日、お兄ちゃんが言った通り、パパはもう起きなかった。長くて大きな木の箱の中で眠ったまま、たくさんのお花さんにかこまれたの……。


 それでね、ママは今日もお仕事で、お家にはお兄ちゃんと二人だけなの。でもね、もうすぐむかえに来るの。昨日と同じように、お兄ちゃんはお友達と遊びに行っちゃうの。わたしは一人ぼっちで、ぎゅっとパンダさんを抱いて声も上げずに泣いちゃうの。


 それでもね、涙を拭いて立ち上がり願いをめるの。魔法少女になれるのなら、手に取って、くるくる……と、魔法のアイテムを回すの。それを「マジカルステッキ」と、わたしはんでいる。玩具屋さんで駄々だだこねて、パパが買ってくれたものなの。


「あっ」

 手がすべって、落としちゃった。


 へたり込んで、


「魔法少女になれないなんて、やだ……」


 ぽろぽろと、ひざの上に涙がこぼれちゃうの。


 ここまでは、普通ふつうの女の子の趣味しゅみに思えるの。


 でも、ここからは違うよ。


 ちょうど今は、午後に近づくまばゆい光が窓からんでいる。涙を拭き、マジカルステッキをひろって、力強く立ち上がり、天を指すようにかかげながら、


「太陽の戦士・瑞希参上!」


 背景のイメージは白色の爆発ばくはつ。勇ましい名乗り。ばっちりポーズも決まった。


 泣いてばかりではないの。


 いつもね、このようによく真似まねているの。


 わたしは戦隊ものも大好き。とくに名乗りのシーンはたまらなくて、それでもって、いつの間にか、お兄ちゃんが目の前にいて……って、あれ?


「お友達と遊びに行ったんじゃなかったの?」

 と、きっと面白い顔になって、訊いたと思うの。


「あっ、ええっと、瑞希の趣味しゅみ、わからなくなったよ」

 と言いながら、お兄ちゃんは目を丸くしていた。


「えへへ……ありがと」


 これこそ別に褒められたわけではないけど、とっても嬉しかった。



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