第七話 ずっとずっと一緒だよ。


 お空には、灰色の雲なんて一つもない。


 真っ白で、その先には、どこまでも青い色が広がっている。


 きっと、夢ではなかったの。


 今もね、どこかでつながっている。


 毎日、日記を書くように、一歩一歩、歩いている。


 いつか遠い未来のあなたに出会えるようにと、ママと、お兄ちゃんも一緒いっしょに、笑顔をはずませながら歩いている。それとね、お話も一緒になって弾んじゃっているの。


 とくにママ。いつもとちがうの……


「あなたが生まれた時、パパ、泣いちゃったの」


「どうして? 悲しかったの?」


 そうは言ってみたものの、パパが泣いちゃったところを見たことがなくて、想像もできなかった。それでママは、くすくす笑ったみたいなの。


「とってもうれしかったからなの」


「嬉しいのに、泣いちゃうの?」


 う~ん、わからない。


 笑ったかと思えば、今度は遠くを見るような目で、


「人にはね、そういう時もあるのよ。……パパね、あなたをっこして『生まれてきてくれて、ありがとう』って言ってね、『ミズキ』って呼んだの。そしたらね、あなたが初めて笑ったの。あなたを見てると、ある花言葉がかんだって言ってたの……」


 何も覚えてない。


 それどころか、今初めて知ったの。


 それでもパパは、何度も何度も「ミズキ」って呼んでくれていたそうなの。わたしが初めて「パパ」って呼んだ日に、『瑞希みずき』という漢字を二文字つけてくれたの。


 でも何で?


 心からがってくるほど嬉しかったのに、泣けてきちゃうの。


 これって、ママの言う通りになっちゃったみたい。


 お家に帰ったら、


大嫌だいきらいなんて言って、ごめんね」

 って、言うはずだった。


 それからね、


「大好き」

 って、みたかったの。パパの胸に……


 でもね、パパ起きないの。


 ずっと、ねむっちゃったままなの。パジャマではなくて白い着物で、胸の上でお手々にぎっているの。その上を真っ白な上布団うわぶとんおおって、白い布が顔を覆っていて……って、何でなの? 息苦しかったでしょ、取ってあげるね。


 さっきまで明るかったのに、びっくりするほど暗いの。わたしは暗い所が苦手で、お化け屋敷やしきに入ると、今もちょっと泣いちゃったけど、もっと泣いちゃうの。


 ……でも、平気なの。


 パパが一緒だから平気。ずっとずっと一緒なの。


「パパ、この子に名前つけてあげたよ。『パンダさん』って言うの」


 それはね、ぎゅっときしめているこのぬいぐるみさんのことなの。どう見てもそうだけど、何となくパパに似ているの。パンダさんの『パ』の字は『パパ』なの。


「ねっ、可愛かわいいでしょ?」


 ……いつも、パパと一緒だったの。


 朝起きて学校へ行く時も。すこやか学級からの帰り道も一緒に歩いた。それから紫陽花あじさいさんを見て、千尋ちひろ先生にご挨拶あいさつするの。学校がお休みの日は、おままごとをしてからお出掛けするの。遊園地に連れて行ってくれたり、大きな図書館でプラネタリウムの見学もした。暗かったけどパパと一緒だから泣かなかったよ。それからね、る前に『竜宮城りゅうぐうじょうの玉手箱』のお話をしてくれるの。童話もいっぱいお話してくれたけど、このお話はね、パパのオリジナル。クラスの子みんな知らないお話で、とっても面白いの。まだまだ続きがあって、七さいのお誕生日の日も、同じお布団ふとんで聞かせてくれたの。


「瑞希も、もうすぐ二年生か……」


「うん」


 わたしは早生はやうまれで、お誕生日の次の月が新学期になっちゃうの。


「お風呂ふろから上がったら、ちゃんと自分でパジャマを着るんだ。女の子はな、はだかんぼのまま走り回らないものなんだぞ。おにごっこじゃあるまいし、瑞希ももうすぐ新しい一年生のお姉さんになるんだからな」


「だって熱かったんだもん。『ちゃんとかたまでかって百数えるんだ』って、パパが言うから、頑張がんばって百まで数えたんだよ」


 本当はね、違うの。お風呂から上がって、はだかんぼのまま走ったらね、「こ~ら、待て~」って、パパがバスタオルとドライヤー持って追いかけてくるの。それでね、このお部屋で「ほ~らつかまえた」って、パパがバスタオルで包んでくれるの。ドライヤーで優しくかみかわかしてくれて、わたしは「きゃっきゃ」って喜んでいて……つまり、パパの言う通りで、鬼ごっこして遊んでいたの。


「じゃあ、パパと約束だ。二年生になったらな……」って言い始めるの。うそついたのバレちゃったかな? あっ、でも何か違うみたい。「学校でクラスの子たちと元気いっぱい遊ぶこと。お休みの日も元気いっぱいお外で遊んで、お友達を作るんだ」


「やだ、学校のご本いっぱい読みたいんだもん。お休みの日はパパと一緒が楽しいんだもん。どうしてなの? 瑞希と遊ぶの、きちゃったの?」


「パパもな、瑞希と遊ぶのが楽しいよ。でも、これは瑞希にとって大切なことなんだ。瑞希はよく図書室に行って、たくさんの本を読んで、お勉強がんばってるって先生がめてたんだけど、真面目すぎるというのか、大人しすぎるのかな? クラスの子とあまりおしゃべりしないし、みんなと遊んだりしないから心配だって。パパとはこうして元気すぎるくらい遊んで、お喋りもするのに、何でなんだ?」


 何で? ってかれても、わたしが訊きたい。それでもって、う~ん、と考えた。入学式の日、パパは「瑞希にお友達百人できるかな?」と言っていたの。……でも、わたしにはご本よりも、クラスの子のお喋りが難しいの。みんなと遊ぶにもけっこはクラスで一番……遅いの。ドッジボールも苦手で、さそってくれなくなっちゃったの。


「ねえ、パパ」


「ん?」


「どうしたら、瑞希にお友達ができるの?」


「そうだな。……それはパパから瑞希への宿題だな」


 いつもそうなの。パパは答えを教えてくれないの。


「そんなのわかんないもん。ねえ、パパあ……」


「こらこらあまえるな。一つだけヒントあげるから、あとは自分で考えるんだ」


「う、うん……」


桜梅桃李おうばいとうりと言ってな、花のく季節が違えば、それぞれの色も個性も違うように、クラスの子みんながみんな違う個性を持ってるんだ。瑞希と同じで本が好きな子がいて、その子が同じ本を読んでても、きっと瑞希の知らないことを知ってるし、感じたことも違うだろう。それに同じアニメが好きな子なら、瑞希だってお喋りできるだろ? 瑞希は優しくて頭のいい子だから、きっとすぐできるよ」

 と、満面な笑顔で言っていた。


 桜梅桃李の意味はまだわからないけど、びっくりするほど暗かったこのお部屋にも光がんだの。……差し込んだといっても、まぶしい光ではなくて、ぼんやりした白い光がこの部屋を包んだ。どこが境目なのかわからないまま、夜は終わりをむかえていた。


 その中で、あの日と同じように、パパが微笑ほほえんでいるの。


「パパ、もうあさだよ」

 と声をかけても、お目目あけないの。でもね、今にも起きそうなの。


 ……そう見えたの。


 パパの顔をさわったら、ぞくっとするくらい冷たくて、胸の上でにぎっているお手々も冷たくてかたい。……だから、だからね、こうしてお手々を握ってあげるの。


「ねえ、瑞希と遊園地いこっ。……大嫌だいきらいなんて言って、本当にごめんなさい。パパ大好きだよ。瑞希ね、いい子にするから、もうわがまま言わないから……」


 なみだが、ぽろぽろ出ちゃうの。


「ねえ、起きて……」


 体もすった。とても硬かったの。


 するとふすまが開いた。顔を向けたら、


「瑞希、ずっと起きてたのか?」


 パジャマ姿のお兄ちゃんがいた。そばまで寄って来て、


「退院したばかりなのに、なきゃ駄目だめじゃないか」


 ぐいっと、わたしの手首を引っ張ろうとしたから、


「やだ!」

 と、ほどいた。


 でも、何で? パパ笑っているのに、少しずつお手々も温かくなっているのに、涙が止まらなくなって、自分でもわかるくらい泣き声になっているの。


「……パパ、もうすぐ起きるんだよ」


 お兄ちゃんは、顔を左右にって、


「瑞希、パパはもう起きないんだよ。……ゆっくりねむらせてあげような」

 と、両方の目にいっぱい涙があふれていた。


 でも、でもね、


「そんなことないもん! パパ、起きるんだから……」


 そっとお兄ちゃんの手が、わたしの手をつつんだ。


「だって、お前の手、こんなに冷たくなってるじゃないか」


 お兄ちゃんの手がとっても温かくて、お兄ちゃんの顔がとっても優しくて、どうしようもないくらいげてきて、自分でもびっくりするくらい泣いちゃった……



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